2015年9月29日

まさかの臨死体験前向き研究 その3

Lancet. 2001 Dec 15;358(9298):2039-45.
Near-death experience in survivors of cardiac arrest: a prospective study in the Netherlands.
van Lommel P, van Wees R, Meyers V, Elfferich I.

2015年8月25日

その3

その2から続き

かわうそ:で、次は筆者が最も大切と考えている、臨死体験による性格の変化についてです。Table 4です。臨死体験をした群の方が、自分の感情をより表すようになり(これがいいことかどうかはわかりませんが)、より共感的になったり、人の意見を受け入れるようになったり、人生の深い意味を理解したとか、死後の世界を信じて死を怖くなくなったとかいう変化があります。これを2年後と8年後にやっていて、時間が経つほどこの傾向はより顕著になります。臨死体験って、いいものですね。
ちなみに、あとで臨死体験を思い出した人もいました。2人ですが。
というわけで、すごい、としかいいようがないっていうのが私の結論というか感想なんですが…。

かば:どうコメントしていいのかわからないですね。研究として前向きにちゃんとやっているのはすごいことですけど。例えば質問票の妥当性とかどうなんでしょうか。

かわうそ:いちおう、インタビュアーを訓練して同じようにやっているようです。そういえば、それについてはDiscussionで書いてありました。この研究、多施設共同でやっているんですが、そのうち、けっこう長いこと熱心にやっていた施設では、臨死体験の報告が10%未満だったので、やっぱり聞き方とか、どこかでバイアスが入っているのかもしれない、話を誘導してしまっているかも、という話がありました。
まあただ、これは最初の研究ですからね。今後の課題ですよね。

かば:やらないよりずっといいですけどね。

かわうそ:そうですよね。これ、私のあこがれの研究になりました。

きりん:すごいですね。ところで、この質問票は前の文献を参考にしたりとかはあるんですか?

かわうそ:臨死体験の定義には、そういう引用はなかったと思います。一応、Near death experience scaleとありますが、自分で作ったんだと思います。ただ、性格変化は引用文献がありますので、一応validateされたものだと思います。

かば:やってみた人がいるってのはすごいですね。

きりん:蘇生した後、聞いてみたくなりますね。「何か見ましたか?」とか。

かば:誘導しないように聞くのが難しそうですよね。

かわうそ:患者さんから言ってくれればいいですけど、やっぱり医者にはそういうことは言わないだろうなと思いますね。家族には言っているかもしれないですけど。

きりん:入れ歯の場所とか当てられたら、「ひーっ」ってなりますよね。

かわうそ:意識がない時で、知らないはずのことを知っている、というのは、臨死体験でよく言われているんですよね。

かば:患者背景で宗教も聞いているんですよね。信心深さの定量化は難しいと思いますが。ていうのも、臨死体験で光をみるというのを、天使に会うという風にとらえるかどうかは、宗派とかが関係してくるんじゃないかと思いますが。

かわうそ:たしかに。いちおう、その体験については、どうやらあんまり個別の宗教とか文化には影響されない、という報告があるみたいなんです。だから、酸素濃度、二酸化炭素濃度、脳内麻薬などの脳の生理学変化が原因とかいう説がある程度支持されているという面があるようです。
その辺りのことにもし万が一ご興味をお持ちなら、添付資料「学研まんが 大人のひみつシリーズ 臨死体験のひみつ」を御覧ください。以前ネットで見つけたものです。著作権の問題がありそうなので、ここには載せられませんが。

きりん:マンガはアレですけど、研究についてすごく真面目な内容が書いてありますね。

かわうそ:この元ネタのマンガはご存じですか?平松伸二の「ブラックエンジェルズ」ですけど。

かば:名前は聞いたことあるけど、読んだことはないです。

かわうそ:ところで、前の病院から変わる直前の抄読会の論文を思い出しました。「最後だし、いいかな」とか思って調子に乗って読んだのが、終末期のがん患者に、死の恐怖を和らげるためと称して覚醒剤の一種を投与するという内容でした(Arch Gen Psychiatry. 2011 Jan;68(1):71-8. Pilot study of psilocybin treatment for anxiety in patients with advanced-stage cancer)。当然どんびきされましたけど。
覚醒剤って、キマると神の存在を感じたり、全能感を感じたりする幻覚になるっていう噂じゃないですか。けっこうこの臨死体験後の性格変化と似た印象を受けます。それで満足して死を迎えるっていう内容なんですけど。

かば・きりん:ははっ。

かわうそ:最後だし、ちょっときわどい内容でもいいかな、と思ったんですけどね。しーん、てなってしまいました。
この臨死体験論文のDiscussionでも少し触れられているのですが、今後、薬とか脳の手術や電気刺激でこういう臨死体験のような感覚を起こすことはできるようになると思うんです。それを、性格を変えたり、死の恐怖を和らげたりするための治療に応用できないか、というようにつながっていきます。そういう考え方もありかな、と思いますが、やっぱりそれはダメなんじゃないかな、とか思いました。

かば:これに対するLetterでの反論とかあるんでしょうか?

かわうそ:そこまでは調べていないです。すいません。でも、これに真面目に反論したら負けなような気しませんか?
ただ、こういうのも研究に値する点があるということが言えただけでもいいんじゃないでしょうか?

きりん:ふふっ。倫理委員会をどうやって通したのかも気になりません?

かわうそ:そうですね。やっぱり臨死体験っていうことは表に出さず、蘇生後の性格変化、みたいなところを押し出したとかでしょうか?臨死体験を研究したいとか言うと、やっぱり怒られそうですからね。

かば:面白いのは、日本でも三途の川だし、ギリシャでもカロンが渡し守しているし、エジプトにもそんなのがあるみたいで、みんな川を渡ってあの世に行くのは面白いですね。
ていうのが「鬼灯の冷徹」にありました。全く関係のないところで、同じようなイベントになっているのは不思議ですね。
あと、死んで別のところに行くっていうのを川を渡るってことで表しているんだと思うんですが、別に山を越えるでもいいはずなのに、必ず川が出てくるのは面白いですね。

かわうそ:実は、山越阿弥陀図っていうのがあって、臨終する人を阿弥陀如来が山を越えて迎えに来るっていうのがあるにはあります。京都の永観堂で見て印象に残っています。けっこうビジュアル的にはかっこいいんですけど、あんまりメジャーではないと思いますね。


2015年9月25日

まさかの臨死体験前向き研究 その2

Lancet. 2001 Dec 15;358(9298):2039-45.
Near-death experience in survivors of cardiac arrest: a prospective study in the Netherlands.
van Lommel P, van Wees R, Meyers V, Elfferich I.

2015年8月25日

その2

その1から続き

かわうそ:結果です。まず患者背景ですが、344人の患者がいて、うち複数回CPR受けている人がいるので、509回のCPRが施行されました。平均62歳、やや男性が多いです。74%の人がCPRの5日以内にインタビューされました。2年後にインタビューした人が74人です。さすがにだいぶ減っていますね。薬はフェンタニルやジアゼパム、ミダゾラムなどの鎮静薬が使われたとありますが、あんまり相関関係はなかったようです。344人のうち、234人(68%)が蘇生されています。
さて、お待ちかねの臨死体験の報告ですが、なんと、344人中62人(18%)が報告しています。臨死体験のレベルも定量的に分けられていますが、12%がある程度深い臨死体験を報告し、2人はかなり深い臨死体験をしたようなんです。臨死体験をした人が1割以上ですから、ちょっとセンセーショナルな結果ですよ、これは。
でも、続くこの一連の文章、これはちょっとどうなんでしょうか。医学論文では異例と思うんですけど、よっぽどこれを言いたかったんだろうな、という筆者の熱みたいなものを感じます。(*´∀`*)

かば・きりん:え?

かわうそ:まあ聞いてみて下さい。看護師さんの証言がけっこうなボリュームで書いてあります。この看護師さんが夜勤の時に、44歳の男性がチアノーゼと昏睡状態で運ばれてきました。どうやら1時間位前に倒れているところを通りすがりの人に発見されて、運ばれてきたと。この時にはもうすでにCPRされていて、これから挿管という時です。でも、どうやら入れ歯だったので、とりあえず入れ歯を外して、この看護師さんが台車の上に置きました。挿管して蘇生して、一週間後くらいに病棟に薬を届けに行ったら、この患者さんが言うことには「あ、この看護師さんが俺の入れ歯がどこにあるか知っているはずだ」。看護師さんもびっくりですよね、蘇生処置中で意識ないはずですから。さらに「あんた、俺の入れ歯を台車の上にのっけたよね?」と言っています。どうやら、このときこの患者さんは幽体離脱をしていて、医療スタッフが何をしているのか上から見ていたというんです。だから、自分の入れ歯がどこにあるかも知っている。

きりん:はー。

かわうそ:さらに、たぶんなんですけど、どうやら処置中にスタッフの間には「あ、これはダメかも」という雰囲気があったようなんです。でも、この患者さんは、自分は生きているんだから、あきらめないでくれ、というようなことを何とか伝えようと努力したけどダメだった、と言っていたらしいんですよ。

きりん:ふふっ。

かば:すごいね。

かわうそ:これがLancetに載っているんですよ。Editorも、「ここは何とかならんものか」、とか言わなかったんでしょうかね?でも、やっぱり筆者はここを書きたかったんだと思います。「ここは外せない」と突っぱねたと私は信じています。
結果に戻ります。Table 2では、先ほどの臨死体験の定義に従って、どれくらい深い体験だったのかを定量化しています。けっこう、死を怖がらない経験は多いですね(56%)。他にも、死の自覚は半分以上ありますね。あとは2-3割といったところです。
Table 3は、患者背景との相関関係です。基本的には関係がないんですが、どうやら臨死体験をした群の方が、さらに言うと深い臨死体験をした方が、30日以内の死亡率が高いようです。臨死体験をした方が、亡くなりやすいということです。この辺が何を意味するのかは難しいですね。

かば・きりん:ふーむ。

その3へ続く


2015年9月23日

まさかの臨死体験前向き研究 その1

Lancet. 2001 Dec 15;358(9298):2039-45.
Near-death experience in survivors of cardiac arrest: a prospective study in the Netherlands.
van Lommel P, van Wees R, Meyers V, Elfferich I.

2015年8月25日

その1

かわうそ:ちょっと古いんですけど、2001年の論文です。Near death experience、つまり、臨死体験についての論文です。なんとLancetです。心停止でCPRをして蘇生をした人の臨死体験を、驚くべきことに前向きに研究したものです。

きりん:ふふふっ。

かば:すごいね!

かわうそ:すごいですよね。さて、イントロには、最近の治療・技術の進歩により臨死体験の報告が増えている、とこの人たちは言っています。ただ、あんまり引用文献が書いていないので、ちょっと検証のしようがないんですよね。心停止、アナフィラキシー、感電、溺水とか、そういう病態で臨死体験が報告されている、と書いてありますが、全然引用文献が載っていません。一応、引用文献の一覧を見てみると、LancetとかBMJとかあって、まじめに研究されている人もいるようなんですけど、医学論文ではなく、本が多く引用されているようにも感じます。
臨死体験の機序の研究についても少し書いてあります。低酸素などによる脳の生理学的変化が幻覚をみせているのでは説、死に直面した時に恐怖を和らげるための本能的に備わっている精神の防御機構なんじゃないか説、とかが言われているようです。
ここでは、臨死体験の最も大切なことは、臨死体験をすること自体ではなく、そのあとでその人の生き方・性格が変わること、という前提で研究を行っています。
これまでの研究と違うところは、なんといっても前向き研究というところです。この試験の前にも、後ろ向き研究はあります。って、あるのもけっこう驚きですが、これではバイアスが入ってしまい頻度がバラバラなんですって。というわけで、前向きにやらざるをえまい、という筆者の覚悟が感じられます。これはすごいですよ。ちょっと興奮してきます。
Methodsに入ると、オランダの複数の病院で、4ヶ月から4年間かけて患者を集めています。とりあえずCPRの患者さんをすべて入れています。ちゃんと文書で同意も得ていますし、倫理委員会も通しています。通るもんなんですね。

かば:すごいなぁ。

かわうそ:臨死体験の定義をしっかりしようということで、次のような要素に当てはめています。一般的に臨死体験といって想像するようなエピソードになりますが、死んだということを自覚している、それでも悪くない、ていうかむしろポジティブな感情があります。さらに、幽体離脱とか、トンネルのような場所を通るとか、光(天使?)を見たとか話をしたとか、綺麗な景色を見たとか、三途の川を見たとか、亡くなった親族にあったとか、人生の走馬灯を見るとか、そういう記憶を臨死体験としています。臨死については、心肺蘇生処置をしないとなくなってしまう状態という定義みたいですね。蘇生後、けっこうすぐインタビューしています。だいたい蘇生後5日後にやっています。相関関係を調べるため、患者背景もしっかり取っています。特に薬については詳しいですね。やっぱりモルヒネとかの影響を危惧しているようです。
ここまででも十分なんですが、この研究で一番すごいのは、フォローの期間ですね。2年後と8年後まで追っかけています。34項目にも上る、けっこう細かい質問票を送りつけています。性格がどう変わったかということについてです。
こういう、まじめな人からするとバカバカしいと思われるようなことをきちんと検証しようという姿勢はすごいとしかいいようがないです。感動します。私にできないことを平然とやってのけています。そこにシビれますし、あこがれます。これが今後この分野の研究のゴールドスタンダードになるんでしょうね。

きりん:うん?

その2へつづく


2015年9月17日

最近うわさのREVERT trial その2

Postural modification to the standard Valsalva manoeuvre for emergency treatment of supraventricular tachycardias (REVERT): a randomised controlled trial.
Appelboam A, Reuben A, Mann C, Gagg J, Ewings P, Barton A, Lobban T, Dayer M, Vickery J, Benger J; REVERT trial collaborators.
Lancet. 2015 Aug 24. pii: S0140-6736(15)61485-4.

2015年8月28日

その2

その1から続き

かば:図表に戻ると、Table1がBaselineで、ここは差がありませんね。肺炎、COPD、心疾患など、それなりに基礎疾患あります。Table 2がアウトカムです。Primary outcomeがValsalva法で戻った人、Secondary outcomeが結局アデノシン静注を必要とした人になっています。どちらにしても、Modifiedの方法がよかったようです。その他の成績も軒並みModifiedがよかったと言っています。
ただ、帰宅出来た症例、救急外来滞在時間については差がなかったようです。あと、副作用は有意差がないのですが、人数的には少し多かったようです。Table 2によると脈が増える、心電図異常がある、腰痛がある、頭痛、胸痛、チアノーゼなどがあったみたいです。どれもそれほど重症ではないですね。
あとは心電図の所見について書かれています。
看護師さんに足をどのタイミングであげるのかとかを説明するのが難しいように思いますが、共有できるのなら負担は少ないと思うので、やってみたらいいと思います。

かわうそ:最初にValsalvaさんが記載した方法が、足をあげるやり方なんですか?

かば:ネットで調べたところ、最初は「深呼吸のあと、声帯を閉じたまま息を吐こうとする方法」みたいです。座位より臥位の方がよいとか言われています。

かわうそ:頚動脈洞マッサージっていうのもありませんでした?

かば:あと、眼球マッサージとかもありますね。副交換刺激の方法です。でも、血栓が飛ぶとか、網膜剥離の危険があるので、やりにくいです。
あと、顔を水につけるというのもあるみたいです。

かわうそ:ちなみに、SVTは心電図とったら機械が教えてくれますか?

かば:でないですよ。自分で診断しないといけないです。私も自分で読めない可能性大です(*_*)

かわうそ:でないんですか!?その診断に自信がない人はどうすればよいのでしょうか?

きりん:またまたお二人ともご冗談を…。
でもValsalva手技に副作用がないのであれば、SVTと確信がなくても、Afとかでなければやってみたらよいのではないでしょうか?

かわうそ:なるほど、たしかに。

かば:Lancetっぽくて面白い論文ですね。さっきの動画も、ファーストオーサーっぽい人がすっごい嬉しそうにペラペラペラペラしゃべっています。

きりん:背景がACLSの勉強のビデオと全く同じだなって思ってみていました。我ながらマニアックな見方だと思います。

かば:REVERT trialっていう名前もかっこいいですよね。

かわうそ:なぜREVERTなんですか?Rはどこからきてるんですか?RandomizedのR?

かば:唐突にREVERTって出てきてます。たしかに何の略語かわからないし、ちょっとひどいですね。
でも、この人達はたぶん「REVERT trialによると、Valsalva手技はこうした方がいい!」って言いたいがために、こうやって試験に名前をわざわざ付けたんですよ。

きりん:そうですね。たぶん、こういう豆知識みたいなのが好きな先生が研修医とかに、「REVERT trialって知ってる?」とか言うってるんですよ。

かば:その場面、すっごく想像できます。循環器科は何かかっこいい名前の研究が多い印象ありますよね。

かわうそ:たしかに、かしこい先生はちゃんと試験の名前までおぼえていますよね…。かしこいのかマニアックなのか知りませんけど。
肺癌の試験は、数字の羅列なことがありますからそれよりはいいですね。

かば:こういう昔ながらの治療法を見直すみたいなのはいいですよね。

かわうそ:でも、救急の場で、わざわざめんどくさい同意書を取って研究するっていうのは、なかなかできることではないですよね。すごいです。

かば:やっぱりリサーチナースがいるっていうのが大きい気がします。
あと、SVTは、直接命にかかわらないのが目の付け所がいいとこですよね。

きりん:患者さんも若いですし、理解もよさそうですよね。


2015年9月14日

最近うわさのREVERT trial その1

Postural modification to the standard Valsalva manoeuvre for emergency treatment of supraventricular tachycardias (REVERT): a randomised controlled trial.
Appelboam A, Reuben A, Mann C, Gagg J, Ewings P, Barton A, Lobban T, Dayer M, Vickery J, Benger J; REVERT trial collaborators.
Lancet. 2015 Aug 24. pii: S0140-6736(15)61485-4.

2015年8月28日

その1

かば:今ちょっと話題になっている論文です。
いわゆる上室性頻拍の時のValsalva手技の成功率っていうのがあんまり高くない、5-20%くらいなので、何とかそれを上げる方法はないか、という研究です。上室性頻拍の治療といったら、アデノシンの静注とかもよく言われていますけど、あれってすごく気持ちが悪いというか。やっぱり一瞬脈がとまるので、やってるこっち側も嫌だし、患者さんもすごい不快らしいです。

かわうそ:そうですね。一回救急でやったことありますが、こわいですね。

かば:できれば、アデノシンとか使う前に何とかできたらいいなっていうのがあります。Valsalva手技は、臥位でやるのがいいとか、足をあげるといいとかはすでに言われていましたが、それを実際にちゃんとRCTでやってみたという論文です。AfとかAFとかは除外した上で、息を「フンッ」と止めるだけの人と、修正したValsalva法の人に分けています。
やり方がネットに動画で出ています(http://www.thelancet.com/cms/attachment/2035488647/2051082005/mmc2.mp4)。45度くらいで寝ている人に、圧力計でちゃんと40mmHgの強さを測って、15秒間息こらえさせて、終わったら二人がかりで足をあげて倒すんです。これがmodified Valsalva法で、これをやると改善率が抜群によくなったという報告です。普通のやり方だと戻ったのが17%だったのに対して、今のような、フラットにして足をあげるというのを最後につける方法だと、43%で半分近くが落ち着いています。ひっくり返すだけなので、特に副作用もなく、シンプルだしお金もかからないのでいいんじゃないですかね、という論文でした。

かわうそ:Valsalva法の理屈ってそもそもどういうものなんでしたっけ?(>_<)ゞ

かば:息こらえで胸腔内圧を上げて、静脈還流量を減らします。すると、一回拍出量が低下して血圧とかは一過性に下り、頻脈になります。
そのあと、息こらえを開放すると、一気に静脈血が心臓に戻ってきて、1回拍出量が増大して、頚動脈洞圧が上昇、迷走神経刺激で反射的に徐脈を引き起こします。
Modified法では、最初座位で息こらえすることで静脈還流を減らしておいて、息こらえ開放後に足をあげることで、より静脈還流量を増やそうという考えなんですね。

かわうそ:1回しかやっちゃだめなんですか。

かば:2回までいいみたいです。それ以上ならアデノシンやcardioversionになっていました。
ただそれだけなんですけど、すごいきれいにやっていますし、イギリスのERのDrが160人くらい関わっています。参加する人には今のビデオを見せて、やりかたを教えて練習しているようです。あと、リサーチナースが横にいて記録を取っているようです。SVTの定義もちゃんと載っています。inclusion criteria、exclusion criteriaもしっかりと記載しています。ランダム化は、完全な二重盲検というわけにはいかないんですが、どちらの群になるかはきちんと管理されています。
けっこう親切なことに、参加者の患者さんが外でまた発作に襲われた時のことも考えているんです。10mlのシリンジを渡していて、細い方を加えて息で内筒を押し出すように吹かせます。そうすると大体40mmHgになるみたいです。これも先ほどの動画にあります。

かわうそ:それで息こらえになるんですね。おもしろいですね。呼吸リハの患者さんに持たせてもいいかもですね。

かば:さらに、不整脈協会のチャリティーなんかも紹介していて、手厚いです。
1170人くらいエントリーされていますが、色々省かれていて、433人がランダム化されました。例えば、手技をする前に自発的に不整脈でなくなってしまった人とかです。ちょっと面白いのが、20人が登録されていないんですが、その理由が「救急外来が忙しすぎた」となっています。

きりん・かわうそ:ははは。

かば:あと、同意書をとったけど無くした、とかいうのも書いてあって、ここまで細かく記載しているのか、と感心します。

かわうそ:すごいですね。自分の研究ではここまでうまく書けなかったんですよね…。

かば:ここは意外に自分ですると難しいですよね。

その2へ続く


2015年9月10日

病歴聴取について その2

Clinical problem-solving. A history lesson.
N Engl J Med. 2015 Apr 2;372(14):1360-4
Barbee LA, Centor RM, Goldberger ZD, Saint S, Dhanireddy S.

2015年8月20日

その2

その1から続き

かわうそ:次の情報ですが、やっぱり喉の違和感は続いているみたいです。リンパ節もはれたままで、扁桃切除しても、嚥下痛なんかも出てきています。
初診から4ヶ月たって、感染症のクリニックに紹介されています。そこで初めて、詳細な問診がされています。特に性行為についてです。最初は否定されたんですが、さらに詳しく聞いたところ、「he reported that he had performed oral sex on a man approximately 6 weeks before symptom onset」ということがわかりました。すいません。日本語にすると生々しいので。
最初否定されたのにさらにしつこく聞くってのが、すごいところですね。なかなかできることではないと思うんですけど。やっぱり相当疑っているんですね。
とにかく、これで診断が付きます。淋菌、ヘルペス、梅毒とかいうところが鑑別に上がってきました。嚥下痛ならヘルペスが考えやすいようです。あと、HIVはどうしても外せないので検査を繰り返しています。この時点で感染しているかということだけでなく、新たに感染するんじゃないか、ということも考えているんじゃないかなと思います。HIVに関しては記述がほんとにしつこいので。
あと、「感染症医の目」でリンパ節腫脹がないかどうかをチェックすべき、と誇り高く宣言されていますね。(・_・;)
喉の違和感っていうのは、梅毒にとってはあんまり一般的ではないらしいんです。でもそれは、昔梅毒がよくみられた時期にそういう喉に梅毒が植え付けられるような行為が一般的だったかどうかによるのかな、という気がします。興味があれば検証して教えてください。
さて、追加の情報です。このときになって新しく皮膚病変を発症しています。びまん性の丘疹が、体幹、手足にたくさん出て、手のひらにもsolitary scaly lesionが出ています。では、診断はなんでしょうか。

かば:梅毒ですね。

かわうそ:そうです。2期の梅毒です。1期は硬性下疳とかで、2期はこのような皮疹が出ます。それ以上だと、神経梅毒とかになるんでしょうね。
RPRとトレポネーマのIgG抗体で診断確定です。
ここで問題になるのは、ペニシリンでアレルギーが出ていたという病歴です。梅毒の治療といったらまずはペニシリンですから。で、よく聞いてみると、嘔気・嘔吐はあったようですが、皮疹はなかったようで、これは腸内細菌叢の乱れであってアレルギーではないと判断されました。2.4million単位のベンザチンペニシリンを1回筋注して治療終了です。

かば:そっか。筋注1回でいいんですね。

きりん:それいいですね。でも、日本にないやつですね。よく感染症の先生が「すごいいいけど日本にはない」と嘆かれていますね。

かわうそ:私はこれまでこれを1回も使おうという気になったことがないので、梅毒みていない我々にとっては、いまいち必要性を実感できないですけどね。でも、内服だと4週間飲み続けるようなので、その差はやっぱり大きいです。
で、副作用はなく、4週間後には皮疹もリンパ節腫脹、自覚症状も消えました。よかったですね。RPRも下がりました。
あと、扁桃腺の生検を見なおした結果が…。すいません。カラーで印刷しないとわかりにくいですね。ケチって白黒にしてしまいました。この淡いほにゃっとした線がスピロヘータです。実はちゃんと見えていましたんですね。PCRでもTreponema pallidumということを確認しています。保健所に連絡して接触者の追跡が始まっています。けっこうめんどくさい仕事です。

かば・きりん:うーん。

かわうそ:梅毒っていうのは、多彩な症状をとります。あだ名が「great masquerader(偉大な仮面舞踏会の参加者)」というらしいです。commentaryのところに梅毒についてまとめていますので読んでいただければと思います。
とりあえず、最初の症状は、梅毒が植え付けられたところにでてくるpainless ulcerなんですが、この病変が体表面にあればわかるかもしれません。でも、あるとしても鼠径ですよね。ていうことは、普通の診察ではわからないということなんです。さらに、この症例のようにのどの奥にできたり、vaginaやrectumにできた場合は、なおさらわからない。painlessなので患者さんからの訴えもないので。これが終わって6週間後には第二段階になって先ほどのような皮膚病変がでてきます。これも、8週間後には自然に治ってしまいます。ここからは休眠期の梅毒になります。時々は皮膚病変が出るみたいですが、最終的には破滅的な神経・心血管系の症状が出てきます。でも、どの段階でも感染性があるのが問題です。
治療としてはペニシリンに決まっている、みたいなことを書いています。1-2期なら筋注1回でいいし、潜伏期でも3回でいいみたいです。

かば:ペニシリンすごいですね!

かわうそ:あとはHIVのことですね。こういうPatientは、年に何%かは感染してくるので、きちんとフォローしましょう。
最後にこれを言っておかないといけませんね。おそらく著者が伝えただろうことを代弁させていただくと、やっぱり病歴聴取をしっかりすることが一番大切です。それがなかったばっかりにこの患者さんは不必要な扁桃切除を受けてしまったんです、ということを怒りを込めて書いてあります。
この前私たちも似たような事件を経験しましたからね。なおさら思います。

かば:ははは。ねえ。
でも、わたしはこれずっとHIV感染だと思っていました。急性期のHIVは咽頭痛くるじゃないですか。

かわうそ:なるほど、それでHIVについての記載がしつこいのかもしれませんね。
でも、こういうのがうちの病院の救急外来に来てもおかしくないですからね。

きりん:ある先生が救急外来でけっこう詳しく問診を取ってるみたいなんです。けっこうカルテたまってしまうんですけど。あるとき、夜のお仕事をしていそうなアジアの方が来て、のどが痛いと言うんです。いつものように親身に話を聞いてみると、むこうで美容整形をするとかなりの確率でHIVに感染するということがわかって、それも心配していたみたいです。で、喉をみたら真っ白で、これはカンジダだということになって。調べたらHIV陽性だったみたいです。その先生の評価がガラッとかわった瞬間ですね。

かわうそ:うーん。すごいですね。

かば:ふだん聞き慣れていないと聞けないし、そうなるとどんどん聞かなくなるという悪循環に陥りますね。
妊娠してるかどうかかすら聞きづらいのに。

きりん:性交渉のことを1回聞いて、ありませんと言われてどこまで食い下がれるのか…。

かわうそ:夜中にわざわざ喉が痛いだけで来てるのか、というとこもちょっとは考えないといけないのかもしれませんね。中にはHIVが心配でしょうがなくて、医者から尋ねてほしいと思っている人がいるのかも。

かば:梅毒はちゃんと見たことありませんが、マンガではよくありますね。「動物のお医者さん」とか。「大奥」では登場人物が一人亡くなるっている。

きりん:よしながふみの大奥ですか?ありましたっけ?記憶にない…。

かわうそ:恥ずかしながら私は「きのう何食べた?」しか読んだことありません…。

かば:あれ持ってます。現実的な料理が載ってるので、よく作ってます。楽なんですよ。

かわうそ:実際に作ってるんですか?美味しそうだなという感想しかなかったです。
でもまあ、今となっては入院時の感染症でRPRが陽性だったとしても、そっとスルーしてしまうんですけどね…。つい、偽陽性だろうとか思ってしまって…。反省します。


2015年9月8日

病歴聴取について その1

Clinical problem-solving. A history lesson.
N Engl J Med. 2015 Apr 2;372(14):1360-4
Barbee LA, Centor RM, Goldberger ZD, Saint S, Dhanireddy S.

2015年8月20日

その1

かわうそ:今回は病歴聴取を熱心にやりましょうという教訓回です。
34歳の男性。3日間の喉の違和感で受診されました。ちょっと熱があって、悪寒があって、副鼻腔の圧迫感があって、時々咳がでて、倦怠感が強い。呼吸困難とか頭痛、体重減少、胸痛、腹痛などはないというわけです。
まあ、これは急性咽頭炎ですよね?

きりん:はい。

かわうそ:鑑別するとしたら、A群β溶連菌なのか、ウイルスなのかというところですね。咳がでているというところからすると、細菌性よりはウイルス性でしょうか。このコメントの部分は感染症のDrが書いているようなので、やっぱり偉いなと思うんですが、ウイルス性だとしたらそれが何なのかも考えろと。インフルエンザなのか単純ヘルペスなのか、とか。倦怠感が強いようなので伝染性単核球症も考えておくようにとのことです。
さて、追加の情報ですが、既往歴としては注意欠陥多動性障害とうつです。子供の時喉が弱かったと。それでメチルフェニデートとSNRI、睡眠薬を飲んでいるようです。喉の症状に対し、PPIを薬局で購入したようです。あと、ペニシリンアレルギーがあると言っています。ここは、あとで効いてきます。過去喫煙あり、機会飲酒、マリファナ使用者だが違法薬物の静脈注射はしないとのことです。何か矜持があるんでしょうか。あと、19歳までメタンフェタミンを吸っていたということです。現在、Radiation therapistを目指して勉強中です。
この追加情報を得て、鑑別診断に変化ありますか?

かば:題名が”History lesson”で若い男性と言ったら、聞くこと決まってる気がします。

かわうそ:先生さすがですね、毎回思いますが。多分ご想像通りです。
どうやら、メタンフェタミンの吸入は、感染症的にもあまりよろしくないようです。若い男性ということと合わせて考えると、high risk sexual behaviorと強く関係するんです。というわけで、STDについてよく聞いておかないといけない、と書いてあります。
でも、3日間の咽頭違和感できた34歳の男性に対して、ここまで聞くかって言われるとね…。違法薬物使用を聞くのもハードル高いんですが。
ここまでわかれば答えもだいたいわかっちゃうと思うんですが、知識再確認のつもりでもうちょっと続けます。
身体所見がのっています。vitalは全然正常です。身体所見上も大きな問題ないんですが、首のリンパ節がちょっと腫れています。可動性があって、痛くない1✕3cmくらいのリンパ節があります。のども特に問題ないようです。皮膚、関節などまでしっかりと陰性所見が記載されていて、よく3日間の咽頭違和感でここまでしっかりみてるんだな、と感心しちゃいます。
この時点では、採血検査されず、セファレキシン2000mg分4✕10日とイブプロフェンを処方されて帰されました。
この対応についてはどう思います?

かば:セファレキシンいるの?

かわうそ:…。全く凄すぎですね。先生ひょっとしてこれ読まれました?(゚д゚)

かば:読んでないです。でも、昨日こういう患者さん来てましたから。

かわうそ:まさにその通りのことがここに書いてあります。この時点では溶連菌感染の咽頭炎はまったく示唆されないので出してはいけない、するなら迅速検査しろと。もっとも、Centor Criteriaに合いませんね。発熱、扁桃腺腫大、リンパ節腫脹、咳嗽がない。今回は熱しかあたっていません。
今回の症例なら、対症療法だけにしておいて、何かあったらすぐ来るよう指導するのが正しいやり方と言っています。さらに言うとセファレキシンの量も多すぎだ、とか怒っているように読めるんですけど。感染症で抗生剤が多すぎることで文句言われても、って思いますけどね。ちょっとこの先生、感想が攻撃的じゃないですか?(;一_一)

きりん・かば:ふふっ。

かわうそ:6週間後に症状が悪くなって再診しています。きちんと抗生剤は10日間飲んだけど改善せず、リンパ節が微妙に(1.5cm✕3cm)大きくなっています。その他の身体所見は変わりません。
ここでようやく採血して、白血球6500、好中球69%、リンパ球20%、ただし、異型リンパ球はないようです。伝染性単核球症はここで否定されたと考えていいのかなと思います。あとはあんまり問題なさそうです。HIV抗体陰性です。耳鼻科に行ったところ、両側扁桃腫大が分かりました。CT画像があります。さっき身体所見異常なしって言ってたんですけどね。浸出液は出ていなかった。
ここで追加で何をするかっていうのをみなさんに聞いてみたいと思うんですけど。

きりん:パートナーのことですかね?

かわうそ:たしかに。そのあたり聞きたいところですけど…。ちなみに私は今までその質問したことないですね。

かば:私もないです。

きりん:この時点で細菌感染を疑うのでしょうか?

かわうそ:そうですよね。経過が相当長いですからね。初診からすると1ヶ月以上です。
感染症でないとすると、リンパ節が腫れていることから、リンパ腫とかそういう方面にいっちゃいがちなのかな、ということでしょうか。
ここで言われていることは、やっぱりHIVのことです。抗体検査だけでなく、ウイルス量自体を測定するように、だそうです。

かば:6週間っていうのは、感染初期とすると微妙な期間でしょうか?あ、3週間でしたね。

かわうそ:いちおう6週間たっていれば、抗体検査で陽性になってほしいところらしいです。
でも、この時点ではまだ本人からhigh risk sexual behaviorについての情報は得られていないはずなのに、そこまで検査するのか?っていう話です。アメリカならそうですが、この病院ではどうなんでしょうか?

かば:地域性が大きいですね。

かわうそ:で、この耳鼻科の先生は扁桃切除をしちゃってます。hyperplasiaはあるものの、癌とかリンパ腫は否定的ということなんです。菊池病に典型的な所見もないと。
で、ここでのコメントにもまた笑っちゃうんですよね。(・∀・)
「このプレゼンテーションなら菊池病の症状とは一致しないので、生検で菊池病の所見が得られないのはおどろくべきことではない」と書いてあるんです。

かば:すごい。あたりまえじゃん的なコメント。

きりん:冷たいですね。
でもたしかに、もっと若い子で、すごく熱が出て、spike feverで、でもその割にはけっこう元気で、リンパ節がゴリゴリで、とかですよね。

かば:ゴリゴリですよね。この人けっこう触っているのに、ちょっとしかないって言ってますよね。

かわうそ:(二人とも菊池病がサラッと出てくるとは…。)

その2に続く


2015年9月5日

慢性咳嗽の意外な原因 その2

CLINICAL PROBLEM-SOLVING. A Surprising Cause of Chronic Cough.
N Engl J Med. 2015 Aug 6;373(6):561-6.
Damaraju D, Steiner T, Wade J, Gin K, FitzGerald JM.

2015年8月19日

その2

その1から続き

かわうそ:ここでは、両眼の失明に注目して、側頭動脈炎とリウマチ性多発筋痛症を考えてプレドニンが開始されました。しっかりと側頭動脈を生検していますが、血管炎についてはネガティブでした。
ステロイドで一旦良くなったのですが、減量していくとまた咳、関節痛、筋肉痛、浮腫が出てきました。10mgで再発です。
この対応はどうなんでしょうか?血管炎が病理でないのに診断してステロイド使って良いのか、でも効いているみたいだからいいのかとか、側頭動脈炎で咳がでるのか?とか疑問思ったりしましたが、「can have a non-productive cough」と書いてあります。

かば:この人乾性咳嗽なんですね。痰の話は出ていませんね。

かわうそ:その点は一貫しているようです。さらに、生検の偽陰性も起こりうるようですので、きちんとリスクとベネフィットをはかりにかけるように注意書きがあります。介入としては間違っていないんですね。
ただ、減量で再発したので、今度は全身検索を行っています。それがこの図なんですが。

かば:うん。

かわうそ:胸腹部のCTで、肺にはinterstitial pulmonary edemaが出ていました。浮腫っぽいので、間質性肺炎とは違うのかな、という印象です。あと、胸水がちょっと溜まっていて、肺動脈が拡張しています。お腹にはリンパ節がたくさん腫れているということがわかりました。あと、十二指腸のあたりもおかしいようです。
この検査結果をどう考えるかなんですが。

かば:リンパ腫にしては、ちょっとリンパ節の大きさが小さい気がしますね。あと5年の経過はいかにも長いです。いわゆるmalignancyはちょっと合わないです。抗体検査でひっかからないタイプの膠原病とか。ぱっとはわからないですね。

かわうそ:ここでは、そういう経過を無視してCTの結果だけからリンパ腫とか十二指腸のあたりの癌とかを疑っています。ツベルクリン陰性はそこまで信頼できるものではないですし、結核も挙げています。
リンパ腫を疑って開腹生検をしています。その結果は次のページに写真があるんですけど、グラム陽性桿菌が検出されています。DNAとかPCRで調べたところ、Tropheryma whippleiとわかりましたので、Whipple病だと診断されました。

かば:え~っ、全然分からなかった~。

かわうそ:Whipple病についてご存知のこととかあります?

かば:全然ご存知なことはないです(笑)。

かわうそ:私も名前だけはかろうじて聞いたことあるくらいでした。イヤーノートで調べてみると、栄養障害のところででてきます。吸収障害、下痢、体重減少を起こすんでしたね。
ただ、Whipple病は、この患者の症状全てを一元的に説明できるみたいです。

かば:すごい。

かわうそ:Whipple病は、慢性の下痢が一番有名な症状なので、それがないのは非典型的ではありますが。ちなみに治療ってご存じですか?

かば:しらないです。

かわうそ:いちおうグラム陽性桿菌なので、抗生剤ということになります。CTRXを2週間投与した後ST合剤を飲ませたとあります。それが標準的治療のようです。
ところが、治療した途端、心雑音が聴取されるようになり、エコーでも疣贅が確認されました。Whipple病はこういう血栓症も起こしうるようです。抗生剤を続けたら、きちんと疣贅は消えました。ということは、先ほど出てきた両側の視野障害も関係するかもしれません。

かば:心内膜炎からでなくても、末梢の血管に血栓ができたということですね。

かわうそ:ただ、両側にでるかな、という疑問は残ります。
Whipple病は、マクロファージの中に細菌が充満してしまいます。それが組織に沈着するわけです。小腸の組織なら吸収障害を起こしますし、気道粘膜なら気道狭窄や攣縮に繋がりそうです。
Whipple病を、今後慢性咳嗽を診る時に鑑別診断として挙げるかどうか、という問題は残りますが、非常にまれな疾患(100万人に1人)なので、ほとんど考えなくてもよいでしょう。ちなみに、発育は非常に遅いので、培養では検出されないみたいです。

かば:今回もPCRしてますね。

かわうそ:Whipple病の症状としては、体重減少、下痢、関節痛、腹痛、発熱、核上性眼筋麻痺、頭痛、貧血、リンパ腫脹、心内膜炎と出ています。3割くらいの人で肺病変があって咳もよくでるということです。
関節痛が、体重減少と慢性下痢に引き続いて起こるというのが典型的な症状です。
慢性咳嗽の原因としてはレアですが、Whipple病の人にはコモンな症状です。

かば:1000人くらいの報告なんですね。

かわうそ:みることはないんでしょうけどね。治療としてはCTRXを2週間のあと、ST合剤を1年です。ステロイド使うこともあるようですが、逆に悪くするという報告もあります。
関節痛がキーになったわけですが、5年の経過で時々出現して、また完全に消失するという症状をきちんとひっかけられるか、自信ないですね。流してしまいそうです。


慢性咳嗽の意外な原因 その1

CLINICAL PROBLEM-SOLVING. A Surprising Cause of Chronic Cough.
N Engl J Med. 2015 Aug 6;373(6):561-6.
Damaraju D, Steiner T, Wade J, Gin K, FitzGerald JM.

2015年8月19日

その1

かば:きりんさんは戦い疲れて倒れたみたいですね。昨日たくさん緊急入院当たってましたし、夜も呼ばれていたようです。しかも誤嚥性肺炎ばっかり…。

かわうそ:大変ですね…。
さて、今回はNEJMのClinical problem solvingです。
咳嗽なんて、とお思いになるかもしれませんが診断は非常に難しいです。あと、慢性咳嗽の知識のおさらいになると思います。
非喫煙者の63歳の男性が、2年間の咳嗽で受診されました。2年って相当長いですね。咳嗽は乾性で、夜に悪くなると。最初は旅行中の上気道感染から悪化した印象があって、かかりつけ医で抗生剤を処方されたがよくならない。次にICS/LABAを出されて、ちょっと良くなったかもしれない、というところです。この時点でどう考えますか?

かば:アレルギー素因があるのか?とかいうところです。それか何らかの炎症があるのか、というところですね。

かわうそ:そうですね。いちおう、ICS/LABAがちょっと効いたかもしれないというのはヒントになりそうです。喘息っぽいところがあるのかな、と。まず、8週以上続いているので慢性咳嗽ですね。主な原因としては、後鼻漏、喘息、GERDによるものなどが考えられます。この症例ではGERDっぽい症状があるみたいですね、書いてありませんが。ただ、経過が非常に長いから喘息が考えやすいかな、というところです。
ただ、追加情報があります。5年間の経過で、時々全身の関節痛があったり、筋肉痛があったり、最近2年では時々盗汗を認めるということです。関節痛は2週間位続いた後、完全に消失するようです。膠原病内科受診して、抗体とかいろいろ調べたようですが、膠原病は否定的。他には、ツベルクリンは陰性、超音波、レントゲンなども異常なし。あと、下肢の浮腫が時々あるんですが、これも自然に軽快するようです。危険なドラッグ使用無し。喫煙飲酒ペットなし。先ほどの吸入薬と痛みに対するイブプロフェンの他は薬もないようです。
この時点で、先ほどの鑑別診断から変わるところはありそうですか?

かば:うーん。ヘンな病歴ですね。いわゆる普通の咳の鑑別で上がってくるものとは違ってきそうです。膠原病があって背景に間質性肺炎があるのかもと考えますが、それならもっとレントゲンで引っかかってきて欲しいですね。CTじゃないのでわからないのかもしれないですが。レントゲンではわかりにくいような気道病変があるのかもしれません。
難しいですね。関節の話とかがでてくると、私は一気に思考がストップしてしまうので。

かわうそ:イブプロフェンを使っているというのは、喘息にはちょっと良くないかもしれませんね、とここに書いてあります。ひょっとしたら内服のタイミングと咳が関係しているのかもしれない。
あと、この時点では関節痛、盗汗がどう関わってくるのかはわからない、ということです。間質性肺炎は今のところ考えにくいようです。

かば:身体所見上は問題ないんですよね。

かわうそ:聴診所見は一切書いていないんですが、問題なしでいいんじゃないでしょうか。
あと、吸入薬が効果ありそうで、でもいまいちなところとかは、手技に問題があるのではないかとかアドヒアランスが良くないんじゃないかとかの検討が必要ですね。
で、追加の検査どうしますかね?

かば:肺機能ですね。アレルギー素因の採血検査と。後鼻漏がないか耳鼻科的検査も。あと、今なら吸気呼気のCTを取りますね。咳という観点からはそうなりますね。

かわうそ:なるほど、吸気呼気のCTですね。それは思いつきませんでした。ここにはそこまで書いていないんです。フローボリューム取って正常、CTとって正常でした。あと、メサコリン試験しています。気道攣縮なしでした。

かば:メサコリン試験はなかなかできないですもんね。

かわうそ:かなりnegative predictive valueが高いらしいです。これで喘息は否定的ということです。喘息でないのなら、ということでGERDを考えて本当は24時間PHモニタリングをしたかったらしいんですが、患者さんが拒否されたのでPPIを処方されています。そりゃそーだろーなと思います。しかし、フォローに来ませんでした。
ところが、3年後に新しい症状が出てきたということで受診されています。半年前からガスでお腹が痛いとか下痢とかです。下痢も自然に消えたりしています。この患者さん、2年の咳で受診したという経緯からも分かる通り、ちょっとのんびりしていますね、下痢については高繊維食をとるのが増えたからじゃないのか、とか考えているみたいで笑えます。足の腫れもひどくなって痛くて歩けなくなるほどのこともあるようですが、でもこれも自然によくなると。相変わらず関節痛と筋肉痛はあって、咳に関してはPPIは全く効果なしです。

かば:効かなかったから、ヤブだと思って来なかったんですね。

かわうそ:そうですね。来なかった理由までは書いていませんが。あと、頭痛とか、一過性の両側の視野異常などもでています。これはさすがにERを受診されて、CRPが微増、赤沈亢進、WBCは正常だけど好中球が増えています。好酸球は増えていません。他は問題なさそうです。頭のCTは正常です。
ここでどんな診断をつけるか、というとこです。

かば:うーん難しい。

かわうそ:ですよね。

その2へ続く。


大量腹水と発熱、意識障害が出現した60歳女性。アルコール性肝硬変と診断され ていたのだが…。その2

「病理形態学で疾病を読む」Chapter 4 Case 4

2015年8月13日

その1からつづき

その2

かわうそ:実は、Budd-Chiari症候群でした。こんなの、アルコール性肝硬変だと思い込んでいる自分には思いつかないでしょうね。肝静脈系の流出路閉塞によるうっ血が引き起こすプロセスです。静脈の閉塞がどこで起こるかによってそうとういろいろな症状をきたします。原因もいろいろです。右のページに纏めてあります。薬だとか癌だとかがありますが、この症例では血液凝固異常が関係しそうということです。
剖検でこんなところまでわかるのか、と感心するんですが、肝左葉だけがこうやって萎縮しているというところから、左の肝静脈流入部の下大静脈壁に壁在血栓が剥がれて、末梢にばらまかれてできたものと推測されています。血栓のなかに再開通している部分もあるので、慢性の経過ですね。
で、血栓の原因ですが、DICっぽい血液凝固の異常というところを検討しています。DICとはいいつつも、血小板はそれほど減っていませんし、肝硬変は一部あるものの、右葉の機能は保たれていると予想されますので、DICになるほど、凝固因子産生が阻害されていたわけではないということです。ということは、遺伝的な凝固因子欠乏が疑われるわけなんです。
で、ここで愚痴が入ってきます。検査をしておけと。PT、APTT、D-Dimer、FDPとかだけではなく、プロテインCだとかSだとか、抗リン脂質抗体だとか。あと、病歴ですね。「血栓症に関する詳細な既往歴と家族歴の情報があればなと嘆息するのである」と書いてあるんです…。

かば:はははっ。

きりん:しみじみと語ってますね。

かわうそ:こんなのって、初診時のテンションが全てじゃないですか。アルコール性肝硬変といって紹介された患者さんに、ここまでしておくのは、やはりよっぽど出来た人ですよ…。
わかったところで、救命できたかどうかわかりませんが、私が主治医だとしたら、ここまでCPCでボロカスに言われてしまったら、これまでにない「手をつくしてあげられなかった感」でうちのめされているでしょう。
これだけ解明しつつも、剖検してもわからないことだらけであった、と書いてあります。血栓が原因だったにしろ、血栓ができる原因は不明。全身の臓器の中で肝臓だけに血栓ができている理由も分からない。消化管出血の場所もわからない…。というところで症例提示は終わりなんで、もやもやされるかもしれないですが…。
私の感想ですが、もし自分が主治医だったらという仮定の話になるんですが、たぶん、本人には「肝臓悪いですね、お酒のせいですね」とか言ってたと思うんですよ。で、同僚の先生にも、「今までの生活のつけが回ってきた患者がいて大変ですよ、勝手に帰っちゃうし、やっかいですよ」とか愚痴を言っていたと思うんです。
でもですよ、このノートってところを見て下さいよ。「肝臓以外なんら問題はない人体でありました」とあります。大動脈の粥状硬化症は片鱗すらなく、肺は炭粉沈着を認めず、胸膜癒着すらもない。腎臓も心臓も脳も。で、「大量飲酒歴があるといわれ、アルコール性肝硬変と告げられた一人暮らしの60歳の女性Nさん。唯一障害の標的となった肝臓もアルコール性肝硬変ではなかった」…。

かば・きりん:せつない…。

かわうそ:主治医の指示に従わず勝手に退院した、というところは、少し性格の偏りを伺わせますが、これも、もしかしたら何かそういう風にならざるを得ないようなエピソードが、その人生の中にあったのかもしれないな、と思ってしまいました。というわけで、いろいろなことを考えさせる症例です。
われわれがよく会うCOPDの患者もそうかもしれません。たしかに、タバコを吸ってできたものなので自業自得だと考えがちです。でも、タバコ吸ってもCOPDにならない人もたしかにいるわけです。

チーター:そうですね。

かわうそ:そこは遺伝とか素因とか、喫煙感受性の問題のようです。となると、COPDになるならないは本人のせいではない、という考え方もできます。そういう体質については、本人の責任はないわけですから。
となると、患者の自業自得だ、みたいな考え方はよくないな、と思います。そこまで考えてくると、いったいどういうテンションで接したら良いのかわからなくなります。
そういう思いをこめて、今回、非常に長くて恐縮でしたが、これを読ませてもらいました。

かば:…。これは、アルコール性と思っていたから肝生検をしなかったということなんでしょうか?それとも、状態が悪かったから?

きりん:腹水があったらできないでしょうね。

かば:凝固能も悪いですしね。でも、診断するには、どこかの段階で肝生検できていたらと思うんです。

きりん:この人はアルコール多飲歴とかがあるわけですし、すごく多忙だと心がそっちに流れてしまう感じはわかります。私も、謎の肝不全でやってきた患者を診たことあります。ウイルスも陰性で原因不明で、透析とかしてたのですが、結局剖検になりました。で、結節とかを全くつくらないDiffuse Large B cell lympomaが肝臓と脾臓全てにはびこっていました。

かわうそ:肝生検はしていなかったんですね。

きりん:血小板が3万とかで出来ませんでした。でも、いろいろ文献を調べていくと、そういう状況でも、「すべきだ」というものが多かったです。

かば:診断をつけられる手段があるのなら、やるしかないんですね。
うちの病院なら経皮生検のハードルが低いから、放射線科に相談したらいいですね。

きりん:この人は腹水がもしかしたら邪魔をしたかもしれないですね。

かば:穿刺しないの?

かわうそ:漏出性だからしないのでは?

かば:肝臓ならCART(腹水濾過濃縮再静注法)とかありますよ。

きりん:腹水のコントロールしてから生検はたしかにありですね。

かわうそ:3ヶ月の経過ですので、どこかの段階でできるはずですね。そうなってくると、やはり最初のテンションが決めませんか?高齢の、独居の、アルコール性肝硬変という情報が聞いてきますね。

きりん:たしかに。「2-3杯とか言ってるけど、絶対もっと飲んでるんじゃないの。これはアルコール性だよ」とか言ってそうです。胸が痛いです。

かば:絶対言ってますね。60歳は高齢ではないですけどね。

かわうそ:アルコール性肝硬変に限った話ではないんですが、こういう風に真摯に対応しないといけないというエピソードなら、観音伝説とか空海伝説を思い出します。
昔話で、いいおじいさんおばあさんが旅の人に親切にしたら、それは観音様でご利益があった、とか。救急の偉い先生とかも言ってますよね。

きりん:夜中に慢性膵炎患者がアルコールを飲んで腹痛でやってきたりしても、「ああ仕方がない、診てあげよう」と怒らずにちゃんとできれば一人前、という話ですね。

かわうそ:そうなんです。怒ってしまってはご利益をもらえないんでね。真摯に対応しないといけないなと反省します。
夏休みで行った四国八十八ヶ所巡りでも、そういう伝説のお寺ありました(10番札所切幡寺)。でも、その御利益が、すぐに即身成仏したとかいう話なんですが…。

かば:それはご利益ですか?

きりん:それはちょっと…。

チーター:やっぱりこの人、かわいそうですね。

かわうそ:この本って、けっこうこういう話多くて好きなんですよね。けっこう長いんですけど。

チーター:これ、消化器の専門の先生ならわかって欲しいですけどね。

かわうそ:剖検するくらいなので、どこかで気づいていたんでしょう。話を面白くするために、わからないふりをして書いているのかもしれません。
朝からせつない気分にさせてしまい申し訳ありませんでした。


大量腹水と発熱、意識障害が出現した60歳女性。アルコール性肝硬変と診断されていたのだが…。その1

「病理形態学で疾病を読む」Chapter 4 Case 4

2015年8月13日

その1

かわうそ:今回は「病理形態学で疾病を読む」という参考書のケースカンファレンスを見てみたいと思います。
GIMカンファのとはまたちょっと違う面白さがあって、私はけっこう好きなんです。
60歳の独居の女性が、腹部膨満感で近医を受診したところ、肝硬変と診断されます。若いころに大量飲酒歴があったが、最近は缶ビール2-3本/日。B・C肝ウイルスが陰性であることから、アルコール性肝硬変と診断し、この病院に紹介されています。
ただし、入院の指示には従えず、外来での投薬で腹水をコントロールせざるを得なくなったみたいです。そして、退院後まもなく38度の発熱、意識障害で救急搬送となります。
意識障害が起きて入院してからの臨床像です。38度の発熱とそれに伴う頻脈、少し酸素化が悪く、意識障害があって、羽ばたき振戦と黄疸がある。かなり貧血があって、腹水の所見と浮腫がある。
ちなみに、この本の親切なところは、Keyという項目に全部まとめられているところです。
臨床検査もいろいろ書いてありますが、白血球はともかく、高度の貧血があって、血小板は13万くらい。肝硬変がすごく疑われているわりには、一応保たれていますね。尿の所見もウロビリノーゲンが出ていたり肝不全の所見です。生化学ではAlbが2.0で、肝機能低下を伺わせます。腎機能と電解質は問題なし。肝機能については、総ビリルビンが上昇している(5.5mg/dl)ほか、肝逸脱酵素はそれほど上昇していません。あんまり肝疾患を見た経験がないので、生意気なこと言えませんが、肝硬変の末期ならこんな検査結果でよいのかな、という感想です。アンモニアは高い(109μg/dl)が、肝細胞癌の腫瘍マーカー(AFP、PIVKA)は陰性です。発熱があって感染症が疑われるのですが、CRPは低い(1.65mg/dl)。これは肝臓で合成されないからでしょうか。けっこう危険ですよね。私はCRPに引っ張られる傾向がありますので、数字だけ見てたら、大したことないとか言いかねないです。凝固能はことごとく異常でDICが疑われます。でもそのわりには血小板は下がっていない…。次は我々呼吸器科医には心強いところです。SPO2が低いのを受けて、PaO2も低く(66.9torr)、CO2は飛んでいて(31.9torr)、アルカレミア(7.503)です。でも、レントゲン等で肺には異常ないので、これはおそらく大量腹水による横隔膜運動の障害によるものなんでしょう。今後そうやって自信を持って退けましょう。

きりん:ふふっ。

かわうそ:腹水も感染の原因として心配ですが、今のところは漏出性を示唆する結果でした。
これまでのところで何かひっかかるところはありますか?

かば:とりあえず、これは本当に肝硬変といってよいのか?というところですね。
これは特発性細菌性腹膜炎とは違うんですか?

きりん:あれは滲出性で、細胞の数も多いと思います。

かば:じゃ、なんで熱が出ているんでしょうか?

かわうそ:すいません。プレゼンが拙くて。それは尿路感染が疑われています。

きりん:貧血が気になりますね。LDHが高い(402U/l)と溶血も考えたくなりますが、直接ビリルビンが高い(3.6mg/dl)ですね。

かば:大球性貧血ですね(MCV=115.4fl)。

かわうそ:でも、一元的に考えれば、アルコールの多飲歴があって、腹水があるくらい肝硬変があるなら、食道静脈瘤からの出血ということになるのかな、と思います。DICに関しても、肝臓悪いならしょうがない、とか思ってしまいますけど…。

かば・きりん:はい。

かわうそ:でも、こうやってアルコール性肝硬変と診断してしまうというのが…。ビール2-3杯でこう言われるのは、ちょっと。中にはそういう人もいるのでしょうけど。

きりん:そうですね。若いころにアルコール性肝障害になっていて、それでも飲酒を続けているとかいう情報があれば、そうかなと思うんですけど。

かわうそ:そうなんです。そういう背景なく、アルコール性肝硬変という診断をつけてしまうのは、相当罪だな、と思うんです。しょうがないのかもしれないのですが。

チーター:でも、アルコール性肝硬変「疑い」での紹介ですよね。精査目的の。

かわうそ:その「疑い」に引っ張られない自信は自分にはないです。
画像検査でも、肝硬変として矛盾しないんですが、いくつかおかしいところもあります。まず脾腫があるとは言ってもそんなにはないこと、そして、CTでわかったんですが、左葉が異常に萎縮していることです。意識障害があったので頭部CTを撮ったけど異常なし。貧血についてはやはり消化管出血を疑って、上部消化管内視鏡をしたけど出血なし。

かば:すごい貧血で、どんどん進行していますけどね。

かわうそ:治療にもかかわらず残念ながら不幸な経過をたどってしまいます。だから、写真でわかるように、剖検されています。死亡前日にはとうとう腹膜炎になってしまっています。臨床経過3ヶ月です。
身寄りがないにも関わらず、剖検を取っていますので、この主治医の先生は相当真面目だったのだと思います。あと、やはり経過にどこか疑問があったのでしょう。優秀な先生ですね。
病理解剖の目的は、肝硬変がアルコール性なのか?貧血の原因は?意識障害については?というところです。
さて、肝臓のマクロ写真の説明に移ります。図1です。なかなか見慣れていないのでわかりにくいと思いますけど、まず、左葉がないんです。

きりん:ない?

かわうそ:RHV、MHV、LHVという3つの静脈が肝臓を通っているんです。矢印で示されてますよね。それぞれの先に担当している肝臓があって欲しいんですが、LHVだけこのシケた三角形の肝臓しかない、といっているんです。

かば:めちゃくちゃちっちゃくなってますね。

きりん:えへへ。ないですね。

かわうそ:これが先天性か後天性かについて今後考えていくみたいです。割面では黄疸があるとみるみたいです。よくわかりませんが。
あと、肝円索が開いていたり、側副血行路ができていたりしていますので、門脈圧亢進症の存在が示唆されます。
この時点ですでに、左葉の萎縮が瘢痕様でかつ、微小な再生結節が散在していますので、後天性のものということです。原因も、肝静脈の閉塞でしょう、ということです。顕微鏡みなくても、これくらいわかっているんですね。
左葉の組織をみていくと、再生結節が線維化の中にういている像で、これは肝硬変ですね。次は、血管が詰まっていて、さらに再開通した像も示されています。再開通の結果、再生結節が保たれているということです。慢性の経過なんでしょうね。左葉萎縮は、肝静脈のかなり末梢の方の循環障害が原因ということです。
次は肝臓の右葉に移ります。肝硬変と言われているわりには、線維化はかなり軽度です。

かば:比べてみると全然違いますね。マクロでもミクロでも。

かわうそ:少しだけ血管内に血栓があるようですけどね。マロリー小体もなかったということですし、肝線維症から肝硬変まで幅広い病態を呈していて、アルコール性肝硬変ではなかった、という結論です。ちょっと衝撃的な結果ですよ、これは。もし自分がこのCPCに主治医として参加していたら、と思うと胃が痛いです。ちゃんと臨床経過のどこかで、放射線科の先生あたりが、「ちょっとこれアルコール性肝硬変とは違いますよ、おかしいですよ」とか言ってくれていることを願います。
次は、腹水は6L、混濁していてフィブリンも析出している、好中球も出ていたということから、特発性細菌性腹膜炎で矛盾しないです。門脈圧亢進症、食道静脈瘤も認められてますので、肝硬変の合併症はひと通りあったということでしょう。
次は、やはり貧血が心配だったのでその精査です。まず胃を開いてみると、1Lの出血がありました。持続的に出血していたところはあったんです。でも、食道静脈瘤の破裂はないし、胃粘膜もきれい。人名読めませんが、何とか潰瘍というもないようです。

きりん:Dieulafoy(デュラフォイ)潰瘍ですね。

かわうそ:よくご存知で。粘膜欠損は小さいのですが、動脈が露出していて出血がひどいというものらしいです。
そういうのも念入りに見ましたが、きれいな食道、胃でした。ではもっと下か、というわけで、どんどん見ていくと、回腸末端にも500mlの出血があったということです。出血源は分からないが複数回の消化管出血があるというわけです。どうも、こういうことはよくあるみたいですね。
意識障害があるので、脳をみています。ちょっと萎縮していますが、非常にきれいでした。
さて、ではなんでしょうか。

かば:ぜんぜんわからないんですけど。

きりん:これはわかりませんね。

かわうそ:絶対わからないですね。名前は聞いたことあると思いますが。

その2につづく