2016年9月30日

ジャディアンスって何? その1

エンパグリフロジンという新しい種類の糖尿病薬についての論文です。

Empagliflozin and Progression of Kidney Disease in Type 2 Diabetes.
N Engl J Med. 2016 Jul 28;375(4):323-34. 
Wanner C, Inzucchi SE, Lachin JM, Fitchett D, von Eynatten M, Mattheus M, Johansen OE, Woerle HJ, Broedl UC, Zinman B; EMPA-REG OUTCOME Investigators.

2016年9月5日

その1

かわうそ:薬剤名はジャディアンスっていうんですけど、知ってます?

かば:すいません。知らないです。糖尿病も最近新しい薬が多いですね。

かわうそ:ナトリウム・グルコースの共輸送担体(SGLT)を阻害するという、これまでとは違った機序で血糖を下げます。自分の昔の生理学の知識では、腎糸球体で濾しだされた糖とナトリウムを尿細管で再吸収していたと思うんですけど、ここを止めることで糖の再吸収を抑制します。
つまり、余分な糖を尿糖として排出することで血糖値を下げるという理屈です。そうすると糸球体内圧も減って、糸球体の傷害も抑制されるのではないかと仮説されます。

かば:ちょっと何言ってるかわかんない(笑)

かわうそ:(サンドウィッチマン富澤?)
…。さて、2型糖尿病かつeGFR≧30の人を集めています。で、このエンパグリフロジンを10または25mg、またはプラセボを投与しています。ほかの糖尿病治療や心血管治療はガイドライン通り普通にやっていて、それに上乗せしたときの効果を評価しています。
腎障害としては、顕性アルブミン尿が新たに出現、Creが2倍になる、透析が始まる、腎不全死というものを複合アウトカムとして評価しています。

もともと、エンパグリフロジンの効果を調べる研究として、EMPA-REG試験という大規模な研究がありました。
プライマリーアウトカムは、心血管系の複合アウトカムです。いつもの通り、心血管系疾患による死亡、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中になっています。
で、もともとのセカンダリーアウトカムとして、微小血管の傷害発生を設定していました。網膜症で光凝固したとか硝子体出血があったとか失明したとか、それと腎機能の悪化というものを設定しています。ただ、どうやら殆どのイベントが腎機能の悪化だったらしくて、今回はそれだけを取り出して解析したものの報告ということになっています。

結果ですけど、エンパグリフロジン群では4124人中525人で12.7%、一方プラセボ群は2061人中388人で18.8%でした。当然有意差がついて、HRなんかも0.61ということで、非常に効果的でした、と書いてありますけど…、これは、なんと言ったらいいか…。

かば:どうしました?すごい結果じゃないですか。

かわうそ:あんまり糖尿病における蛋白尿の重要性を認識していないだけなのかもしれませんが、顕性アルブミン尿の出現と透析を一緒にして複合アウトカムにしていいんでしょうかね?それに、Creが2倍になるのも確かに問題ですが、透析導入や腎不全死と比べるとちょっと…。

実際、Creが2倍になった症例は、エンパグリフロジン群4645人中70人、1.5%に対して、プラセボ群で2323人中60人で2.6%なんですよ。
腎代替療法についても、エンパグリフロジン群では4687人中13人(0.3%)、プラセボ群で2333人中14人(0.6%)ですからね。5割抑制しました、とだけ言われればすごいですけど、NNTは1/(0.006-0.003)=333ですし。そりゃ、透析ってのは大事ですから、それでもいいんだ、と言われればそれまでですが…。

かば:とにかく、ほとんどのイベントが顕性アルブミン尿ということなんですね。

かわうそ:そうなんです。ここまで一方的なアウトカムの差があるのに、複合アウトカムとして扱っていいのかな、と思います。まあ、ちゃんとアブストラクトに数字が出されているので、読めばいいんでしょうけど。

ちなみに、ネットで検索したら、ベーリンガーとイーライリリーのプレスリリースを見つけました(https://www.lilly.co.jp/_Assets/pdf/pressrelease/2016/16-34_co.jp.pdf)。こちらでは、この辺りの違和感は巧妙に隠された形だと言わざるを得ません。うそは言っていないんでしょうけど、ズルいと思います。

あとですね、これはもしかしたら既報で述べられているからなのかもしれませんが、血糖降下薬ならA1cがどれくらい減ったか、くらいは書いてほしいんですけど、どこにもありません。臓器障害の抑制という、絶対的な目標について調べているわけなので、A1cのようなサロゲートマーカーは眼中にないのかもしれませんけど。
都合の悪いことだから書かれていないのか、当たり前だから書いていないのか、不要だから書かれていないのか。ちょっと不自然に感じます。

その2へつづく



2016年9月20日

33歳男性、肛門痛と出血 その2

診断と治療経過です。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. Case 25-2016. A 33-Year-Old Man with Rectal Pain and Bleeding.
N Engl J Med. 2016 Aug 18;375(7):676-82.
Zeidman JA, Shellito PC, Davis BT, Zukerberg LR.

2016年8月31日

その2

その1からつづき

かわうそ:炎症性腸疾患の中では、潰瘍性大腸炎やベーチェット病は少し印象が違います。クローン病が考えやすいとのことです。
感染症としたら、どれっぽいですか?

かば:結核はどうですか?

かわうそ:そうですね。経過が長いですからね。でも、結核性直腸炎というのは、どうなんでしょうか?AIDS発症していればありうるのかもしれませんが、この人はHIVネガティブですし。さらに、直腸だけでなく、肛門にも合併して病変をきたすような結核はさらにまれ、ということらしいので頻度的に除外できそうです。

クラミジアや淋病については、もう少し罹病期間が短いはずです。一応、最後のMSMから半年経っているはずですので。ただ、本当にそうか、という点はきちんと確認すべき、と書いてあります。

かば:じゃあ、ヘルペスは?

かわうそ:もうちょっと皮疹がメインと思いますし、あんまり消化器症状は聞かないですね。

かば:そうか、そうですね。

かわうそ:まあ結局、梅毒が鑑別として外せないところらしいです。会陰部に潰瘍だとか扁平コンジローマだとかの病変をきたしますし、経過も矛盾しないようです。
梅毒といえば、皮疹についてこれまで述べられていないじゃないか、と思うかもしれません。実際、9割の人に出現するはずです。ただ、非常に曖昧な症状なので、患者自身も医師も、きちんと認識するのは難しいようです。

ちなみに、感染症医がしっかりと診察したら、手のひらと足の裏に皮疹を発見しました。場所的になかなか難しいところですね。梅毒を疑わないと診ないかも。

ただ、この症例の場合は、肛門裂傷を診察した際に、直腸鏡をして直腸炎に気がついているわけですので、その標本を調べれば診断できそうです。あとは、血液検査で抗カルジオリピン抗体、抗Treponema 抗体を調べれば完璧でしょう。クローン病との鑑別も問題無くつきそうです。

で、Figure 1が病理所見ですが…。

かば:すごく粘膜にリンパ球が集まっていますね。

かわうそ:そうです。腺組織が減って、リンパ球を中心とした炎症細胞が集まっています。再生している像もあります。このへんは全然知りませんが、キャプチャーをみるとクローン病とは全く違う所見とのことです。免疫染色でスピロヘータの存在も証明できました。

かば:こんなにいるんですか!

かわうそ:怖いですよね。
ただ、一般的な梅毒の染色では全然見つけられず、特殊な免疫染色を用いた、と書いてありましたので、やっぱり臨床所見から梅毒を疑わないと、診断が困難な症例なのかもしれません。

治療は何か知ってます?

かば:ペニシリンです。

かわうそ:ペニシリンGの筋注ですよね。この人もその治療をしていますが、日本には注射剤がなくて延々と内服しないといけないというのもまた有名な話です。
で、抗体価も治療によってきちんと下がっています。

あと、MSMの場合、性感染症に罹患していないか、定期的にフォローが必要です。また、HIVに対して暴露前予防のため、テノホビル・エムトリシタビン(ツルバダ配合錠)の内服をしています。
このあたりはもはや常識なんでしょうか?この記述読んだ時はけっこうビックリしましたけど。

かば:そうですね。国試にもでていると思います。

かわうそ:リンパ球数が減って初めて内服開始と言われていた時代からすると、隔世の感がありますね。まだ数年しか経っていないはずですけど。
こうやって知識をアップデート出来て良かったです。

ただの痔でしょ、と思ったら、クローン病なども鑑別に上がってきて、やっぱり性感染症だったという流れで、けっこう二転三転して面白かったですね。


2016年9月15日

33歳男性、肛門痛と出血 その1

ちょっと微妙な症例なんですけど。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. Case 25-2016. A 33-Year-Old Man with Rectal Pain and Bleeding.
N Engl J Med. 2016 Aug 18;375(7):676-82.
Zeidman JA, Shellito PC, Davis BT, Zukerberg LR.

2016年8月31日

その1

かわうそ:33歳の男性の直腸の痛みと出血です。排便時にお腹が痛い、拭いた時に血がつくとのことです。4ヶ月前からということで結構長く症状続いています。
便自体には血が付いていないようです。

かば:ふーん。普通に聞いたら、ちょっと経過は長いですけど、まずは痔と考えますね。

かわうそ:まず家庭医のところを受診しています。さすがに偉いな、と思うところは、この男性がMSM(Men who have Sex with Men)であることを聞いているということです。というわけで、B型肝炎、C型肝炎、HIVなどを調べておきましょう。
また、直腸診もしており、外痔核を確認しています。

かば:結果としては、HBV抗体が陰性みたいなので、ここは介入の余地がありますね。

かわうそ:サイリウム(下剤)、NSAIDS、局所ステロイドを処方しています。
しかし、10週間後に再診しました。痛みが全然引かないようです。バイタルなどは初診時と変りなく、特に問題ありませんが、これでもう半年くらい悩んでいることになります。

さて、この時点でなにか考えることありますか?

かば:この分野には、あんまり経験ないので…。

かわうそ:そうですよね。専門科に任せますね。
病歴としては、あまり大したことありません。既往歴も家族歴も問題ありません。
さて、専門科ではさすがにしっかりと身体所見の評価がされています。視診上、前部と後部の二箇所に深い裂肛を認めました。sentinel skin tagなんかもできています。
普通、裂肛は9割後部にできて、残り1割が前部です。このように2箇所できたり、横に裂肛を認めたりすると、即、基礎疾患があると考えるべきとのことです。

というわけで、ここで直腸鏡を施行されています。すると、直腸にも粘膜の炎症が認められました。

ですので、ただの外痔核と思った病変が、ここで急に内科の領域になってきます。

かば:潰瘍性大腸炎なんかの、炎症性腸疾患とかですかね。

かわうそ:さすがですね。ただ、潰瘍性大腸炎は肛門の病変は有名ではないので、鑑別の上位にはこなさそうです。直腸から上行する潰瘍病変がキーワードでしたっけ?

あと、大腸炎ではなく直腸炎というところも鑑別疾患を挙げるのに役立ちます。そもそも、あんまりproctitisという英単語は目にしないですよね。

かば:そういえば。

かわうそ:直腸炎と大腸炎では症状も違います。直腸炎は、典型的には排便障害、切迫感、渋り腹、失便などが典型的です。一方、大腸炎では下痢、腹痛、腹部膨満、体重減少などの症状がでます。当然、大腸から直腸に炎症がまたがることもあるのですが、この症例ではほぼ直腸炎の症状だけと考えられますので、けっこう典型的な直腸炎となります。

あと、炎症性腸疾患だけでなく、この方がMSMであることを考えると、性感染症なども当然考えるべきですよね。あとは、外傷、虚血、アミロイドーシスなどが鑑別に上がってきます。表に一覧が載っています。
ただ、外傷は、ちょっと経過が長いので消えそうですね。
虚血も、このような若年でリスク要素のない人は、消えそうです。

というわけで、やっぱり感染症か自己免疫疾患が残ってきそうです。

その2へつづく