2016年11月29日

泳いだ後に血を吐く人

こんなことってあるんですね。想定外の主訴ですので、外来で遭遇したら確実に慌てる自信あります。

Exercise-induced haemoptysis as a rare presentation of a rare lung disease.
Thorax. 2016 Sep;71(9):865-8. 
Mihalek AD, Haney C, Merino M, Roy-Chowdhuri S, Moss J, Olivier KN.

2016年10月7日

かわうそ:特に既往のない若い患者が来院されます。アフリカ出身です。なぜか、頑なに「Patient」と書かれており、性別不明です。多分男性だと思うんですけど、最後まではっきり言ってくれないんです。

かば:すごいな。なぜ隠すんでしょう?

かわうそ:なにか意味があるんでしょう。
主訴は4年間続く、運動誘発性の喀血ということで来院されました。しかも、2マイルの水泳したあとに必ず喀血します。量も結構多くて100-200mlとのことです。自然に治るらしいんですけど、けっこう大変なことと思うんですけど、発症から4年目でようやく来院です。

かば:2マイルって3kmだから、すごくないですか?アスリートですか?
でも、日常的にそれだけの症状があればもっと早く受診しそうですよね。最初に泳いだときには何ともなくて、だんだん症状が出てきたということですか?

かわうそ:そのあたり気になりますけど、あんまり詳しい情報はないようです。謎が多いですね。これ以外の症状、例えば胸痛、呼吸困難などの呼吸器症状はありません。また、水泳以外の運動は、普通に楽しくできるようです。

こういうわけのわからない不思議な症例がやってきた場合、先生はどうしますか?自分なら、そんなことあるわけないと思っちゃうので、冷たい態度をとってしまう可能性ありますね。特に忙しい日なら。

かば:さすがに喀血が主訴なら、ちゃんとみると思います。100mlはすごいですよ。

かわうそ:そうでしょうね。
実は、こういう症状があるわけがないと思ってしまうのは、自分の勉強不足なだけなんです。世の中は広いです。こういうclinical entityがちゃんとあると書いてあります。swimming induce pulmonary edemaというらしいです。水泳している人や軍隊では、わりと知られた疾患らしいです。

かば:へー。防衛医大とかでは習うんでしょうか?

かわうそ:たぶんそうなんでしょう。
機序もしっかりと書いてあります。運動して心拍出量が増えて、肺血流が増えて、肺動脈圧が高くなるわけですが、水の中だと血管が広がりにくくなるので、なにやらこのあたりのバランスが崩れて、肺水腫になる、とのことです。
ただし、これだけで喀血をきたすかどうかと言われると、それは疑問でして、おそらく、血管内皮細胞が破綻するような、別の基礎疾患があるのではないかということが疑われます。

とまあ、後付ならこういうことを思うわけですが、この人はアフリカではずっと抗生剤を投与されたりして治療されていました。当然無効ですし、喀痰検査で有意な菌が検出されることもありません。
アメリカに移住してきてから、病院も変わって、改めて評価されています。

かば:やっぱりプロのアスリートではないみたいですね。レストランで働いていると書いてありますし。

かわうそ:そうかもしれません。でも、マイナースポーツなら、トップクラスの選手でもそれだけでは食べていけない可能性もありますよ?

さて、この病院でとった、現病歴が詳しく述べられています。
アメリカにきても水泳して、やっぱり水泳するたびに喀血しています。その他の呼吸器症状は全然ありません。喫煙はほぼなし。危ない薬はやっていません。兄弟には結核がいるようです。
身体所見では、口腔内衛生が少し悪い以外は突起すべき異常所見ありません。血液検査、喀痰検査、心エコー、気管支鏡検査では特に異常ありませんが、胸部CTでは異常ありです。どうみます?

かば:壁の薄くて不整なところのない嚢胞が多発していますね。

かわうそ:こういうcystic lung changeのある疾患は少ないので、鑑別もだいぶ少なくなります。

かば:多分、ここでLAMを考えてほしいので男女の区別を曖昧にしていたんでしょうね。

かわうそ:おそらくそうだと思います。この人は男性ですので、否定していただいて良いです。

かば:ランゲルハンス組織球症と嚢胞性線維症はどうですか?

かわうそ:嚢胞性線維症は、どうやらもう少し壁が厚かったり、気道に沿った分布がはっきりしてほしいみたいです。ただ、見たことないので…。
ランゲルハンス組織球症は、喫煙との関係が明瞭ですので、この人のように、あんまり喫煙していないなら、可能性は低くなります。

かば:あと、結節影もありませんし、合いませんね。
そういえば、BHD(Birt-Hogg-Dubé)症候群はどうでしょうか。

かわうそ:それは言及ありませんでした。でも、たしかに画像的にも鑑別に上がりそうですね。

かば:あれは気胸が反復するので、症状としては合わないかもしれませんが。あとは丘疹、腎腫瘍などがあるかどうかですね。遺伝性疾患なので家族歴も参考になると思います。

かわうそ:あと、ここで思いつかないといけないのは、アミロイドーシスです。
さて、気管支鏡でも診断がつかなかったので、この人はVATS生検が行われています。白黒写真なのが残念ですが、間質、血管周囲に好酸性で無構造な物質が沈着しています。コンゴレッド染色もして、アミロイドと確定しました。

というわけでアミロイドーシスだったんです。アミロイドーシスにはAAとALがあります。ALの方が、リンパ腫などの基礎疾患があって重症になるようです。
この人は4年間症状が変わらないので、二次性のAAアミロイドーシスなんだろうな、と予想されます。この辺も少し詳しく記載ありますが、割愛です。

ただでさえアミロイドーシスは珍しいんですけど、さらに水泳誘発性肺水腫を合併しているというわけで、ものすごくレアですね。
ただ、診断できても、治療の方法がないんですよね。水泳やめるしか。結局、フォローからは脱落してしまいました。

ちなみに、この論文はイギリス英語なので、edemaがoedemaと表記されています。だからか、swimming induce pulmonary oedema、略語はSIPOと書いてあります。

かば:esophagealがoesophagealと綴られるみたいですね。GERD(Gastroesophageal Reflux Disease)もGORDとかいてあるのを見たことあります。
そういえば、この報告では、SIPOとSIPEが混在していますね。たぶんアメリカ英語で書いてて、校閲をすり抜けてしまったんですね。

かわうそ:内幕が見えたような気がして、少し面白いですね。