2015年9月5日

大量腹水と発熱、意識障害が出現した60歳女性。アルコール性肝硬変と診断されていたのだが…。その1

「病理形態学で疾病を読む」Chapter 4 Case 4

2015年8月13日

その1

かわうそ:今回は「病理形態学で疾病を読む」という参考書のケースカンファレンスを見てみたいと思います。
GIMカンファのとはまたちょっと違う面白さがあって、私はけっこう好きなんです。
60歳の独居の女性が、腹部膨満感で近医を受診したところ、肝硬変と診断されます。若いころに大量飲酒歴があったが、最近は缶ビール2-3本/日。B・C肝ウイルスが陰性であることから、アルコール性肝硬変と診断し、この病院に紹介されています。
ただし、入院の指示には従えず、外来での投薬で腹水をコントロールせざるを得なくなったみたいです。そして、退院後まもなく38度の発熱、意識障害で救急搬送となります。
意識障害が起きて入院してからの臨床像です。38度の発熱とそれに伴う頻脈、少し酸素化が悪く、意識障害があって、羽ばたき振戦と黄疸がある。かなり貧血があって、腹水の所見と浮腫がある。
ちなみに、この本の親切なところは、Keyという項目に全部まとめられているところです。
臨床検査もいろいろ書いてありますが、白血球はともかく、高度の貧血があって、血小板は13万くらい。肝硬変がすごく疑われているわりには、一応保たれていますね。尿の所見もウロビリノーゲンが出ていたり肝不全の所見です。生化学ではAlbが2.0で、肝機能低下を伺わせます。腎機能と電解質は問題なし。肝機能については、総ビリルビンが上昇している(5.5mg/dl)ほか、肝逸脱酵素はそれほど上昇していません。あんまり肝疾患を見た経験がないので、生意気なこと言えませんが、肝硬変の末期ならこんな検査結果でよいのかな、という感想です。アンモニアは高い(109μg/dl)が、肝細胞癌の腫瘍マーカー(AFP、PIVKA)は陰性です。発熱があって感染症が疑われるのですが、CRPは低い(1.65mg/dl)。これは肝臓で合成されないからでしょうか。けっこう危険ですよね。私はCRPに引っ張られる傾向がありますので、数字だけ見てたら、大したことないとか言いかねないです。凝固能はことごとく異常でDICが疑われます。でもそのわりには血小板は下がっていない…。次は我々呼吸器科医には心強いところです。SPO2が低いのを受けて、PaO2も低く(66.9torr)、CO2は飛んでいて(31.9torr)、アルカレミア(7.503)です。でも、レントゲン等で肺には異常ないので、これはおそらく大量腹水による横隔膜運動の障害によるものなんでしょう。今後そうやって自信を持って退けましょう。

きりん:ふふっ。

かわうそ:腹水も感染の原因として心配ですが、今のところは漏出性を示唆する結果でした。
これまでのところで何かひっかかるところはありますか?

かば:とりあえず、これは本当に肝硬変といってよいのか?というところですね。
これは特発性細菌性腹膜炎とは違うんですか?

きりん:あれは滲出性で、細胞の数も多いと思います。

かば:じゃ、なんで熱が出ているんでしょうか?

かわうそ:すいません。プレゼンが拙くて。それは尿路感染が疑われています。

きりん:貧血が気になりますね。LDHが高い(402U/l)と溶血も考えたくなりますが、直接ビリルビンが高い(3.6mg/dl)ですね。

かば:大球性貧血ですね(MCV=115.4fl)。

かわうそ:でも、一元的に考えれば、アルコールの多飲歴があって、腹水があるくらい肝硬変があるなら、食道静脈瘤からの出血ということになるのかな、と思います。DICに関しても、肝臓悪いならしょうがない、とか思ってしまいますけど…。

かば・きりん:はい。

かわうそ:でも、こうやってアルコール性肝硬変と診断してしまうというのが…。ビール2-3杯でこう言われるのは、ちょっと。中にはそういう人もいるのでしょうけど。

きりん:そうですね。若いころにアルコール性肝障害になっていて、それでも飲酒を続けているとかいう情報があれば、そうかなと思うんですけど。

かわうそ:そうなんです。そういう背景なく、アルコール性肝硬変という診断をつけてしまうのは、相当罪だな、と思うんです。しょうがないのかもしれないのですが。

チーター:でも、アルコール性肝硬変「疑い」での紹介ですよね。精査目的の。

かわうそ:その「疑い」に引っ張られない自信は自分にはないです。
画像検査でも、肝硬変として矛盾しないんですが、いくつかおかしいところもあります。まず脾腫があるとは言ってもそんなにはないこと、そして、CTでわかったんですが、左葉が異常に萎縮していることです。意識障害があったので頭部CTを撮ったけど異常なし。貧血についてはやはり消化管出血を疑って、上部消化管内視鏡をしたけど出血なし。

かば:すごい貧血で、どんどん進行していますけどね。

かわうそ:治療にもかかわらず残念ながら不幸な経過をたどってしまいます。だから、写真でわかるように、剖検されています。死亡前日にはとうとう腹膜炎になってしまっています。臨床経過3ヶ月です。
身寄りがないにも関わらず、剖検を取っていますので、この主治医の先生は相当真面目だったのだと思います。あと、やはり経過にどこか疑問があったのでしょう。優秀な先生ですね。
病理解剖の目的は、肝硬変がアルコール性なのか?貧血の原因は?意識障害については?というところです。
さて、肝臓のマクロ写真の説明に移ります。図1です。なかなか見慣れていないのでわかりにくいと思いますけど、まず、左葉がないんです。

きりん:ない?

かわうそ:RHV、MHV、LHVという3つの静脈が肝臓を通っているんです。矢印で示されてますよね。それぞれの先に担当している肝臓があって欲しいんですが、LHVだけこのシケた三角形の肝臓しかない、といっているんです。

かば:めちゃくちゃちっちゃくなってますね。

きりん:えへへ。ないですね。

かわうそ:これが先天性か後天性かについて今後考えていくみたいです。割面では黄疸があるとみるみたいです。よくわかりませんが。
あと、肝円索が開いていたり、側副血行路ができていたりしていますので、門脈圧亢進症の存在が示唆されます。
この時点ですでに、左葉の萎縮が瘢痕様でかつ、微小な再生結節が散在していますので、後天性のものということです。原因も、肝静脈の閉塞でしょう、ということです。顕微鏡みなくても、これくらいわかっているんですね。
左葉の組織をみていくと、再生結節が線維化の中にういている像で、これは肝硬変ですね。次は、血管が詰まっていて、さらに再開通した像も示されています。再開通の結果、再生結節が保たれているということです。慢性の経過なんでしょうね。左葉萎縮は、肝静脈のかなり末梢の方の循環障害が原因ということです。
次は肝臓の右葉に移ります。肝硬変と言われているわりには、線維化はかなり軽度です。

かば:比べてみると全然違いますね。マクロでもミクロでも。

かわうそ:少しだけ血管内に血栓があるようですけどね。マロリー小体もなかったということですし、肝線維症から肝硬変まで幅広い病態を呈していて、アルコール性肝硬変ではなかった、という結論です。ちょっと衝撃的な結果ですよ、これは。もし自分がこのCPCに主治医として参加していたら、と思うと胃が痛いです。ちゃんと臨床経過のどこかで、放射線科の先生あたりが、「ちょっとこれアルコール性肝硬変とは違いますよ、おかしいですよ」とか言ってくれていることを願います。
次は、腹水は6L、混濁していてフィブリンも析出している、好中球も出ていたということから、特発性細菌性腹膜炎で矛盾しないです。門脈圧亢進症、食道静脈瘤も認められてますので、肝硬変の合併症はひと通りあったということでしょう。
次は、やはり貧血が心配だったのでその精査です。まず胃を開いてみると、1Lの出血がありました。持続的に出血していたところはあったんです。でも、食道静脈瘤の破裂はないし、胃粘膜もきれい。人名読めませんが、何とか潰瘍というもないようです。

きりん:Dieulafoy(デュラフォイ)潰瘍ですね。

かわうそ:よくご存知で。粘膜欠損は小さいのですが、動脈が露出していて出血がひどいというものらしいです。
そういうのも念入りに見ましたが、きれいな食道、胃でした。ではもっと下か、というわけで、どんどん見ていくと、回腸末端にも500mlの出血があったということです。出血源は分からないが複数回の消化管出血があるというわけです。どうも、こういうことはよくあるみたいですね。
意識障害があるので、脳をみています。ちょっと萎縮していますが、非常にきれいでした。
さて、ではなんでしょうか。

かば:ぜんぜんわからないんですけど。

きりん:これはわかりませんね。

かわうそ:絶対わからないですね。名前は聞いたことあると思いますが。

その2につづく