こんなことってあるんですね。想定外の主訴ですので、外来で遭遇したら確実に慌てる自信あります。
Exercise-induced haemoptysis as a rare presentation of a rare lung disease.
Thorax. 2016 Sep;71(9):865-8.
Mihalek AD, Haney C, Merino M, Roy-Chowdhuri S, Moss J, Olivier KN.
2016年10月7日
かわうそ:特に既往のない若い患者が来院されます。アフリカ出身です。なぜか、頑なに「Patient」と書かれており、性別不明です。多分男性だと思うんですけど、最後まではっきり言ってくれないんです。
かば:すごいな。なぜ隠すんでしょう?
かわうそ:なにか意味があるんでしょう。
主訴は4年間続く、運動誘発性の喀血ということで来院されました。しかも、2マイルの水泳したあとに必ず喀血します。量も結構多くて100-200mlとのことです。自然に治るらしいんですけど、けっこう大変なことと思うんですけど、発症から4年目でようやく来院です。
かば:2マイルって3kmだから、すごくないですか?アスリートですか?
でも、日常的にそれだけの症状があればもっと早く受診しそうですよね。最初に泳いだときには何ともなくて、だんだん症状が出てきたということですか?
かわうそ:そのあたり気になりますけど、あんまり詳しい情報はないようです。謎が多いですね。これ以外の症状、例えば胸痛、呼吸困難などの呼吸器症状はありません。また、水泳以外の運動は、普通に楽しくできるようです。
こういうわけのわからない不思議な症例がやってきた場合、先生はどうしますか?自分なら、そんなことあるわけないと思っちゃうので、冷たい態度をとってしまう可能性ありますね。特に忙しい日なら。
かば:さすがに喀血が主訴なら、ちゃんとみると思います。100mlはすごいですよ。
かわうそ:そうでしょうね。
実は、こういう症状があるわけがないと思ってしまうのは、自分の勉強不足なだけなんです。世の中は広いです。こういうclinical entityがちゃんとあると書いてあります。swimming induce pulmonary edemaというらしいです。水泳している人や軍隊では、わりと知られた疾患らしいです。
かば:へー。防衛医大とかでは習うんでしょうか?
かわうそ:たぶんそうなんでしょう。
機序もしっかりと書いてあります。運動して心拍出量が増えて、肺血流が増えて、肺動脈圧が高くなるわけですが、水の中だと血管が広がりにくくなるので、なにやらこのあたりのバランスが崩れて、肺水腫になる、とのことです。
ただし、これだけで喀血をきたすかどうかと言われると、それは疑問でして、おそらく、血管内皮細胞が破綻するような、別の基礎疾患があるのではないかということが疑われます。
とまあ、後付ならこういうことを思うわけですが、この人はアフリカではずっと抗生剤を投与されたりして治療されていました。当然無効ですし、喀痰検査で有意な菌が検出されることもありません。
アメリカに移住してきてから、病院も変わって、改めて評価されています。
かば:やっぱりプロのアスリートではないみたいですね。レストランで働いていると書いてありますし。
かわうそ:そうかもしれません。でも、マイナースポーツなら、トップクラスの選手でもそれだけでは食べていけない可能性もありますよ?
さて、この病院でとった、現病歴が詳しく述べられています。
アメリカにきても水泳して、やっぱり水泳するたびに喀血しています。その他の呼吸器症状は全然ありません。喫煙はほぼなし。危ない薬はやっていません。兄弟には結核がいるようです。
身体所見では、口腔内衛生が少し悪い以外は突起すべき異常所見ありません。血液検査、喀痰検査、心エコー、気管支鏡検査では特に異常ありませんが、胸部CTでは異常ありです。どうみます?
かば:壁の薄くて不整なところのない嚢胞が多発していますね。
かわうそ:こういうcystic lung changeのある疾患は少ないので、鑑別もだいぶ少なくなります。
かば:多分、ここでLAMを考えてほしいので男女の区別を曖昧にしていたんでしょうね。
かわうそ:おそらくそうだと思います。この人は男性ですので、否定していただいて良いです。
かば:ランゲルハンス組織球症と嚢胞性線維症はどうですか?
かわうそ:嚢胞性線維症は、どうやらもう少し壁が厚かったり、気道に沿った分布がはっきりしてほしいみたいです。ただ、見たことないので…。
ランゲルハンス組織球症は、喫煙との関係が明瞭ですので、この人のように、あんまり喫煙していないなら、可能性は低くなります。
かば:あと、結節影もありませんし、合いませんね。
そういえば、BHD(Birt-Hogg-Dubé)症候群はどうでしょうか。
かわうそ:それは言及ありませんでした。でも、たしかに画像的にも鑑別に上がりそうですね。
かば:あれは気胸が反復するので、症状としては合わないかもしれませんが。あとは丘疹、腎腫瘍などがあるかどうかですね。遺伝性疾患なので家族歴も参考になると思います。
かわうそ:あと、ここで思いつかないといけないのは、アミロイドーシスです。
さて、気管支鏡でも診断がつかなかったので、この人はVATS生検が行われています。白黒写真なのが残念ですが、間質、血管周囲に好酸性で無構造な物質が沈着しています。コンゴレッド染色もして、アミロイドと確定しました。
というわけでアミロイドーシスだったんです。アミロイドーシスにはAAとALがあります。ALの方が、リンパ腫などの基礎疾患があって重症になるようです。
この人は4年間症状が変わらないので、二次性のAAアミロイドーシスなんだろうな、と予想されます。この辺も少し詳しく記載ありますが、割愛です。
ただでさえアミロイドーシスは珍しいんですけど、さらに水泳誘発性肺水腫を合併しているというわけで、ものすごくレアですね。
ただ、診断できても、治療の方法がないんですよね。水泳やめるしか。結局、フォローからは脱落してしまいました。
ちなみに、この論文はイギリス英語なので、edemaがoedemaと表記されています。だからか、swimming induce pulmonary oedema、略語はSIPOと書いてあります。
かば:esophagealがoesophagealと綴られるみたいですね。GERD(Gastroesophageal Reflux Disease)もGORDとかいてあるのを見たことあります。
そういえば、この報告では、SIPOとSIPEが混在していますね。たぶんアメリカ英語で書いてて、校閲をすり抜けてしまったんですね。
かわうそ:内幕が見えたような気がして、少し面白いですね。
2016年11月29日
2016年11月18日
31歳女性、不妊症 その2
診断と経過についてです。
2016年9月28日
その2
その1からつづき
かば:子宮内膜に肉芽腫ができる疾患ですよね。…、結核とサルコイドーシスしか思い浮かびませんね。
かわうそ:普通はそうですよね。親切なことに、Table 2にまとめてあります。まずは感染か非感染で考えます。感染なら、結核、真菌、寄生虫などです。
非感染なら、サルコイドーシス、異物、手術後、血管炎などです。
この中で何が一番考えられるか、ということなんですが…。
やっぱり、結核の蔓延国からやってきた人、というのが一番ひっかかるらしく、外せないです。ほとんど決まり、みたいなテンションで書かれてあるように感じました。
卵管の狭窄と子宮内膜の肉芽腫がある、ということも結核なら矛盾しません。
かば:オッカムの剃刀ですね。
かわうそ:とはいうものの、結核を否定する要素もいろいろあります。まず、BCGをしっかり接種されています。そして、乾酪壊死がありません。また、他の臓器症状がありませんし、熱や咳など結核の症状がそもそもありません。画像上、肺の病変もありませんし。血液検査で炎症のない健康な若い女性なんです。
でも、ネパールでは人口の45%が感染しているわけですし、その大多数が子どもを産んで育てるべき人が罹患している、と書いてあるんです。
かば:なんと。
かわうそ:BCGって、髄膜炎を予防する程度なのかと思っていましたが、子どもの感染のリスクを5割くらい下げると書いてあります。すいませんでした。認識を改めます。
かば:BCGは大事ですよね。
かわうそ:そうなんですね。
活動性の結核に進行するのも8割近く減らします。ただ、10-15歳で効果がなくなってしまうんです。それ以降の感染は予防できません。
性器結核は、ネパールでは不妊に悩む女性には珍しくないらしいです。呼吸器の結核がないのは別に珍しくなく、この人の症状はまさに典型的なようです。
結核性子宮内膜炎についての病態生理もけっこうわかっているらしく、まず、もともとの感染巣から血行性またはリンパ行性に卵管に感染巣をつくります。そこからは卵管を通って子宮内膜にドレナージされます。だから、卵管狭窄はほぼ必発です。
子宮内膜生検で非乾酪性肉芽腫になる理由もちゃんとあります。子宮内膜は周期性に剥落しますので乾酪壊死を形成するまで成長しない、ということだかららしいです。脱落直前に採取すればあるかもしれません。また、卵管の病変を調べてみたら、乾酪壊死が見つかることも多いそうです。
かば:こうみてみると、まさに典型的ですね。
抗酸菌染色で陰性でしたが、PCRなども調べるべきなんでしょうね。
かわうそ:鑑別診断を否定していきます。
真菌ならもっと全身性になりそうです。ウイルスなら核内封入体などが見つかってほしいですし、ヘルペスやパピローマウイルスならもっと性器に皮膚症状が出てほしいです。これらは血行性ではなく上行性感染なんでしょうし。
サルコイドーシスもGPAも他の臓器に病変が出てほしいですね。性器だけってのはまれです。
というわけで、診断確定のためには、何度も生検をするべきであり、できれば卵管切除が必要なようです。
月経血培養で抗酸菌を検出するべき、と書いてあります。治療効果の確認用いるようです。培養の陰性を確認します。
かば:卵管切除したら自然妊娠しにくくなると思いますけど。でも、もう狭窄しているから働かないんでしょうね。
かわうそ:うそかほんとか、こういう場合、逆に切除したほうが人工授精の確率が上がると書いてあります。
さて、この症例の経過ですが、月経血と子宮内膜生検の培養から結核菌が検出されて診断され、治療に移ります。なんと、リファンピシンとイソニアジドの血中濃度の測定までしています。
かば:やったことないですね。
かわうそ:結核の治療は無事終わり、そのあとは人工授精でなんとか妊娠しています。
かば:子癇前症になったり、34週で帝王切開など書いてありますので、大変だったみたいですけど。
かわうそ:まあ今は母子ともに元気なようで、よかったですね。
時代小説とか読むと、子どもができないから離縁とかで事件が起きたりするのが定番だったりしますけど、結核も一因だったんですね。
ネパールで5割だったら、昔の日本でも似たようなものでしょうしね。
ちなみに、この号の「Images in clinical medicine」は、尿管結核でしたので、奇しくも結核つながりが見られました。
その1からつづき
かば:子宮内膜に肉芽腫ができる疾患ですよね。…、結核とサルコイドーシスしか思い浮かびませんね。
かわうそ:普通はそうですよね。親切なことに、Table 2にまとめてあります。まずは感染か非感染で考えます。感染なら、結核、真菌、寄生虫などです。
非感染なら、サルコイドーシス、異物、手術後、血管炎などです。
この中で何が一番考えられるか、ということなんですが…。
やっぱり、結核の蔓延国からやってきた人、というのが一番ひっかかるらしく、外せないです。ほとんど決まり、みたいなテンションで書かれてあるように感じました。
卵管の狭窄と子宮内膜の肉芽腫がある、ということも結核なら矛盾しません。
かば:オッカムの剃刀ですね。
かわうそ:とはいうものの、結核を否定する要素もいろいろあります。まず、BCGをしっかり接種されています。そして、乾酪壊死がありません。また、他の臓器症状がありませんし、熱や咳など結核の症状がそもそもありません。画像上、肺の病変もありませんし。血液検査で炎症のない健康な若い女性なんです。
でも、ネパールでは人口の45%が感染しているわけですし、その大多数が子どもを産んで育てるべき人が罹患している、と書いてあるんです。
かば:なんと。
かわうそ:BCGって、髄膜炎を予防する程度なのかと思っていましたが、子どもの感染のリスクを5割くらい下げると書いてあります。すいませんでした。認識を改めます。
かば:BCGは大事ですよね。
かわうそ:そうなんですね。
活動性の結核に進行するのも8割近く減らします。ただ、10-15歳で効果がなくなってしまうんです。それ以降の感染は予防できません。
性器結核は、ネパールでは不妊に悩む女性には珍しくないらしいです。呼吸器の結核がないのは別に珍しくなく、この人の症状はまさに典型的なようです。
結核性子宮内膜炎についての病態生理もけっこうわかっているらしく、まず、もともとの感染巣から血行性またはリンパ行性に卵管に感染巣をつくります。そこからは卵管を通って子宮内膜にドレナージされます。だから、卵管狭窄はほぼ必発です。
子宮内膜生検で非乾酪性肉芽腫になる理由もちゃんとあります。子宮内膜は周期性に剥落しますので乾酪壊死を形成するまで成長しない、ということだかららしいです。脱落直前に採取すればあるかもしれません。また、卵管の病変を調べてみたら、乾酪壊死が見つかることも多いそうです。
かば:こうみてみると、まさに典型的ですね。
抗酸菌染色で陰性でしたが、PCRなども調べるべきなんでしょうね。
かわうそ:鑑別診断を否定していきます。
真菌ならもっと全身性になりそうです。ウイルスなら核内封入体などが見つかってほしいですし、ヘルペスやパピローマウイルスならもっと性器に皮膚症状が出てほしいです。これらは血行性ではなく上行性感染なんでしょうし。
サルコイドーシスもGPAも他の臓器に病変が出てほしいですね。性器だけってのはまれです。
というわけで、診断確定のためには、何度も生検をするべきであり、できれば卵管切除が必要なようです。
月経血培養で抗酸菌を検出するべき、と書いてあります。治療効果の確認用いるようです。培養の陰性を確認します。
かば:卵管切除したら自然妊娠しにくくなると思いますけど。でも、もう狭窄しているから働かないんでしょうね。
かわうそ:うそかほんとか、こういう場合、逆に切除したほうが人工授精の確率が上がると書いてあります。
さて、この症例の経過ですが、月経血と子宮内膜生検の培養から結核菌が検出されて診断され、治療に移ります。なんと、リファンピシンとイソニアジドの血中濃度の測定までしています。
かば:やったことないですね。
かわうそ:結核の治療は無事終わり、そのあとは人工授精でなんとか妊娠しています。
かば:子癇前症になったり、34週で帝王切開など書いてありますので、大変だったみたいですけど。
かわうそ:まあ今は母子ともに元気なようで、よかったですね。
時代小説とか読むと、子どもができないから離縁とかで事件が起きたりするのが定番だったりしますけど、結核も一因だったんですね。
ネパールで5割だったら、昔の日本でも似たようなものでしょうしね。
ちなみに、この号の「Images in clinical medicine」は、尿管結核でしたので、奇しくも結核つながりが見られました。
ラベル:
雑誌_N Engl J Med,
疾患_感染症,
症例検討
2016年11月16日
31歳女性、不妊症 その1
呼吸器科ではあんまり関係ない主訴ですが、実は馴染みのある疾患が原因です。
2016年9月28日
その1
かわうそ:31歳女性。不妊症で受診されました。そのほかは元気な方です。
かば:副鼻腔気管支症候群ですか?
かわうそ:なるほど。残念ですが違います。
子宮卵管造影検査を早速しています。Fig 1です。
見たことないのですが、キャプションによると、子宮の形は問題ないようです。
ただし、卵管は、中枢部分は問題ありませんが、末梢の方では拡張していたり、欠損しているように見える部分があるようです。
また、卵管采から腹腔内に漏出するはずの陰影が見えません。
つまり、排卵はあるかもですが、卵管を通っていかないのではないかと予想されます。
とにかく人工授精を2回施行されています。しかし妊娠しません。これはおかしいということで、さらに精査されました。
ここで最近の人工授精事情について、けっこうスペースとって説明しています。生きのいい(?)卵子を探す技術みたいなのも発達しているようなので、かなり成功率は高いはず、2-3回の失敗でおかしいと思うべき、みたいなことが書いてあります。なれない分野の英語でしたので、言葉の意味はよくわかりませんが。
かば:とにかくすごい自信ですね。
かわうそ:どの時期にどういう処置するのかについても、けっこういろいろマーカーがあるらしいです。ふーんって感じですけど。
さて、これから、どのような情報が知りたいですか?
かわうそ:受精卵ができたということは、卵子には問題ないのだと思います。戻したはずなのに妊娠しないわけですから、着床しないのが問題なんですよね。子宮内膜の問題でしょうか。
あとは、凝固系とか?それくらいしか思いつきません。
かば:そうですね、抗リン脂質抗体症候群は思い浮かびます。不規則抗体とか血液型不適合とかもでしょうか。
かわうそ:卵管の狭窄がどれくらい影響しているのかはわかりませんが、骨盤内感染ということで、性感染症とかは聞いておくべきでしょう。ここでも、B型肝炎、C型肝炎、淋病、クラミジア、HIVなどは調べられており、全部陰性でした。
さらに、人工授精にふさわしい卵子が得られているようですので、それほど心配しているわけではないのでしょうが、月経のサイクルなども聞いています。ちょっと月経困難症があるようですが、基本的には問題なし。なぜかpap染色しています。これも問題なし。たぶん産婦人科のお作法なんだと思います。
かば:拒食症とかはどうでしょう?
かわうそ:なるほど。それも聞いていて、ありませんでした。
生活歴としては、ネパール生まれ、インド育ち、アメリカに渡ってからはサウスウェストに住んで、それからマサチューセッツに来ています。
ネパール、インドは結核が蔓延していますので、アメリカ人にしては珍しくBCGワクチンを打っています。結核の家族歴ありません。
また、自覚症状や身体所見、血液検査では特に問題ありません。
かば:ホルモン検査は?
かわうそ:いろいろやられていますが、ちょっとコメントできないですね。月経周期によって正常値が変わるんでしたよね…。正直手におえません。
とりあえず、問題なしということで勘弁してください。
かば:卵子を作るところまでは正常なんですし、この症例ではあまり関係なさそうですね。
卵管を通らないところ、子宮内膜に着床しないところが問題なんですね。
かわうそ:そこで、次は子宮鏡をしています。子宮内膜にはポリープや線維化、瘢痕などはなく、見た目は正常だったようです。
子宮内膜生検をしました。その結果がfig 2ですけど、どう思います。
かば:…。あ、肉芽腫がありますね。
かわうそ:これらは全部肉芽腫らしいです。乾酪壊死はありません。抗酸菌や真菌などは、染色してまして認められなかったようです。
鑑別診断としては、どうでしょうか?
その2へつづく
ラベル:
雑誌_N Engl J Med,
疾患_感染症,
症例検討
登録:
投稿 (Atom)