2016年2月29日

9歳女児、繰り返す腹痛 その3

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. 
Case 3-2016. A 9-Year-Old Girl with Intermittent Abdominal Pain.
N Engl J Med. 2016 Jan 28;374(4):373-82.
Guglietta PM, Moran CJ, Ryan DP, Sagar P, Huck AE.

2016年2月3日
その3

その2からつづき

かわうそ:で、CTが結局決め手になるんです。造影剤の静注と内服をして撮影された画像です。

かば:アメリカでは造影剤を飲ませるんですよね。

かわうそ:らしいですね。で、何が異常なのかわかりますか?

かば:矢印のところに何かありますね。痛いところにあるんですよね?左側腹部ですし。脾臓と同じ濃度ですね。

かわうそ:実はこれは非常に大きな副脾なんです。壊死や石灰化はないようです。
副脾がどのように痛みの原因になるか、というのがこれからの話題になります。
副脾というのは、けっこう多いらしいです。

かば:人間ドックすると、けっこうエコーで発見されていますよ。小さいですけど。

かわうそ:そうなんですか。筆者によると、CTで11%くらいで発見されるらしいです。さらに剖検だと30%で発見されるそうです。発生学的にもできやすくて当たり前、ということが書いてありましたが割愛します。
今回のは非常に大きいですね。普通は2cmくらいだそうですが、この人は4cm以上でした。

痛みの原因としては、血管が細いことと、ひねったりすることで虚血になりやすかったのではなかろうかと考察されています。手術の時の内視鏡写真が載っています。

手術で副脾を取り除いたことで速やかに鎮痛を得ています。
でも、一般的には保存的な治療でよいはずだ、と5年間経過観察していたことについて、なんとか自己保身というか抵抗というか、を試みています。

摘出臓器の病理所見が詳しく載っています。いろいろ免疫染色されています。虚血と代償性の再生血管を証明しようとしているものと思われます。虚血と再開通を相当繰り返していたんでしょう。

かば:前にエコーやっていたと書いていますけど、気が付かなかったんでしょうか?あ、やっぱり参加者からも質問あるみたいですね。

かわうそ:ルーチンにプローベを当てる場所になければ、見つかりにくいんだと思います。
日本なら、もっと早い段階でCT撮影してわかったんでしょうけど…。いろいろ考えさせられますね。

2016年2月25日

9歳女児、繰り返す腹痛 その2

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. 
Case 3-2016. A 9-Year-Old Girl with Intermittent Abdominal Pain.
N Engl J Med. 2016 Jan 28;374(4):373-82.
Guglietta PM, Moran CJ, Ryan DP, Sagar P, Huck AE.

2016年2月3日
その2

その1からつづき

かば:やっぱり心療内科的なもの、と考えちゃいますけど。でも、IBSとかは除外しておきたいです。

かわうそ:たしかに、でも、便秘はいつも言っていますが、下痢はないんですよね。

かば:そうですね…。
あ、腹部CTを撮っていないんですよね?いくら子どもでも、1回くらいしてもよくないですか?胃カメラしているのに。胃カメラのほうが躊躇しません?

かわうそ:そうなんですよね。まったくその通りです。
発汗して倒れた、顔面蒼白でした、とかいうエピソードもあるくらいですし。けっこう重病ですよね。

かば:そういうエピソードがあるなら、自律神経障害とかは?

かわうそ:なるほどね。でも、あれ、検査で調べられるんですか?心電図のRR間隔とか?
まあ一応、鑑別診断としてあがっているのは、便秘、機能性腹痛症だとかです。これはゴミ箱診断ですね。経過にも合いません。

やはり、これだけシビアな経過をたどっているわけですので、器質的な原因があるかもしれないのに、このような機能的な疾患に飛びつくのはよくないように思います。

あと、GERD、ヘリコバクター・ピロリ感染なども鑑別に上がっていますが、いまいちパンチに欠けますね。
内視鏡検査でGERDの徴候はないんですが、それでも油断するなと書いてあります。NERDってやつでしたっけ?まあ、PPIが効果ないのでいずれにしても違うのでしょう。
セリアック病、胃潰瘍、炎症性腸疾患なども、一応鑑別にあがった上で否定されています。

かば:あと、アレルギーですか?下痢になりそうですけど。

かわうそ:病歴からすると食事とは関係なさそうです。これまで、食事制限したことありませんし。同様の理由で乳糖不耐症なども違うようです。
あと、先天性の疾患として腸の軸捻転なども挙がっています。もっと小さい時から症状が出るものらしいですけど、この症例の年齢でも矛盾はしないようです。

とかなんとかいろいろ考えた上で、やっぱり機能性腹痛症または腹部偏頭痛という診断になっています。
しかし、どちらの疾患だとしても満足できるような、そして簡単な治療法がないんです。精神的なもの、ストレスによるものということで、認知療法くらいしかエビデンスがないのです。

ただ、効果がないので、医療従事者も家族も、本人が腹痛で苦しんでいるのをみて、心を痛めていました。
さらに親がいうにはですね、「腹部偏頭痛という診断は意味が無い、診断されても治療がないならしょうがない」。

もっともだと思った主治医の先生が、CTをしましょうと提案したらしいんですよね。
長い通院で培われた良好な医師患者関係が、診断に役に立った、と豪語しています。

かば:もっと早くやったらいいのに。そんなにCTは敷居が高いんでしょうか?お金の問題なんでしょうか?あとはやっぱり子どもへの被爆の問題でしょうかね?

かわうそ:エコーで異常ないのに、CTでなにか見つかるとは思われないということなのかもしれませんけど。

かば:たしかに。

その3につづく


2016年2月22日

9歳女児、繰り返す腹痛 その1

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. 
Case 3-2016. A 9-Year-Old Girl with Intermittent Abdominal Pain.
N Engl J Med. 2016 Jan 28;374(4):373-82.
Guglietta PM, Moran CJ, Ryan DP, Sagar P, Huck AE.

2016年2月3日

その1

かわうそ:今回の症例は、なんだかな~、って感じです。日本ではありえなさそうです。

かば:9歳の女の子、という時点で読まないですけど。

かわうそ:まあまあ、そう言わないでちょっとお付き合い下さい。

9歳の女の子で、慢性的な便秘があるんですが、だんだん腹痛がひどくなってくる、というものです。嘔吐もあります。
4歳位から時々腹痛を言っていたらしいです。8歳ごろからひどくなっています。痛みは左側に限局していました。
なにせ経過が長いので本人も家族も大変でしょうね。でも、ちょっと厄介なことに週末より学校にいる時に症状が出ることが多いらしいんですよ。学校の成績はよいようですけど、診察時には不安そうで、少し神経質な性格なのかも、という先入観を持ってしまった可能性は否定できません。

かば:なるほど。精神的または機能的な疾患が頭をよぎりますね。

かわうそ:このあたりが、診断が遅れてしまった原因なのかもしれないな、と思いました。
腹部レントゲンが載っています。全体的にガスが溜まって、上行結腸に便を認めますが、明らかな異常があるとは言えませんでした。

診断がつかないまま、その都度下剤で排便があって腹痛が軽快するというエピソードを繰り返しています。
PPIを試したけど効果ありませんでした。セリアック病などの家族歴もありません。

他に、超音波検査、胃カメラ、血液検査などを行っていますが、腹痛の原因となるような異常は認めませんでした。ヘリコバクター・ピロリ感染も陰性でした。

かば:子どもに胃カメラするんですね。

かわうそ:なかなか想像できないですね。
で、診断はabdominal migraneです。腹部の偏頭痛、というものらしいですが。で、神経内科に紹介されました。

かば:でも、4ヶ月後のフォローなんですね?

かわうそ:経過も長いし、緊急性はないということで…。
こんな感じで、器質的な問題はない、ということで、認知療法を行うことになっています。

この次、鑑別診断をがんばって上げているんですが…。

その2につづく

2016年2月9日

この時期にこの症状なら… その2

出産後の呼吸困難と喀血の原因は?
解答編です。

A 26-year-old woman with respiratory decompensation in the immediate postpartum period at Mount Sinai Medical Center in New York City.
Thorax. 2015 Nov;70(11):1095-7. 
Bunker DR, Meinhof KT, Hiensch RJ, Ghaw O, Becker CD.

2016年1月22日

その2

その1からつづく

かわうそ:ここで、思い起こされるのが、先ほどちょっとでてきた尿検査異常なんですって。

かば:膠原病ですか?

かわうそ:腎臓と肺が共に侵される疾患です。focal segmental necrotising glomerulonephritisなんかですよね?実はあんまり知らないところですが。
というわけで、診断つかないうちに免疫抑制剤を投与しようかな、とかいう話になってきます。
あと、人工呼吸器の設定ということでAPRV、Airway Pressure Release Ventilationをやっています。

かば:前の病院では流行っていましたね。流行りかけのときにがんばって使っていましたが。
でも、結局健康な肺でないと結局うまくいかない、ということを痛感して終わりましたね。

かわうそ:今は流行っていないんですか?

かば:救急領域ではやっているんでしょうけど。最近の本にも載っていないと思います。

かわうそ:ちょっと臨床から離れているうちに変わっていきますね。
さて、この症例では、ステロイドパルスが始まって、免疫抑制剤はないですけど、血漿交換をしています。

ちなみに、皮疹や関節炎症状などはありませんでした。血液検査では、MPO-ANCAがひっかかりました。
腎生検をすると、やはりpauci-immune crescentic glomerulonephritisが認められました。半月体形成腎炎ですね。晴れてMPA(microscopic polyangitis)と診断が付きました。

かば:肺塞栓と思ったらまさかの診断でしたね。ややこしい時期に発症してしまいましたね。
腎生検しているのが偉いですね。妊娠中だとなかなか腎臓の精査とか後回しになりそうです。

かわうそ:このあたりの疾患は最近名前が変わってしまって混乱してます。
元「Wegener肉芽腫症」は、多発血管炎性肉芽腫症、英語で言うと、Granulomatosis with Polyangitis(GPA)になりました。
元「Churg-Strauss症候群」が、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症、Eosinophilic Granulomatosis with Polyangitis(EGPA)になっています。
そして今回の顕微鏡的多発血管炎、microscopic polyangitis(MPA)は…、あ、これは名前が変わっていないんですね。
で、これらを合わせて、ANCA関連血管炎なんですね。

かば:ややこしい…。

かわうそ:MPAでは、腎臓がもっとも傷害されるようですけど、肺胞出血、喀血もしやすいということで、この症例にぴったり合うということが書いてあります。高用量のプレドニンと血漿交換を行って安定したのですが…。

かば:レントゲン写真も綺麗になっていますね。若いですからね。

かわうそ:ANCA関連血管炎がこんなに若い人に発症するのはちょっとびっくりですけど。

かば:たしかに。

かわうそ:一応よくなりましたが、喀血があって抗凝固しにくいのが残念です。あと、免疫抑制剤については、これまでシクロホスファミドが使われていましたが、最近、リツキシマブがいいのでは、というのが話題です。

かば:またですか。どこにでも出てきますね。

かわうそ:なにせMPAは再発が多いのが問題ですので、投与しました。
ただですね、これで終われないんです。リツキシマブを何度か投与して、副作用もなく安心していたのですが、退院3週間後、また呼吸困難そして起座呼吸で受診しました。レントゲンでは異常陰影がありません。
今度は何なんでしょう?

かば:まさかこの流れは?

かわうそ:心エコーでは問題ありませんでしたが、造影CTで肺動脈内に血栓を認めました。というわけで、こんどこそ肺塞栓です。

かば:ふふっ。なんとっ。

かわうそ:というわけで、MPAのあと肺塞栓になってしまったという症例でした。
MPA自体が血栓のリスクをあげるらしいですけど、喀血もするし血栓のリスクも上げるといわれると、もうどうしたらよいのか…。
また、挿管・筋弛緩しての人工呼吸管理、そしてそもそも出産後ということが、ことごとく血栓形成傾向でした。
今度はワーファリンで軽快しました。リツキシマブも続けているようです。

かば:この症例から学ぶべきこと、という項目があって親切ですね。
妊娠中に血尿・蛋白尿が続く人はちゃんと調べないといけない、とか、肺塞栓だと思い込んで、他の疾患を頭から考えないのはいけない、とか。

かわうそ:たしかにD-dimerとか造影CTについての言及がないので、肺塞栓の治療がちょっと早過ぎなのかもしれないですね。エコーで右心負荷はありましたが。


2016年2月5日

この時期にこの症状なら… その1

これに遭遇したら、かなり焦ると思います。問題編です。
26歳女性、出産後の呼吸困難と喀血です。

A 26-year-old woman with respiratory decompensation in the immediate postpartum period at Mount Sinai Medical Center in New York City.
Thorax. 2015 Nov;70(11):1095-7. 
Bunker DR, Meinhof KT, Hiensch RJ, Ghaw O, Becker CD.

2016年1月22日

その1

かわうそ:Thoraxにも症例検討会みたいなシリーズがありましたので、ちょっと読んでみました。

かば:Mount Sinai病院ですね。聞いたことあります。

かわうそ:やっぱり有名なんですか?
実は、私もこの病院にはちょっと思い出がありまして…。昔、「The Universe of English」という、東大教養学部の英語の教科書が市販された、とかいってちょっと話題になりませんでした?

かば:大学入ったくらいの時、生協に売っていたような気がしますね。

かわうそ:私はたしか浪人生の時くらいでした。CDとかもついていて、リスニングの勉強になるんです。全部読んだわけじゃないんですが、最初の話だけは覚えていて、それにちょうどMount Sinai病院ってのが出てくるんです。たしか、主人公の奥さんが動物園でライオンに噛まれて、ここに運ばれたけど死んでしまった、とかいう流れだったと思います。
全く忘れていたことですけど、ふとしたことで記憶が蘇りますね。なつかしいと思ってしまいました。
(後で調べたら、パトリック・マグラアの「O'Malley and Schwartz」という短編小説でした。内容が正しいかどうかはわかりませんが。)

かば:へー。

かわうそ:話が脱線しました。じゃあ始めます。26歳女性、出産直後、というか3日後に呼吸困難を発症しています。もちろん思い当たる疾患がありますよね。

かば:ふんふん。あれですね。

かわうそ:実は、妊娠中に血尿・蛋白尿がありましたが、精査加療はされていませんでした。
それ以外は特に問題ありませんでしたが、退院予定日、突然の呼吸困難、頻呼吸、頻脈が出現しました。PaO2は48Torrです。さらに喀血もしています。心電図、心エコーで右心負荷所見がありました。

かば:となれば、当然肺塞栓ですよね。

かわうそ:あとは羊水塞栓とか肺水腫とか出産後の心筋症とかもあるのかな、という鑑別が上がっています。喀血が少し気になりますが、肺塞栓でも5%くらい喀血合併があるようです。
とりあえず、ヘパリンを始めています。喀血しているけど、使わざるをえませんよね。
しかし、その後100mlくらいの喀血しています。かなりの量ですね。で、ヘパリンをやめて挿管されています。

かば:なんと。

かわうそ:でも出血が多くてコントロールがなかなか難しいみたいです。頻回の吸引しても難しいし、筋弛緩薬使ったり、用手的に換気したりして苦労している様が伺えます。レントゲンをみると、両側の浸潤影がありますし、心陰影の拡大があります。右心負荷を表しているんでしょうか?右側が目立ってますね。
Hbの低下もけっこうあります(12.8→7.1g/dl)。だいぶ出血してますね。
というところで気管支鏡検査をしています。出血源はわかりませんでした。BALはできなかったとのことですが、肺胞出血なら、ではだんだん血性になって返ってくるはずです。

で、肺胞出血の原因はなんでしょうか、とくるんですけど…?

かば:感染とかを急に起こしたとは考えにくいですよね。薬剤もないですよね、普通の分娩でしたら。なんですかね。

その2へつづく