2016年6月30日

スタチン神話再び?

降圧剤と高脂血症治療薬の効果についての論文です。目新しいところは、リスクの小さい人が対象という点です。

Blood-Pressure and Cholesterol Lowering in Persons without Cardiovascular Disease.
N Engl J Med. 2016 May 26;374(21):2032-43.
Yusuf S, Lonn E, Pais P, Bosch J, López-Jaramillo P, Zhu J, Xavier D, Avezum A, Leiter LA, Piegas LS, Parkhomenko A, Keltai M, Keltai K, Sliwa K, Chazova I, Peters RJ, Held C, Yusoff K, Lewis BS, Jansky P, Khunti K, Toff WD, Reid CM, Varigos J, Accini JL, McKelvie R, Pogue J, Jung H, Liu L, Diaz R, Dans A, Dagenais G; HOPE-3 Investigators.


2016年6月8日


かわうそ:降圧剤は、ARB(カンデサルタン)とサイアザイド(ヒドロクロロチアジ)の合剤、つまりエカードです。
高脂血症治療薬は、ロバスタチンですので、クレストールですね。

かば:うちの病院には合剤少ないんですよね。

かわうそ:実は、今回のNEJM(2016年5月26日号)では、一連の研究で3つの同じような論文が載っているんです。
同じような軽度のリスクの人に、降圧剤群とプラセボ群の比較、高脂血症治療薬群とプラセボ群の比較、そしてこの、降圧剤と高脂血症治療薬のコンビネーション群とダブルプラセボ群の比較です。

かば:すごいですね。それを全部やったんですね。

かわうそ:それぞれ3000人ずつ、合計12000人を集めて、これを中央値で5.6年間フォローアップしています。

かば:…(絶句)。

かわうそ:リスクの高い人、心筋梗塞発症後の再発予防ではなく、それほどリスクの高くない人に使った時の効果をみる、というのが目的です。
では、どんな人が含まれるのか、ということですけど、methodsのところにはあまり詳しく書いてありません。男性なら55歳以上、女性なら65歳以上で、心血管系の疾患がなく、年齢以外に少なくとも1つ以上のリスク要因がある人、と書いてあるのみです。

かば:オンラインサプリメント参照ってありますけど。

かわうそ:当然お金を出していないので読めませんでした。
ただし、患者背景のTable 1が参考になると思います。ウエスト/ヒップ比が高い、喫煙歴、HDL-Cho低値、耐糖能障害、家族歴、腎機能障害とかです。
高血圧や脂質異常症は不問ということです。それにもかかわらず、降圧剤と高脂血症治療薬を使うという実験計画がドラスティックでよいですね。

かば:血圧高くない人にも、降圧剤を出すんですか?

かわうそ:そうなンですよ。高血圧のあった人は3割くらいしかいません。平均140/80くらいです。
高脂血症についても総コレステロールが200、LDL-choも120強です。

こういう人がほんとうにマジメに飲むのかどうか疑問だったのでしょうか、最初にお試し期間を設けています。4週間まず内服していただき、コンプライアンスだとか副作用だとかをチェックしたうえで、本番に臨んでいます。最初は6週間、それから6ヶ月毎フォローしています。

アウトカムについては、ちょっと注意が必要です。流行りの複合アウトカムが採用されています。
primary outcomeは、心血管系による死亡、非致死性の心筋梗塞または非致死性の脳卒中の発症です。
secondary outcomeは、primaryに加えて、心肺蘇生された、心不全を発症した、心カテをされた、が含まれるようになります。

結果に移ると、12705人集めてきて、3180人にエカードとクレストールを飲ませました。3181人はクレストールだけ、3176人がエカードだけ、3168人が両方共プラセボ、という感じでやっています。
これから先は、エカードとクレストールの両方とも内服した群と両方共プラセボの群を比較します。

年齢は65.7歳、46.2%が女性でした。血圧は138.1、LDL-choが127.8でした。やはり、普通なら投薬しない可能性が高い人々です。

お、けっこう服薬アドヒアランスはいいですね。8割以上の方が2年間飲んでいます。

治療効果としては、Fig 2に載っています。血圧は最長7年フォローしています。

かば:やっぱり血圧下がるんですね。ぱっと見、けっこう下がっているように見えますけど。

かわうそ:よくよく見てください。目盛りの単位がキモです。
まず、プラセボでも5mmHgくらい下がっています。内服群では、さらにそこから6mmHgさがるというわけです。

かば:y軸の目盛りに注意しないとですね。

かわうそ:でも、クレストールだと、LDL-choが30くらい減ります。たいしたものです。

ちなみに、このグラフ、5年までは横ばいなのに、そこから先にはさらに下がったりしているように見えます。油断していると、5年以上飲み続ければさらに効果が出てくるのか、とか刷り込まれてしまいそうです。

でも、よくみるとグラフの下に何人をフォローした結果なのか、という数字が載っています。ここに注目すると、実は5年以上フォローした人が少ないので、結果が変わってきているだけだと思われます。

かば:なるほど。

かわうそ:Table 2がアウトカムのまとめです。複合エンドポイントですが、個々のエンドポイントについても丁寧に件数の数字を出しています。偉い態度だなと思います。

かば:複合エンドポイントにしないと、イベント数が少なすぎて有意差がでにくいんでしょうね。

かわうそ:そう思います。デザイン的にも、低リスクの集団ですし。実際、心血管系が原因の死亡については、有意差がでていません。非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中については有意差が出ているようですが。
とりあえず、primary outcomeについては有意差があったということなんですが…。

かば:5年間フォローしたとき、157人にそういうイベントが起きるところが、降圧剤と高コレステロール薬を飲むと113人まで減らせられた、ということですね。3000人が飲んで30人くらいに効果が出たわけですね。

かわうそ:この結果をどう感じたらいいんでしょうかね。もう少し詳しく数字を追ってみると、コンバインドセラピー群では113人、3.6%にイベントが起きています。ダブルプラセボコントロール群では、157人、5.0%にイベントが起きています。HRが0.71で95%信頼区間が056-0.90、p<0.005です。
どう思います?「すごい、ぜひとも処方するべき」ってな感じで、広告されるんでしょうかね?

かば:製薬会社からすると、イベント発症率を3割近く減らした、とか言われますね。

かわうそ:absolute difference、つまり、5.0%と3.6%の単純な差なんですが、それもきちんと書いてありますよね。1.4%減らしました、といわれると、ほんと大したことない違いですよ。
さらにNNT(number need to treat)を計算すると72でした。つまり、72人治療して、1人救えるというわけです。
普通は隠したくなる数字ですよね。ちゃんと出しているだけ、真摯な態度を感じます。

かば:これを多いと見るか少ないと見るか。あと、医療経済的にどうなのか。
でも、COPDの薬よりはNNT小さいですよね。効いている気がします。

かわうそ:ていうか、COPDとかOSAの論文でこういうのを出しているところを見たことがないンですけど。
循環器科はこういう研究で呼吸器科よりかなり先を行っていますね。

かば:あと、結局スタチンがよく効いているみたいです。

かわうそ:よくご存知で。さっきも言ったように、この号では降圧剤とプラセボ、高脂血症治薬とプラセボでも同じような検討をしています。
で、高脂血症治療薬とプラセボ群の比較だけが、有意差がでました。
ということで、この3つの論文を読んだ感想として、クレストールの力がすごいな、という見方もあります。NNT=72ですけど。

かば:NNT=72って、でもけっこうすごくないですか?心筋梗塞の予防と考えたら、処方するかもしれません。
もっと血圧とかコレステロールの高い人だと効果がいいかもしれませんし。

かわうそ:あ、そういう解析もしていました。集められた人の中で、それでも血圧高めの人で解析すると有意差が出たといっています。

かば:きれいな結果ですよね。すごいですね。

かわうそ:実はYusufっていう人が、この3つの論文のうち2つを書いています。

かば:アジア系もが入っていますね。

かわうそ:これまでの研究ではやっぱり白人対象のものが多かったので、人種差を除外するためにいろいろ入れた、とどこかに記載ありました。

でも、私が仮に患者としてこの情報を得た時、やっぱり飲まないと思います。
筋痛・めまいだとかの副作用もある程度ありますし、それ以上に恩恵を受けるのが何十人に一人と言われると…。

かば:昔はもっとスタチン神話すごかったですよね。肺炎にだせ、とかCOPDにも出せ、とか。CRPが0でも、抗炎症作用があるとか。

かわうそ:今はどうなってるんでしょうね。

2016年6月20日

32歳男性、焦げた匂いと感覚異常 その2

いつもおなじみのMGH症例検討会です。
後半は、検査と診断、治療経過です。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 15-2016. A 32-Year-Old Man with Olfactory Hallucinations and Paresthesias.
N Engl J Med. 2016 May 19;374(20):1966-75.
Ronthal M, Venna N, Hunter GJ, Frosch MP.


2016年5月30日

その2

その1からつづき

かわうそ:実臨床では、この段階で脳生検に突き進んでいます。でも、鑑別診断の検討ではこのあたりでサルコイドーシスなんじゃないのって疑っているらしいんですよね。
clinical diagnosisだと、脳腫瘍となっていますが、この解説の先生の診断では肉芽腫で、たぶんサルコイドーシスなんじゃないか、となっています。

だから、例えば採血でACEしたりとか、肺のCTを撮影したほうがよかんたんじゃないの、みたいなコメントを頂いています。

かば:もうちょっと侵襲の少ないところで生検できたんじゃないの?と考えてるわけですね。後出しですけどね。

かわうそ:主治医からすると、ぶどう膜炎や皮膚・関節症状、涙液・唾液の乾燥症状なんかの全身症状がないから、脳腫瘍だけと思ったんだ、ってコメントしています。

かば:あんまりサルコイドーシスっぽい症状がなかったんでしょうがないですね。
PET-CTの所見はどうだったんでしょうか?

かわうそ:そういえば、脳のPETについてコメントありましたよね。でも、胸部については触れられていません。

次は脳神経外科の先生のコメントです。glial tumorと思って開頭手術したわけですが、見た目がそれっぽくありません。固くて、ゴムみたいで、紫色っぽかったとのことで、想像と違ったと言ってます。

で、病理標本の写真をみてみると…。

かば:これは立派な肉芽腫ですね。サルコイドーシスですね。

かわうそ:そうなんです。非乾酪性肉芽腫ということがわかりました。
そういう目でレントゲンを撮り直してみると、やっぱり肺門部が腫れていることが確認されました。
造影CTでも肺門リンパ節腫脹がはっきりします。

かば:肺門部も分岐部も腫れていますし、EBUSの良い適応です。

かわうそ:VATSでもよさそうです。
でも、我々だとそう思うだけで、脳外の先生からすると、脳生検なんて簡単ですよ、とかなりませんかね?

かば:どうでしょう?わかりません。

かわうそ:サルコイドーシスについていくつか新たな知見があります。
最近では、あのワールド・トレード・センターの粉塵に巻き込まれた方の中に発症が増えたという報告があるんですって。
サルコイドーシスは非結核性抗酸菌症や真菌の感染で誘起されるのではないか、という噂がありますので、きっかけにはなるのかもしれません。

かば:それはほんとなんでしょうか?
その後のフォローがしっかりしていて、細かく見ているから、たまたま発見される可能性が高いのかもしれませんけどね。

かわうそ:なるほど。

神経サルコイドーシスについては、我々はあまりみないと思っていましたが、剖検の報告では、5-15%くらいはあるようです。
もう少しまじめに調べたほうがよいのかもしれません。MRIとかして。

かば:胸部CT、心エコー、眼科フォローするくらいですね。たしかにあんまり頭は調べませんね。

かわうそ:この症例の場合でも、年単位で徐々に症状出現、というくらいなので、心臓やブドウ膜のようにあえて積極的に探しに行かなくてもよいのかもしれません。

治療についてですが、なかなか攻めてるな、と思いますね。たぶん体格がよい人なのでしょう。80mgのプレドニンで治療しているンですが、外来で初めているンです。

かば:おおっ。さすがアメリカですね。

かわうそ:ただ、抗てんかん薬はやめられないようですし、幻覚については残っているようです。ステロイドの影響もあるのでしょうか、気分変動や物忘れで悩んでいるらしいです。さらに、けいれんの大発作も起こして搬送されたりしています。
サルコイドーシスって、ステロイド使ってほんとに治療効果あるのかな、とは疑問に思いますね。

かば:ステロイドパルスとかしないんでしょうか。

かわうそ:インフルキシマブとかも使わざるをえないかも、とは書いてます。
こういう風に、ステロイドの副作用の精神症状などで困った場合には、倍量にして隔日投与にするのがけっこううまいこといっていいんだ、みたいなトリビアというか小技が披露されてます。

で、最後に患者さん本人が来てコメントしています。
でも、今回みたいに、診断も治療もイマイチすんなり行ってない場合だと、本人がいる前では、活発な議論できないですよね。最初からサルコイドーシスを疑って全身検索したほうがいいとか、強く言い難いです。
以前読んだエボラ熱疑いならいいんですけど。

かば:ただ、肺門部リンパ節腫脹が見つかったからといって、脳生検がほんとに必要ないかどうかわかりませんよね。サルコイドーシスと脳腫瘍の合併の可能性を考えたら、やっぱり脳生検をしちゃうかもしれません。

それにしても、症例報告でサルコイドーシスが話題になることってけっこう多いですよね。やっぱり症状や経過が多彩で、診断が難しいんでしょうね。



2016年6月16日

32歳男性、焦げた匂いと感覚異常 その1

いつもおなじみのMGHの症例検討会です。
まずは鑑別診断までです。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 15-2016. A 32-Year-Old Man with Olfactory Hallucinations and Paresthesias.
N Engl J Med. 2016 May 19;374(20):1966-75.
Ronthal M, Venna N, Hunter GJ, Frosch MP.


2016年5月30日

その1


かわうそ:若い男性の、これは珍しいんでしょうね、匂いの幻覚です。

かば:幻嗅ですね。

かわうそ:それと、錯感覚です。だるさ、しびれなどが左側だけででています。

かば:麻痺ではないんですね。

かわうそ:感覚の異常だけです。そういうのが結構長い期間で出てきています。幻嗅については、1年位の経過です。ほぼ毎日、硫黄の匂い、燃えたような匂いを感じて嘔気を催します。2分ほど続くそうです。さらに、6週間前から錯感覚も出てきたので受診しました。
神経学的な身体所見ではほとんど異常はありませんでした。
ただ、MRIを撮影すると、右側頭葉に腫瘤を指摘されました。部分的に造影されています。フレア画像では造影されている部分以上に病変が広がりを見せていたようです。

かば:浮腫でしょうか。

かわうそ:部分発作と診断されて、抗てんかん薬を処方されています。

かば:においといえばてんかんの前兆ですよね。

かわうそ:あ、なるほど。それは気づきませんでした。
で、精査のためにこの病院に紹介されました。
脳神経系の疾患ですので、ふだんならあまり読まないンですが、今回は我々にもけっこう関係のある疾患なので読んでみました。

かば:なんと。

かわうそ:まず、右利きということが一番初めに書いてあります。そして奥歯に虫歯があると書いてあります。このあたりは、頭の病気を見るときにいつも気に留めておくべき情報です。

かば:利き手はわかりますが、虫歯も関係あるんですか。

かわうそ:あとで出てきますけど、脳膿瘍などを考える際に、虫歯からの感染の波及を考慮すべきとのことです。

かば:なるほど。

かわうそ:あと、既往にADHDがあります。…、ほんと最近多いですね。
あとはあまり特記すべき所見はありません。関節痛、口腔内乾燥、呼吸困難などはないと書いてあります。昔、目の手術をしたため、瞳孔や対光反射に左右差ありらしいです。薬としては、最近はじまった抗てんかん薬くらいです。アレルギーはありません。普通に社会人として仕事をしています。飲酒喫煙なし、イリーガルドラッグの使用なしです。人種としては、アフリカ系とカリブ系の系統です。あまり旅行には行っていないようです。自己免疫疾患の家族歴なしです。
もう一度身体所見をとって神経学的異常なし、筋力なども異常なし。血液検査もほとんど異常なしです。心電図はちょっと微妙です。軽度の左室肥大。レントゲンも異常なしです。

MRIの所見をもう一度見てみましょう。Figure 1です。

かば:メタみたいな感じではないですね。リングエンハンスメントではないですし、くりっとした腫瘤病変というよりは、モヤモヤっと不正形ですね。

かわうそ:実はこのような腫瘤は一つだけではありません。さらに、髄膜にそっていくつか小さい結節が広がっています。

かば:髄膜炎とか髄膜播種とか?橋まで広がってますね。

かわうそ:この病変なら、幻嗅や片側の錯感覚の説明はつきそうです。
鑑別診断を上げていくのですが、まずてんかんについて検討しています。

このように、側頭葉に病変がある場合、5割でてんかん発作が出てくるみたいです。怖いですね。
複雑部分発作ということみたいです。このあたりの分類については勉強不足ですいません。部分発作なので意識が保たれるということだと思います。
この辺りの病変だと、嗅覚とか味覚に異常が出るということがわかっているらしいです。

かば:ヘルペス脳炎なんかもそうですよ。

かわうそ:原因としては、先ほど出てきた虫歯のほか、海綿静脈洞血栓症とか脳膿瘍も考えておけというところですが、この人はあんまり感染の兆候がないので、ちょっと可能性が低くなりますね。

全身症状といえば、唾液・涙液の乾燥症状 がないことも注目すべきです。
あんまりピンとこないのですが、唾液・涙液の乾燥症状がないということを、この筆者はやたら強調しています。サルコイドーシスやSLE、シェーグレン、強皮症などの神経症状ではなさそう、と言いたいようです。人種的に黒人ということで罹患率が高いということから、鑑別にあがってくるのでしょう。

ということで、これではいまいち絞れませんでしたので、てんかん発作ではなく、脳腫瘍の画像所見から鑑別をあげてみましょう。
とはいっても、われわれは脳転移くらいしかみたことがないのですが…。

かば:うーん。

かわうそ:拡散強調画像など、MRIの撮影方法の違いでいろいろ見えてくるものがあるようです。
例えば、グリオーマは細胞成分が少ないので写り方がどうこうとか、けっこう力入れて書いてありました。
あと、最近ではMRIのスペクトロスコピーという撮影方法があるようです。

かば:SPECTですか?いわゆる脳の血流をみるやつ?でもあれはCTでしたね…。

かわうそ:よくわからなかったのですが、けっこうかっこいいことが書いてあるんです。腫瘍内部のメタボリズムについての情報がわかるとのことで、どうやら細胞の中になんの蛋白が含まれているのか、というものがわかるらしいんです。
例えば、グリオーマは、おそらく細胞膜のターンオーバーが更新していることを反映して、cholineの量が多く、N-acetylaspartateが少ないということがわかっています。また、lactateが多いと嫌気性のメタボリズムが示唆され、脂質が多いと細胞の壊死を反映するなど、glioblastoma multiformeだと診断できます。これ、たしかERのマーク・グリーン先生が罹患した病気ですよね。

というわけで、脳腫瘍のなかでもどんなものらしいか、ということが想像できるということらしいです。
ただ、この症例では役に立たなかったということでした。

かば:ふふっ。

かば:あと、PETの結果も有用とのことです。ただ、我々の知識では、脳のPETは参考程度らしいので、どういうことなのか…。
まあ結局、いろんな情報を総合すると、悪性新生物ではなかろうということがわかりました。

石灰化も有用な情報と書いてありますが、この人にはそういう所見はなかったように記憶していますので、ここではちょっと省きます。結核の可能性を考えてのことでしょうか?

まとめると、悪性新生物ではない証拠がけっこうあって、炎症性の疾患の証拠がそろっています。
で、鑑別にあがるものは、多発性硬化症、脳炎、サルコイドーシス、ベーチェット病、結核、真菌感染、梅毒ゴム腫というところらしいです。

かば:難しい…。

かわうそ:画像上は肉芽腫っぽいな、というところまでわかりましたが、これ以上するとしたら生検しかないのでしょう。
けっこう気軽に脳生検するんだな、という感想ですけど。

その2につづく


2016年6月9日

MGH case 14-2016 その3

37歳女性、成人発症の精神病です。なかなか変わった症例です。最後は検査と治療についてです。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. Case 14-2016. A 37-Year-Old Woman with Adult-Onset Psychosis.
N Engl J Med. 2016 May 12;374(19):1875-83.
Delichatsios HK, Leonard MM, Fasano A, Nosé V.

2016年5月27日

その3

その2からつづき

かわうそ:このあとの対応としては、まず小腸の生検です。絨毛の障害を見つけたいです。
でも、けっこう大変ですよね。なぜって、この人は周りの人が自分を騙しているという妄想を抱いているわけなので、なかなか信用してもらえません。

かば:検査をさせてくれないんですね。

かわうそ:いちおう、セリアック病には信頼性の高い採血の検査、IgA tissue glutaminase antibodyがあるようです。この方はこれで陽性となっています。
このあとなんとか説得して検査した病理標本が図に載っています。自己免疫疾患なのでか、リンパ球が十二指腸の上皮内や固有粘膜に集まっていて、構造が破壊されているのがわかります。

でも、せっかく診断がついても、このあと治療も難渋してるんですよね。医者が嘘を付いているんだと。グルテンフリーダイエットを拒否しています。
どうやら妄想が延々と続いて、自分に対する陰謀の証拠を発見したとか騒いで、治療を拒否して、そうこうするうちに職を失って、ホームレスになって、自殺企図したりしたみたいです。

かば:なんと。

かわうそ:そのあとなんとか入院して、こんどこそ治療が開始されています。
グルテンフリーダイエットを三ヶ月続けたところ、リスペリドンの内服は必要ですが、妄想は消えたようです。
というわけで、苦労したけど、治療ができました。

かば:よかったですね。すごいですね。

かわうそ:良くなってから生検した結果の病理標本も載っています。すっかり正常の構造になっています。
実は、グルテンフリーダイエットが有効な疾患というのはセリアック病以外にもけっこうあります。セリアック病は他の自己免疫疾患との合併が多く、しっかりと診断する必要があるので、安易にグルテンフリーダイエットしない方がよいとのことです。

さて、この人については、この後切ない展開が待っています。実は、きちんとグルテンフリーダイエットを守っていたのですが、ついうっかり…。

かば:食べちゃったの?

かわうそ:そうなんです。妄想がぶり返し、グルテンフリーダイエットも受け入れてくれないらしく、困っているようです。

かば:やばいですね。診断ついても治療できないのは辛いですね。

かわうそ:こっそりグルテンフリーダイエット食べさせるわけにはいかないんでしょうか。

かば:やっぱり味が違うんでしょうね。ググると、日本ではダイエットのために使われることもあるみたいですけど。
この表をみると、セリアック病の合併症というか、消化管外症状ってたくさんありますね。難しいですね。

かわうそ:やっぱり、日本だけで働いていると、ほんとに診ない病気がたくさんありますね。

ちなみに、このcase recordの直前に載っていた、Image in clinical medicineもけっこう衝撃的な画像ですよ?

54歳の脳性麻痺のある男性が、喀痰による右主気管支の気道閉塞のせいで、Morgagniヘルニアから消化管が胸腔内に迷入しています。胸部聴診でbowel soundがわかったようです。
で、診断のあとどうしたかというと、本人・家族の希望により、外科的な修復は行われませんでした。このあとこの方がどういう暮らしをしたのかが気になるところです。


2016年6月7日

MGH case 14-2016 その2

37歳女性、成人発症の精神病です。なかなか変わった症例です。鑑別診断編です。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. Case 14-2016. A 37-Year-Old Woman with Adult-Onset Psychosis.
N Engl J Med. 2016 May 12;374(19):1875-83.
Delichatsios HK, Leonard MM, Fasano A, Nosé V.

2016年5月27日

その2

その1からつづき


かば:これまでの病歴からすると、鉄、ビタミン不足だけでなく、体重減少もあるんですよね。だから、腸管吸収が問題なのだと思いますけど、疾患が思いつきません。
自己免疫疾患がキーワードっぽいので、SLEかとも思いましたが、ほとんど診断基準に当てはまる症状、所見がないようですし。

かわうそ:確かにSLEは鑑別にあがるべきですね。

ここから鑑別診断に入ります。
まず、成人から突然発症した精神病とのことで、まずは基礎疾患がないかどうかしっかりと精査しましょう。

これまで発見された、鉄欠乏性貧血やビタミン欠乏は、神経障害との関係はありますが、さすがにこれほどの妄想性精神疾患をきたすことはないでしょう。
ビタミンB1のウェルニッケ症候群、ビタミンB3のペラグラは有名ですけど。

体重減少とビタミン欠乏があるので、神経性食思不振はやっぱり考えないといけないですよね。完璧主義というキーワードもありますし、ただし、さきほど触れたようにどれだけ周囲から話を聞いてもそういう証言は得られませんでした。

かば:体重減少と突然の意識障害と捉えると、悪性疾患と脳転移は考えるべきと思います。

かわうそ:そうですね。
でも、この症例では脳の画像検査は得られていないようです。
頭部MRIして脳腫瘍または脳転移の検索をすべきだ、とリコメンドされています。

あとは、橋本病という自己免疫性甲状腺疾患についてですが、これはおそらくたまたま見つかっただけで、精神症状との関係はなさそうとのことです。
むしろ、そのあと、甲状腺ホルモン補充に対して反応しないことが重要です。
あと、自己免疫性疾患があること、家族歴も濃厚であることです。
自己免疫疾患があって、吸収障害がある場合、これを考えるらしいんです。

・・・。実は、セリアック病でした。わかりました?

かば:おお。セリアックスプルーですね。

かわうそ:私はこの疾患は小麦というかグルテンに対するアレルギー反応を有する遺伝性疾患という認識だったのですが、むしろ吸収障害を伴うような自己免疫疾患と捉えるべきなようです。

かば:自己免疫疾患…。

かわうそ:という分類になるらしいです。私には、グルテンフリーダイエットというキーワードぐらいしか反応できないのですが。
ちなみに精神疾患についても、有名ではないものの、セリアック病に合併したという報告がけっこうあるらしいので、矛盾するものではないとのことです。

かば:すごいですね。病歴からここまでたどり着いたんですね。

かわうそ:ここで、精神科の主治医にコメントを求めています。「われわれは病歴でここまでたどり着いたわけだけど、実際みたお前はどうなの?」っていうところでしょうか。いじわるしているわけではないのでしょうが。
回答としては、「統合失調症としては、少しおかしなところはあるにせよ、やっぱり最初は妄想型の統合失調症と診断しちゃうよね」、といってます。

その3へつづく



2016年6月3日

MGH case 14-2016 その1

37歳女性、成人発症の精神病です。なかなか変わった症例です。前半は問題編です。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. Case 14-2016. A 37-Year-Old Woman with Adult-Onset Psychosis.
N Engl J Med. 2016 May 12;374(19):1875-83.
Delichatsios HK, Leonard MM, Fasano A, Nosé V.

2016年5月27日

その1

かわうそ:妄想で精神科を受診されました。自分のまわりで大きな陰謀が進行しているというよくある妄想です。家族や友達が、自分に対して嘘ついているというような妄想を突然抱くようになってしまいました。妄想の他には幻覚などの精神症状はありません。
たまたま家に泥棒がはいったという事件をきっかけにして、さらに妄想が進行します。合鍵を持っていたのが家族だけなので、家族に対する疑惑が爆発、暴力沙汰になってしまったようです。
やや発症年齢が高く、典型的ではないように思われましたが、一応スキゾフレニア、統合失調症として入院加療となっています。アメリカでどうかはわかりませんが、日本なら自傷他害の恐れあり、で医療保護入院とか措置入院のレベルでしょうか。

かば:単なる統合失調症では、MGHのケースレコードにならないように思いますけど。

かわうそ:そうですね。やっぱり病理所見との対比が売りですからね。実は器質的な疾患がありました。
まず、採血結果、鉄欠乏性貧血がわかりました。その他ビタミンB12、D2の欠乏もありました。あとはほとんど正常です。栄養状態については、あれ?記載ありませんね。

既往歴は特にありません。足のケガとか、あと、卵巣腫瘍で卵巣摘出していますが、その後ホルモンバランス異常などは指摘されていないようです。
ただ、性格は異常というわけではないのですが、ちょっと変わっているようです。10代のころから完璧主義者で鳴らしていたようです。

かば:自閉症スペクトラムですか?そういえば、最近ADHD多くありませんか?偏食で肝障害とか、サプリで肝障害とか。

かわうそ:私もそう思いますが、この時点でそこまで言えるかどうかは書いてありませんでした。
あと、よく聞いてみると体重減少があります。期間は不明ですが9kgも減少しているらしいです。
過食症や嘔吐、下痢、髪の毛が薄くなるなど、神経性食欲不振を疑うようなエピソードはありません。利尿薬や下剤の使用もなしです。頭部外傷なし。引きこもり歴なし。
さて、家族歴はけっこう注目です。

かば:ほう。

かわうそ:母がSLE、姉妹に甲状腺機能異常、祖母に糖尿、おばが乳癌。ただし、精神疾患はありません。
食事はペスクタリアンダイエットをされています。知ってます?

かば:しらない。

かわうそ:調べたところ、動物の肉は食べないものの、魚介類は食べるというこだわりのようです。
あとは、卵を結構食べるとか、サラダ毎食食べてるとか、けっこう詳しく述べられています。
アルコールは機会飲酒程度、喫煙はないがマリファナ使用歴あり。
コーヒーは一日二杯でよいとも悪いとも書いてありませんが、自分は四杯くらいなので、これが問題だとしたらけっこうやばいですね。

一ヶ月入院して退院されました。リスペリドンだとか抗鬱薬、ビタミン薬などを出されています。ただ、あまり症状はよくなっていないようです。
フォローの外来受診時に、入院担当医が見たところ、さらにガリガリにやせていることを発見されました。

かば:甲状腺機能亢進ですか?

かわうそ:主治医もそう疑ったのでしょう、あらためて所見をとったら、甲状腺腫脹が発見されました。精査したところ、橋本病と甲状腺乳頭癌でした。
橋本病って基本的には甲状腺機能低下になるはずですが、機能亢進状態にもなりえますので、そのための精神症状なのかな、とも思いましたが、ちょっと病歴とは合わない印象ですよね。この方はほかにもキーとなる症状がありますし、それは甲状腺機能異常では説明できないようです。

とりあえず橋本病と甲状腺乳頭癌に対する治療として、甲状腺摘出術後、甲状腺ホルモン補充療法を行いました。
この経過が診断に結びつきます。実は、補充しても、なかなか有効血中濃度にならないんです。

これで思い浮かぶ病気あります?ていうか、これが精神疾患につながるという印象が私にはありませんでした。

その2へつづく