2016年12月30日

27歳女性、突然の意識障害 その2

追加の検査と経過についてです。


CLINICAL PROBLEM-SOLVING
Scratching Below the Surface
N Engl J Med 2016; 375:2188-2193
Mathai SK, Josephson SA, Badlam J, Saint S, Janssen WJ.

2016年12月13日


その2

その1からつづき

かば:まだ採血の結果出ていませんよね。あと、やっぱり細菌性とウイルス性の髄膜炎としての治療が必要ですよね。治療開始が遅れるのは禁忌ですし。
あと、結核性髄膜炎はどうですかね?

かわうそ:除外できないとは思いますけど、もうちょっと亜急性から慢性の経過であって欲しいという思いはあります。
あと、結核の薬って点滴ありましたっけ?胃管入れてまでするべきなんでしょうか?

ここでは、さっそくアシクロビルとバンコマイシンとセフトリアキソンが入っています。
検査も外さないようにしないといけないですけど、治療も遅れてはだめなところが、神経系の病気の怖いところですね。

血液検査の結果としては、生化学、肝機能、甲状腺、CBC問題なしです。尿のトライエージでも陰性でした。
こういうときいつも、何かしら異常が見つかってくれと、祈るように検査結果を待っているんですけど、残念ながら頭部CTは明らかな異常を指摘できませんでした。

かば:やっぱりまだここではMRI撮れないんですね。じゃあ、CSFはどうですか。

かわうそ:CSFでは、白血球は多いくらいなんです。糖は下がっていなくて、蛋白は正常。グラム染色では最近検出されませんでした。

かば:リンパ球に白血球が多くて、糖が下がっていないならウイルス性髄膜炎でいいんではないでしょうか?

かわうそ:なるほど。でも、アシクロビルがどれくらい即効性があるのかどうかわかりませんが、残念ながら少なくとも12時間後には、さらに話し方に知性が感じられなくなり、興奮状態も悪化しています。

かば:大変ですよこれは。

かわうそ:ベンゾジアゼピンやハロペリドールを使ってみましたが、さらに精神症状が悪化して攻撃的になっています。
仕方がないので、鎮静して挿管人工呼吸管理をしています。

CSFでの白血球増多はたしかに大切な所見です。薬剤性や代謝性の脳症は可能性が低くなるかもしれませんが、感染が確定するわけでなく、自己免疫性や傍腫瘍神経症候群については除外できません。

挿管できればMRIも撮影できますが、ここにMRI画像が載っていないことからも分かる通り、異常なしでした。

かば:泣きそうになりますね。

かわうそ:でも、こんなに派手な症状を呈しているにも変わらず、画像に異常が出ていないというのは、これはこれで参考になる所見といえる訳です。
とはいえ、私はこの病気知りませんでしたけど。

かば:となりに腹腔鏡とか経膣エコーの写真が載ってますからね。推測できます。

かわうそ:ホントですか?すごいですね!
卵巣の中にハイエコー病変があります。さらに腹腔鏡で卵巣を見ていますが、表面には異常ありません。エコーで分かる通りだいたい1cmくらいの結節ですし。
その病理標本も載っていますけど…。

かば:いろんな組織が見えますよね。まあ、テラトーマ、つまり奇形腫ですよね。というわけで、抗NMDA受容体抗体脳炎ですよね。

かわうそ:この病気はそんなに有名なんですか?全然知らないんですけど。
でも、こういう派手な神経症状にもかかわらず脳の画像検査で明らかな異常が見つからない場合は、この病気を疑って経膣エコーで卵巣を調べるのがほぼルーチンみたいなノリで書いてます。ここでも、1cmしかない病変を探しに行っていますし。

かば:調べたら新しい疾患みたいですね。2007年提唱とされていますので、大学では習っていないはずです。
内科専門医試験の勉強でみましたけど。

かわうそ:さすがですね。治療は知っています?

かば:卵巣切除ですね。

かわうそ:そうですね。まずそれで抗体の産生を減らします。あとは血漿交換やステロイドまたはイムノグロブリン投与で抗体を減らします。
これで基本的には完全に回復するはずです。それでも回復しない場合はシクロホスファミドとかリツキシマブを使うようです。

かば:ここでもリツキシマブ出てきますね。

かわうそ:ちなみに、この症例では血清中には抗体を検出できませんでしたが、CSF中から出てきて診断できました。
この症例では、いまいち治療の反応が良くなかったようですが、諦めずに治療して、最終的には劇的に完全に回復しました。

かば:よかったですね。でも、怖い病気ですね。
奇形腫の組織に脳の神経細胞を思わせるような部分がありますね。mature ganglion cellとあるので、このあたりが抗体産生に関係しているのでしょうか?

かわうそ:なるほど、そのあたりが、この回の題名の「scraching below the surface」と関係しているのかもしれませんね?
やっぱり英語の素養がないので、いまいちしっくり来ませんが。

かば:傍腫瘍神経症候群も、そういえば画像では明らかな異常がでないはずなので、似ていますね。そういえば、最近一人いましたね。
原因不明のふらつきで受診して、頭部画像検査でも異常なし、ビタミン不足なんかもなかったみたいです。で、胸部CTで肺に腫瘍が発見されて紹介されていました。


2016年12月28日

27歳女性、突然の意識障害 その1

映画エクソシストのモデルになった疾患らしいです。

CLINICAL PROBLEM-SOLVING
Scratching Below the Surface
N Engl J Med 2016; 375:2188-2193
Mathai SK, Josephson SA, Badlam J, Saint S, Janssen WJ.

2016年12月13日


その1

かわうそ:27歳日本人女性。5日前からのせん妄なんですけど。
7日前からちょっとお腹の調子が悪かったようです。その2日後から、記憶障害、不安、興奮、幻視、幻聴、手足の拘縮、けいれんなどが出現しています。

この段階で、どんなこと考えますか。まだ病歴とかぜんぜんわからないんですけど。

かば:突然なので、感染とか薬物ですかね。

かわうそ:このあたりがどれくらいの都会か、とかによりますけど。まあ、トライエージはしますよね。

かば:田舎のほうがはびこる可能性もありません?

かわうそ:そうかもしれません。田舎だからと言って、ないわけではないでしょうね。

とりあえず、大きくはせん妄という状態として捉えて、せん妄の鑑別診断を体系的にアプローチするべきなんでしょう。
せん妄とは、急性の精神状態の変化でして、特に注意や認知が障害されます。この症例でも十分あてはまります。

まず最初に胃腸症状があって、それから精神症状が出現しています。
興奮して幻覚があって、さらに四肢の拘縮があることから、広い範囲の脳の障害があるということが読み取れます。

記憶障害とか幻覚からは側頭葉の、幻視からは後頭葉の、拘縮からは大脳基底核の、それぞれ障害があると推定しないといけません。

かば:こういう風に論理的に考えていけるのはすごいですよね。

かわうそ:この広範囲の障害は単純な脳梗塞や脳出血とかの巣病変では説明がつきません。
薬物とか、橋本病の脳症状とかの内分泌疾患、感染性の脳炎、髄膜炎とかを考えるべきです。あと、ヘルペスは外せませんね。あとは季節的に西ナイル熱なども鑑別に上がっています。自己免疫性疾患も当然考えます。

さて、ここで配偶者が来て、ようやく病歴がとれました。本人からは全く問診できませんので。
5年前からコロラド州に住んでいます。病人との接触なし、旅行歴なし。違法な薬物の使用もないようです。妊娠に向けて葉酸か何かのサプリを飲んでいます。

最近ちょっと熱があったようだという情報を得ました。

さて、ここでどう考えますか?

かば:熱があるなら感染が考えやすくなりますけど、自己免疫疾患とか傍腫瘍性の疾患の除外もできませんよね。

かわうそ:自分としては、家族が薬物使用歴はないっていう話をしたとしても、トライエージするまでは信じないと思いますけど。薬剤性で熱があがることもなくはないそうです。
あと妊娠も。子癇以外で妊娠と意識障害の関係があるのか知りませんけど。

日本からの移住ということですので、一応日本脳炎も鑑別に上がるようです。ただ、5年間アメリカに住んでいれば、そこまで心配しなくていいと言っています。
あと、日本人ならきちんとワクチン接種されているはずだし、日本脳炎以外でも、ワクチンで予防できる感染症については可能性は低いと言っていますけど、これってちょっと日本の医療を過大評価しすぎじゃないですか?

かば:一応定期接種ですし。長期滞在するなら、ワクチン接種の証明も要求されるんじゃないですか?

かわうそ:ならいいんですけど。まあ、麻疹とかのこともありますし。ちょっと日本の医療を信じ過ぎでは?と思ってしまったわけです。
バイタルとしては、微熱があって、脈が早くて、血圧が高くて、呼吸数が多いです。見当識障害があって、興奮して叫んでいます。手足もゆらゆらしています。かなり音や光による刺激がるようです。話は全く通じません。えらいことになりましたね。こんなの引いた日には、「なんて日だっ!」って言ってますよ。

かば:どうしたらよいかわからないですね。

かわうそ:そんな中でも、眼底初見を取って乳頭浮腫がないことを確認しています。脳浮腫はなさそうだということで、やっぱり脳脊髄液、CSFを取る気みたいですね。これだけ興奮していて、実行可能かどうかは不明ですが、とりあえず速やかにとるべき、と何度も書かれています。
また、項部硬直も筋力低下も深部腱反射の異状もなし、とのことです。

かば:つくづくすごいですね。こんな状況でも身体所見きっちり取ってますね。

かわうそ:CSF取るためにも、画像検査するためにも、やっぱり鎮静しないといけませんよね。とりあえず、なんとかCTまでは取れたようです。
で、追加の検査と治療として何しますか?


その2へつづく


2016年12月22日

62歳男性、食事がのどを通らない。その2

幸運な症例の続きです。治療経過です。
この治療が早く広まるといいと思います。


Eunice LK, Theodore SH, David GF, Avinash K, Jochen KL.

2016年11月28日

その2

その1からつづき

かば:扁平上皮癌でも腺癌でも同じメニューでよいんですか?どちらが予後が悪いんですかね?
たしか、日本は扁平上皮癌が多くて、外国は腺癌が多いんでしたっけ?
でも、うちなら多分CDDP+S1とかが多いように思います。

かわうそ:なるほど。すいません。経験ないので何も言えません。
ここではEOXというのを最初に検討しています。けっこうエビデンスはあるようなんですが、いかんせん、休薬期間がないらしいんです。よく知りませんが、けっこう恐怖を覚えます。epirubicin、oxaliplatin、capecitabineと、けっこう緊張感のある薬が並んでいますし。
あとは、FOLFOXかなっていっています。

かば:大腸がんでつかうのかと思ってました。

かわうそ:ほかにはCDDP+CPTも候補に上がっています。
このあたりの選択についても、きちんと論文を参照しています。これらを比較したRCTで、効果は同じくらいだけど副作用が少なかったという理由で、FOLFOXがよいのではないかと言っています。

放射線との併用もしやすいみたいです。FOLFOXとCDDP+FUの比較の論文が引用されています。さらに、放射線治療のスケジュールについても、いろいろ論文を引いた上で、計画したと言っています。

かば:えらいですね。

かわうそ:この態度は見習いたいですね。
しかし、治療完遂後、フォローアップのPET-CTで遠隔転移再発がありました。で、2nd lineの治療についてなんですけど、どうしますか?

かば:そもそも食道の腺癌ってほとんど見たことありませんし。
肺癌でも、2nd lineの治療ってあんまりガイドライン通りやっていませんよね?

かわうそ:DTX単剤くらいですけど、若くて元気だからという理由で1st lineと同じようにプラチナダブレット使いますしね。
ここでは、CPTとかDTXの単剤治療かな、とか書いてあります。最近では、PTXとサイラムザの併用が話題らしいですけど。
ただし、BSCとこれらの治療を比較した論文によると、1.5ヶ月の生存期間延長が期待できるくらいらしいんです。サイラムザのレジメンでも、生存期間を約2ヶ月伸ばすくらいです。

かば:…。やっぱりかなり厳しいですよね。

かわうそ:でも、これだけではたぶんこのケースレポートになりません。
ここでは何をしているかというと、一か八か遺伝子変異の検索をしているんです。
胃癌では、HER2過剰発現があれば、乳がんの治療薬のトラスツマブの効果が期待できるなんていう知見もあるし、とかいろいろ書いてあります。

かば:胃癌なら必ずHER2は調べていますよ。

かわうそ:このあたりは何をやってるのかよくわかりませんので、結論だけ言うと、PIK3CAという遺伝子変異がみつかったということと、METの増幅があることがわかりました。

かば:どちらも知りませんけど。でも、ふたつの遺伝子変異があるのって珍しくないですか?

かわうそ:そうですね。そのあたりは後の質疑応答でツッコまれていますが、そもそも、こんな症例ないのでコメントのしようがないって言ってます。
PIK3CAの方については、食道領域では胃癌での報告があるくらいだそうです。乳癌では、トラスツマブに対する反応がよくないものの、予後はよいという報告があるようです。肺癌では、EGFR遺伝子変異陽性のうち、少数で見つかることがあって、EGFR-TKIに対する耐性の獲得に関係するようです。

METの増幅については、とくにhigh-gradeの食道腺癌に認められて、アグレッシブな経過をたどることが多いそうです。この症例でも、放射線化学療法に対してPDでしたし、当てはまりそうですね。

で、クリゾチニブを使っています。

かば:え?ザーコリですよね。あれはALK融合遺伝子だと思っていましたが、そういえば関係あるんでしたっけ?

かわうそ:よくご存知ですね。ネットで調べてみたところ、もともとc-Met遺伝子の阻害薬として開発されていたらしいんです。
MET増幅って、消化器系の悪性疾患では多いような気がしますけど、あんまりクリゾチニブを使うって聞かないですよね?

かば:適応ないですよね。

かわうそ:で、内服開始してからのPET-CTをみると、原発巣も転移巣も全く取り込みなくなっています。

かば:すごいですね!

かわうそ:この症例では四年間のみつづけてまだ効果が持続しているようで、めでたしめでたし、といえるかどうかわかりませんが、かなり幸運だと思います。

最近、ザーコリって、アレセンサとかとの比較でいいところがあまりないように思っていましたので、これでちょっと見直しました。

2016年12月19日

62歳男性、食事がのどを通らない。その1

非常に幸運な症例と思います。
まずは病歴と診断までです。

Eunice LK, Theodore SH, David GF, Avinash K, Jochen KL.


2016年11月28日

その1

かわうそ:今回はわりと珍しいんですけど、早速病名が書いてあります。食道腺癌です。
ゴルフボールが喉に詰まっている感覚が2ヶ月続くということで受診されました。胃食道逆流が疑われ、PPIを処方されましたがよくなりません。

かば:次の手としては、梅核気ってことで半夏厚朴湯を試してしまいそうです。たしかに、食道癌のもありえますし、早めに胃カメラが必要でしたね。

かわうそ:怖いですよね。感覚だけなのか、実際に飲み込めないのか、きちんと聞かないと、ですね。この症例では実際に通らなかったようです。
ここではまずバリウムをされています。Fig 1Aでは、胃食道接合部のあたりの粘膜が不整な感じになって狭くなっているのがわかります。口側が拡張しているようにも見えます。
次がPET-CTです。

かば:内視鏡じゃないんですね?

かわうそ:ちょっと不思議ですが、検査のハードルもいろいろありますし。
CTでも、胃食道接合部のあたりの食道が全周的に肥厚していることがわかります。PETでFDGの取り込みもあります。この図ではわかりませんが、腋窩リンパ節なども腫脹しているようです。
血液検査では、CEAとCA19-9が上昇しています。

かば:なるほど、腺癌っぽいですね。

かわうそ:上部消化管内視鏡検査では、遠位食道から胃食道接合部にかけて、周囲がやや隆起して、中心に潰瘍を形成している病変がありました。食事ものどを通らないくらいですので、内視鏡もなかなか通りません。拡張させてから胃・十二指腸までのぞいています。そこには病変を認めなかったようです。
超音波内視鏡の画像も載っています。粘膜下まで浸潤していること、リンパ節腫脹があることが確認できました。

そして、さっそく生検しています。

かば:検体が大きいですね。

かわうそ:気管支鏡検査の検体とは違いますね。消化管内視鏡では、生検の検体だけで粘膜下まで浸潤しているということがわかるらしいです。

かば:で、これは腺癌でいいんですか?

かわうそ:HE染色で青っぽく染まっている部分がムチンらしいです。そのあたりから腺癌を伺わせますが、なかなか腺管形成がはっきりしません。

かば:低分化型なんでしょうね。
細胞診のパパニコロウ染色で、扁平上皮癌は黄色っぽくなるんでしたっけ?
これをみると青色ばっかりなので、やっぱり腺癌が疑わしいですね。

かわうそ:ちなみに、細胞診の検体でセルブロックを作成すると、少し腺管形成らしいものができてくるのが不思議です。

というわけで、低分化型腺癌、リンパ節転移あり、というところまで診断できました。

ここから病歴がはじまります。
嚥下困難と嘔吐のため食欲がなく、2ヶ月間で9kg減っています。

かば:それは大変ですね。

かわうそ:と思うのが日本人の限界でしょう。あとでこの人、体重が111kgだとでてきまので、本当に大変なんでしょうか?

かば:それでも1割減っていますし…。

かわうそ:たしかにそうですね。
そういえば、胃カメラのあとは食道が少し広がったためか、ごはん食べられるようになったような記載もありました。
既往としては、高血圧、高脂血症、脊椎の変形があります。子供の頃の虫垂炎の手術のときに小腸を切除して短くなったため、下痢をしているようです。

かば:慢性的に下痢をしていて、それでも111kgですか。

かわうそ:これらでけっこう大量の薬を内服しています。喫煙歴もしっかりあります。
さて、こういう人にどういう治療をしましょうか?

その2へつづく