2017年2月21日

62歳男性、サルコイドーシス治療中の意識障害 その2

鑑別診断と剖検の結果です。

Case 3-2017. A 62-Year-Old Man with Cardiac Sarcoidosis and New Diplopia and Weakness.
N Engl J Med. 2017 Jan 26;376(4):368-379. 
Samuels MA, Gonzalez RG, Makadzange AT, Hedley-Whyte ET.

2017年1月30日

その2

その1から続き

かわうそ:経過をまとめます。62歳男性、心サルコイドーシスでステロイド治療を受けていた方でした。免疫抑制状態と考えていただいてかまいません。でも、ものすごく急速進行性の髄膜脳炎を起こして、脳浮腫や脳圧亢進が制御できなくて、ほんの数日で亡くなってしましました。
広域抗生剤、抗ウイルス薬、抗真菌薬、免疫抑制剤、全て使ったといっていいでしょう。でも、効果はありませんでした。

で、鑑別診断に入ります。

さすがに病名を挙げていくのは難しいので、系統的に考えてみましょう。
感染性なのか、非感染性なのか、代謝性、毒物などを考えるみたいです。

まずはサルコイドーシスについて考えています。診断についてはほぼ確実と思われます。縦隔鏡で生検されていますので。なんか慎重になっているような記載もありますが、そこまでしつこく考えなくてもよさそうに思います。
あと、この人はステロイドを長期投与されて、休薬してから症状がでているわけです。そういうところに着目すると、免疫再構築症候群なんかも考えておくべきらしいです。クリプトコッカスだとか、JCウイルスにもし感染していたとしたら、免疫再構築症候群で症状が出現することもありうるらしいです。ただ、これほど劇症の髄膜脳炎は聞いたことが無いとのことです。
あと、サルコイドーシスから悪性リンパ腫を発生することが知られているようで、それも鑑別にあがっています。でも、経過がやっぱり違いそうです。こんなに急激な経過をとることはないそうです。
神経サルコイドーシスについても、ちょっと症状が違います。そもそも、5%くらいにしか認められません。神経サルコイドーシスが認められたとしても、下垂体不全とかの症状みたいでして、このような脳浮腫ができるとは思われません。

かば:頭部CT画像からしても、肉芽腫性疾患では全然ないですよね。

かわうそ:ただ、サルコイドーシスは血栓傾向になるらしいので、そのあたりがからんでこういう画像になるかもしれない、と書いてあります。知りませんでしたが。

次に、非感染性の炎症性疾患がいろいろ並んでいます。レアな疾患ばっかりです。名前も聞いたことありません。飛ばします。
それから、自己免疫性疾患とか、傍腫瘍神経症候群だとかを検討しています。先程も言いましたけど、画像的にはなんともないのに症状がシビアが特徴ですので、ちょっと合わないですね。

あとはANCA関連疾患ですね。とくに、この症例では喘息があるので、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症などは考えるべきなんでしょうけど。

かば:あれって末梢神経障害じゃなかった?

かわうそ:そういえばそうですね。
次は、代謝性や中毒性疾患です。これらは検査結果から否定的らしいです。ふつうはアンモニアだとか尿毒症だとかですし、血液検査からは否定的、というわけで、最終的には感染性疾患しか残りませんでした。

かば:やっぱり免疫抑制状態ですし、素直に考えるべきでしたね。

かわうそ:ウイルス、プリオン、細菌、寄生虫などを挙げています。

かば:プリオンですか…。あとはたいてい除外されているように思いますけど。

かわうそ:そうなんですけどね。
ウイルスについては、ちゃんと季節と場所も考えたようです。この症例は、ニューイングランドの秋のことだったそうですが。土地勘がないのでピンときません。かといって、地元でも風土病とか考えて診療したことありませんけど。

今回については、ウイルスや細菌は、一応否定的と考えていいのではないでしょうか。

かば:ちゃんと血培も髄液も培養していますしね。

かわうそ:こういう困ったときにどうするか、ってことですが、ここでもまた、ネットで検索しろ、と書いてあります。
で、ここでもちゃんとアメーバ脳炎が検索結果の上位に上がったようなんです。

かば:すごいですね。どういう単語を入れて検索したんですか?

かわうそ:それがよくわからないんです。残念です。

さて、アメーバの中では4種類が候補になります。Acanthamoeba culbertsoni、Naegleria fowleri、Balamuthia mandrillaris、そしてSappinia pedataです。
それぞれ特徴があるらしいですが、割愛です。
この症例で、アメーバ感染を疑う手がかりがあるとすれば、最近歯の治療をしたとか、鼻がよくない、というのがヒントになりそうです。

診断にはやっぱりCSFの検体から見つけるしかないです。ギムザ染色やPCRをやっていますが、特殊な検査ですので、まずアメーバを疑わない限り、そういう検査までできないですよね。

というわけで、臨床診断では神経サルコイドーシスと思って治療をしていたというわけなんですが、こうして検討した結果、Acanthamoeba culbertsoniによるアメーバ脳炎ということになりました。

病理所見です。
まず、マクロの所見では脳実質に出血と壊死が認められます。左視床と海馬に目立ちます。

かば:こんなに出血していても、CTではわからなかったんでしょうか?

かわうそ:そういえば、そうですね。なんでなんでしょう?
やっぱりMRIが必要ですね。もうちょっと精密な情報がほしいところです。

かば:でも、出血がわかったからと言って、アメーバ感染を疑います?
出血性の病変っていう情報にひっぱられて、診断から遠ざかる可能性もありません?

かわうそ:たしかに。検査できればいいってもんでもないですね。

さて、ミクロの所見では、血管周囲にそういう所見が目立つみたいです。
で、大脳実質のアメーバのencysted formが全体的に目立って見えます。脳の表面も相当汚染されていたようなんですが、脳の中にまで入り込んでいたというところが恐ろしいです。
多核巨細胞が認められており、肉芽腫性アメーバ性脳炎という診断になります。
脳の凍結検体はCDCに送られて、PCR検査などもやって、診断を確定しているようです。

かば:アメーバってことは、どっかから体の中に入ったわけなんですよね?普通は外傷とかから血行性に入るんだと思うんですけど、侵入経路とかはどうなっているんですか?

かわうそ:そうなんですよ。しかし、そこに気づくとは…!

もし、この人を救命するためにはどうしたらいいかということをディスカッションしています。
診断のためには生検をしないといけないわけなんですが、脳の生検は非常にハードルが高いです。でも、こういうアメーバ感染は、普通は皮膚に病変があるはずで、そこを生検すれば発見でき、その結果をうけて速やかに治療が開始できると救命できるかもしれません。治療としては、ST合剤とかリファンピシン、フルコナゾールです。

ただ、この人はそれが見つからなかったんで、残念でした。

かば:慢性の経過だとすると、侵入部位がわからなくなってしまっているのかもしれません。

あ、国立感染研のサイトにアメーバ感染のことが載っていますよ。Acanthamoeba culbertsoniは日本でも数百例報告があるみたいです。でも、Naegleria fowleriは1例だけだそうです。ちなみに、全世界でも100例くらいで、うち助かった人は1人しかいないみたいです。怖い。
治療としてアムホテリシンBを使うこともあるみたいですけど、効かなかったんですね。

かわうそ:感染研のサイトすごいですね。
アムホテリシンBが効かなかったのは、やっぱりBlood Brain Bareerのせいでしょうか?あと、cyst形成していると、なかなか抗真菌薬も効かないように思いますし。

それにしても、神経サルコイドーシスと思っていたら、意外でした。診断については、人工知能に任せたほうがよさそうですね。
手技は代わってもらえないと思うので、生き残るのは外科系でしょうか。

2017年2月17日

62歳男性、サルコイドーシス治療中の意識障害 その1

冬のせいで仕事が忙しかったため、更新が久しぶりになってしまいました。


Case 3-2017. A 62-Year-Old Man with Cardiac Sarcoidosis and New Diplopia and Weakness.
N Engl J Med. 2017 Jan 26;376(4):368-379. 
Samuels MA, Gonzalez RG, Makadzange AT, Hedley-Whyte ET.

2017年1月30日

その1

かわうそ:今回の症例は62歳の男性で、心サルコイドーシスで治療を受けていました。

最初は風邪と言われて処方されたようです。しかし、入院3日前、朝4時に目が冷めて、上半身がうまく動かないことに気が付きました。
メガネを取ろうとして手を伸ばしますが、すごく集中しないと取れなかったとのことです。エピソードが具体的で面白いですね。

かば:ここまで時間が特定できるって突然発症ですね。

かわうそ:さすがに病院に行きます。症状は客観的にも確かめられますが、血液検査では異常ありません。また、頭部CTでも異常なしです。脳血管造影も問題なし。
追加で何の検査結果がほしいですか?

かば:髄液検査はどうですか?

かわうそ:赤血球4個、白血球188個、大部分がリンパ球です。白血球は多いですね。
この段階では、入院して抗生剤とステロイドを処方されたとのことです。

それでも、複視が増悪していますし、熱が出てきたようです。手の振戦もひどいです。治療のかいなく改善しないとのことで、MGHに搬送されたようです。
身体所見をとりなおされていますが、頭痛や項部硬直、嘔気嘔吐など、髄膜炎を疑わせるような所見はありません。

病歴も詳細に聴取しています。既往としては、4年前、心不全が悪化したということをきっかけにして心サルコイドーシスと診断されました。
16ヶ月前から、ステロイド治療を4ヶ月しています。

かば:ってことは、3年くらいは診断がつかなかったってことですか?

かわうそ:このあたりの経緯は不明です。診断がついても、病状が安定していて治療を必要としなかったのかもしれません。でも、心不全が悪化しているわけですしね。
ただ、PET-CTと縦隔鏡で診断がついた、と書いてありますので、診断は確定的でしょう。

さらに、4ヶ月前からは、今度はステロイドとメトトレキサートを投与されています。で、今回のエピソードの直前に終了しています。

かば:免疫抑制状態と言っていいんですかね?

かわうそ:そう考えてもらって構いません。
その他にもいろいろ合併症を持っています。高血圧とか高脂血症とか。また虚血性心疾患でステントと埋込み型除細動器が入っています。喘息と鼻炎もあります。
さらに、最近歯の治療をしています。これはあとで重要になってきます。処置後は抗生剤を投与されています。

かば:なるほど。

かわうそ:これらの基礎疾患に合わせて多種類の薬を飲んでいます。そのほか、喫煙飲酒なし。違法な薬物の使用なし。家族歴も一応書いてありますが、たいしたものはなさそうです。

バイタルとしては、少し血圧が低くてSPO2も悪いんですが、熱はありません。
記憶の障害がありそう、と書いてあります。神経学的所見もいろいろ書いてありますけど、慣れてないのでわかりません。どうやら複視のほか、眼球突出とか、ほおを膨らませられないとか書いてありますが、これがあとでどう関わってくるのかよくわかりません。

四肢の動きとしては、上腕にミオクローヌスがあるようです。力は大丈夫みたいです。rigidityありません。触覚は問題なし。深部腱反射はやや亢進程度です。ただ、あんまり、この所見が診断に役立つことはなさそうなんです。

かば:なら、ラボデータはどうですか?突発性の神経障害で、どれくらい採血検査が役に立つのかはよくわかりませんが。

かわうそ:そうですね。あまり異常値は載っていません。

かば:そういえば、画像検査はどうなんでしょうか。MRIとか。

かわうそ:たぶん埋込み型除細動器があるのでとれなかったんだとおもいます。CTの画像はあとで出ています。

かば:髄液検査の他の項目はどうですか?初圧とか、糖とか蛋白とか。

かわうそ:初圧も蛋白も高いです。糖は少し下がっていますが、一般的な細菌感染や結核感染などは考えなくてもよいくらい、らしいです。

で、転院後どういう治療をしているのかは詳しく書いていませんが、表をみると数日の経過で検査結果がどんどん悪化しているのがわかります。
神経症状も全身状態も悪化しています。高熱が出て、傾眠傾向や見当識障害がでています。

かば:感染症っぽいですよね。

かわうそ:そうなんですけど、喀痰、尿、血液、髄液からは細菌培養はされていません。それに、広域抗生剤を投与されていますが効果ありません。
細菌でなければウイルスだろう、ということでアシクロビルを投与されています。

かば:でも、ヘルペスを疑うような皮疹はないんですよね。

かわうそ:そうみたいです。さて、ここでようやくCTの画像も出てきます。

かば:どんどん悪くなっていますね。脳溝が見えなくなっているということは、脳浮腫が進行しているんですよね。

かわうそ:これみると、よく髄液採取しているなって思いますね。怖くないんでしょうか。
あと、脳溝がちょっと造影されているようにも見えますので、髄膜炎になっているんじゃないでしょうか。

脳波をとっても異常があるらしいんですが、よく知りません。すいません。ロラゼパムとかをつかって、てんかん発作を抑えたいようですが、根本的な治療ではないですからね。

あと、何の病気を疑って、何の検査をするべきなんでしょうか?

かば:神経サルコイドーシスはどうなんでしょうか?あとは、免疫抑制状態なので、やっぱり日和見感染症なんでしょう。
真菌とか結核とか?

かわうそ:たしか、アムビゾームも投与されていました。でも、βDグルカンは陰性だったらしいです。

かば:意外にがん性髄膜炎とか?ちょっと前に出ていた抗NMDA受容体抗体脳炎とか?

かわうそ:たしか、あれは画像的にはあんまり所見がないのに、症状が激烈なのが特徴だったと思います。

かば:こんなに脳浮腫はでない、と。神経所見も合わないですね。

かわうそ:おそらく。ここには、膠原病関連の脳症を鑑別に挙げています。SLEとか。サルコイドーシスで、さらに免疫抑制状態のヒトにに合併するのかは知りませんが。
ただ、抗核抗体やANCAを測定していて、陰性だったと思います。

かば:このヒト喘息があったので、Churg-Straussは考えておくべきなんでしょう。

かわうそ:免疫グロブリンとかもつかったりしていますが、効果なく、最終的には剖検がされています。

それでは鑑別診断をあげていきましょう。

その2へつづく