After the Party's Over.
N Engl J Med. 2017 Jan 5;376(1):74-80.
George JN, Morton JM, Liles NW, Nester CM.
2017年2月1日
かわうそ:具体的な症状としては、悪寒、筋肉痛、嘔気、腹痛です。それまでは元気でした。熱は39度、下痢もあります。腹痛というか腰痛みたいなんですけど。
急性胃腸炎ということでよさそうですし、バイタルは、熱があるくらいであんまり問題なさそうです。 そんなに悪くなさそうですが、点滴するし、ということなんでしょう。採血検査もされています。
ちなみにこういうとき、外国ではオンダンセトロンが早速使われているのにちょっと衝撃です。
かば:抗癌剤の制吐剤ですよね。めっちゃ効くんでしょうけど。
パーティーのあとなら、急性アルコール中毒では?
かわうそ:家には車で帰った、と書いてありますので、飲んでいはいないと信じたいところです。
採血検査では、貧血はありませんが、白血球がかなり増えていて18400、血小板が132000でちょっと減っています。が、スルーしてしまいがちです。
ただ、尿がとれなかったということがちょっと心配ですね。便は培養に出しています。
ウイルス性の急性胃腸炎と考えて輸液をだして、2-3日たっても良くならなかったら来てください、と指示して帰宅しています。
さて、この対応はどうでしょう?
かば:白血球が多いですね。さらに、桿状球がでているので、おかしいですね。そう考えると、血小板が少ないこととか、尿検査が出せなかったこととかがひっかかってきます。
かわうそ:そうですね。コメントでは、この時点でウイルス性急性胃腸炎に飛びつかないほうがよい、急性胆嚢炎、胆管炎、膵炎なんかもちゃんと除外するように、と言っています。
まあただ、この時点ではこれ以上の結果がでなかったようです。翌朝、生化学検査の結果がでると、Creが2.6、肝機能障害もあって、特にビリルビンが3.5でした。
たまたま10ヶ月前の検診の結果が残っていて、それは全く正常ですので、それとくらべてみると、その異常さが際立ちます。
本来、この時点で速やかに連絡して受診、精査を勧めるべきなんでしょうけど、この症例ではスルーされてしまいました。
かば:おそろしいですね。
かわうそ:この人の場合は、BUNが上昇していないのにCreが上昇していますので、急性腎障害、特に急速進行性糸球体腎炎とかも考えてほしいみたいです。
で、結局この人は、2日後にやっぱり調子が悪いとのことで受診されました。吐き気や下痢などの胃腸症状は落ち着いていますが、あれ以降排尿がないと、恐ろしいことを言っています。腰痛も持続しています。でも、熱や発疹はありません。
もともとアルコールはとらないみたいです。違法な薬物の使用もありません。
バイタルは初診時とくらべてかなり変わっています。血圧は140まであがっています。若い女性なのでこれは高いでしょう。Hbは11.6に減っています。WBCは高いまま、桿状球は6%でまだ高いです。血小板は54000まで減りました。そしてCreはなんと驚きの9.3です。肝機能障害も進行していますが、凝固能はそんなに動いていません。ちなみに、初診時にとった便培養は陰性でした。あと、CT検査では明らかな異常なし。
というわけで、腎障害と血小板減少、貧血も進んでいる、というのがメインの症例なわけですが、この時点でどんな疾患を頭に浮かべますか?
かば:HUSとかですか?
かわうそ:そうですね。TTPとHUS、あわせてTMA、thorombotic microangiopathyという病態です。
ただ、ちょっと合わないところがいくつかあります。普通はこんなには急激に来ないみたいです。あと、肝機能障害もあんまり来ないはずで、逆に血小板減少はもっと著しいはずです。
かば:腹部症状は血便が有名なんじゃなかったでしたっけ?
かわうそ:まさにその通りなんです。となると、ループス腎機能障害とか、強皮症の腎クリーゼとか?とか想像しています。でも、皮疹や関節症状なんかがありませんし、いずれも典型的ではありません。
というわけで、もう少し情報が必要です。
病歴を詳しく聞くと、喘息でモンテルカストを飲んでいたり、偏頭痛でNSAIDSやトリプタン製剤を飲んでいるようです。
関節痛やレイノー症状などはやっぱりありません。家族歴も特記すべき事項なし。
かば:うーん。
かわうそ:そうこうしているうちに、貧血はどんどん進みますし、血小板もなくなります。クレアチニンも上昇し続けます。
あと、どんな検査結果がほしいですか。
かば:画像検査?
かわうそ:CTとって異常なしですけど、多分造影検査はできないんでしょう。腎臓が悪いので。
かば:なら、感染の原因を突き止めるために、いろいろ培養とってみたらどうでしょうか?
かわうそ:たしかに最初発熱もありましたしね。でも、ここでは便培養が陰性だった以外の情報はないです。あんまり感染と考えていないんじゃないでしょうか?
かば:桿状球がでたりしてるのに?
かわうそ:まあそうなんですけど…。でも、熱は自然に下がっていますしね。
とりあえず、筆者たちは、貧血の原因が気になるみたいです。スメアを作って破砕赤血球があるかどうかとかを調べています。TMAかどうかの確認ですね。
で、溶血性貧血とか、骨髄での造血異常がないということが否定されました。
一応、典型的ではないとしても、HUS/TTPに近い病態が疑われます。
とりあえず、検査異常は著しいので、診断に頭を悩ませつつも、なんらかの対応をしないといけないんですけど。
こういう場合の治療って知ってます?
かば:血漿交換でしたっけ?クレアチニンの値からすると透析も必要そうですね。
かわうそ:そうですね。あとはステロイドの投与も考慮します。メチルプレドニゾロン120mg/日を使われています。
でも、コメンテーターは納得していないようです。治療開始せざるをえないことについては同意していますが、診断が納得いかないようです。ちょっと血圧が低めなところなど、合わないところが多いみたいです。
どうやら、最近になって新しい薬が認可されたことをきっかけに、新しい疾患概念が提唱されたようなんです。その薬というのがエクリズマブという、補体C5のactivation inhibitorなんですけど、知ってます?
かば:…。
かわうそ:この薬は補体関連のTMAという新しい疾患カテゴリーに使用できる薬みたいなんです。でもって、この症例はこの疾患にあてはまりそうなんです。
これを念頭において詳しく病歴を取り直します。すると、発症当時のことを教えてくれました。家に帰ったとたん、「雷に打たれたかのように」調子が悪くなった、というのです。このように、突然発症なのは、薬剤誘発性に抗体が産生された瞬間というのを示唆する訴えだそうです。
でも、この人は大した薬を飲んでいるわけではないので、別の薬物を考えないといけません。もともとモンテルカストだとかトリプタン製剤とかイブプロフェンとかで、新しい薬もないわけですし。どうも、薬を飲んですぐ、せめて数時間以内に抗体が産生してほしいらしいです。
パーティーのあとなんですが、職場の会みたいなので、違法な薬物は考えにくそうです。
かば:じゃあお手上げですね。
かわうそ:でも、しつこく聞きます。
実は、トニックウォーターの中にはいっているキニンが、この疾患との関連が有名なんです。
そう言われてみると、パーティーで少しウオッカトニックを舐めたことを思い出します。
あと、1年くらい前に結婚式でトニックウォーターを飲んだときに似たような症状がでて、ERを受診したと言っています。
このときは頭痛もあったので頭部CTを撮影していますが異常なし。しかし、その時の検査結果を取り寄せてみると、血小板数が正常値ではあるものの少し減っていますし、Creが1.7にあがっていました。
というわけで、これでimmune mediated adverse drug reactionだという診断がつきました。
かば:なるほど。すごいですね。よく思い出しましたね。
かわうそ:舐めただけのウオッカトニックがこんな症状を引き起こすとは思いもよらないですね。
このキニン誘発性の補体関連TMAという診断を知っていて、しつこく行動を聞かない限り、診断にたどり着かないですね。
キニンさえ摂取しなければ、もう再発しませんので安心です。でも、腎機能が悪いので2ヶ月位透析を続けるようです。
ちなみに、HUS/TTPには、ADAMTS13活性が低下していることが必要なんですが、この活性は100%ありましたので、やっぱり診断基準を満たしません。
逆に、キニン依存性の抗体というのがあるかどうかについても調べていて、やっぱり検出されています。
かば:よかったですね。Dr.Houseみたいですね。きっと家探しに行きますね。
かわうそ:基本的には後遺症なく過ごしています。7年後にフォローアップされています。ちょっと認知機能が低下しているらしいですけど家庭生活も問題なく、仕事もバリバリやっています。
あと、腎機能がちょっと悪いみたいです。eGFRが40くらいみたいです。
さっきのエクリズマブを使ってみたい気持ちはあるみたいですが、なんせ新しい薬なのでデータがない、としきりに言っていて、残念そうです。
かば:キニンってマラリアの薬ですよね。ジントニックに入っているんですね。Wikiによると、たしかにマラリア予防で飲まれるって書いてありますね。
かわうそ:私もこれは知りませんでした。