2015年11月30日

肺炎こわい その3

MGHの症例検討です。回答編と反省会です。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. 
Case 32-2015. 
A 57-Year-Old Man with Severe Pneumonia and Hypoxemic Respiratory Failure.
N Engl J Med. 2015 Oct 15;373(16):1554-64.
Mansour MK, Ackman JB, Branda JA, Kradin RL.


2015年10月28日

その3

その2からつづき

かわうそ:Blastomycesを見つけるための検査をしましょう、ということでですが、やっぱり気管支鏡検査ですよね。できればBALもと書いてあります。
…。最初ここまで読んだ時は、「なるほど、気管支鏡検査ねぇ。でも、状態悪いから勇気いるよね~。」とか思ったのですが、実はすでに前医で施行されているんですよね。しれっと、negative studyであった、と言われているんです。
で、しょうがないので気管支鏡検査をやりました。BALもやっています。しかも、舌区と右上葉からやっています。両側とはアグレッシブですね。

かば:根性出しましたね。

かわうそ:で、次のページに喀痰グラム染色の顕微鏡写真が載っています。普通のグラム染色でこんなのが見えています。しつこいですが、前の病院でのnegativeだという検査結果はどう受け止めればよいのでしょうか?

かば:痰が多くなくて、検査に出さなかったとか?

かわうそ:うーん…。まあ、そうかもしれません。
プロが見れば、この"large, thick-walled, round-to-oval yeast forms with broad-based budding"だけでBlastomyces dermatitidisということがわかるくらい特徴的な所見らしいです。
そういえば、βーDグルカンも368pg/mlと著明な上昇を認めています。そういえば、血液データのtableには載っていませんでしたね。
ちなみに、アメリカにはblastomycosisの検査キットがあるみたいです。ヒストプラズマもキットがあります。そうとう多いんですね。

かば:すごいね。

かわうそ:診断もついたし、blastomycosisなら、アムホテリシンBを使おう、となります。
しかし、残念です。翌日無尿になり、呼吸状態が悪化します(PF ration=49!)。CVHDやECMOをはじめようという話が出ていますが、上部消化管出血を併発し、ショック状態になります。こういう壮絶な状況のところで、家族から積極的治療の中止の申し入れがあり、亡くなります。
で、剖検の結果が写真にのっています。右肺のマクロ写真では、上葉がまるっきり実質臓器みたいに見えています。顕微鏡写真では、どの染色でもblastomycesが肺の中に充満しています。

気管支鏡で採取したものとはいえ、喀痰検査で診断がついていますので、もうちょい早くわからなかったのか、と悔いが残る症例ですね。早い段階で抗真菌薬を使っておけば、と。

かば:日本にはあまりない病気だと思うけど、私は、もともと健康な人に抗真菌薬を使うところまで辿りつけないように思います。

かわうそ:日本ならもうちょっと早い段階で入院になっているのではないでしょうか。で、おそらくβーDグルカンを測定していて、そこでひっかかって抗真菌薬が始まっていてほしいと思います。でも、そこでアムホテリシンBなのか、ボリコナゾール使っているのかはわかりませんけど。

かば:これは人ごとではないですね。恐ろしい。

かわうそ:肺だけでなく、リンパ節や脾臓にもblastomycesが充満していました。血流に乗って広がっているのでしょう。
あと、健康なはずのこの患者さんですが、肝臓に線維化があり、肝硬変になりかかっていたようです。このあたりも少し疾患の経過に影響を与えていたかもしれないです。
最後に、これは私達にも耳が痛い点なのですが、かなり早い段階で…。

かば:ステロイドですか?

かわうそ:そうなんですよ。抗真菌薬前にステロイドが入っていることがツッコまれています。
基本的には、blastomycosisにステロイド単剤は安易に使ってはいけないようです。抗真菌薬と併用するなら、効果あるかもしれないです。

かば:なるほど。
この症例はいつもと比べても全然わかりませんでした。

かわうそ:知らないとわかりませんよね。
結局人は、自分の知っていること、もしくは知りたいことしか目に入らないんですよね。
この症例も、きっと喀痰検査でblastomycesはあったんじゃないですかね?でも、疑っていなかったので、存在に気がつかなかったとか。ま、あくまで私の勝手な説ですけど。


2015年11月27日

肺炎こわい その2

MGHの症例検討です。鑑別診断を挙げるところまでです。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 32-2015.
A 57-Year-Old Man with Severe Pneumonia and Hypoxemic Respiratory Failure.
N Engl J Med. 2015 Oct 15;373(16):1554-64.
Mansour MK, Ackman JB, Branda JA, Kradin RL.

2015年10月28日

その2

その1からつづき

かば:左の肺炎から始まったARDSですね。基準は満たしていると思います。
起炎菌はぱっとでてきませんけど。外来でたくさん薬入っていますからわからないかもしれないですね。

かわうそ:まず、免疫不全は考えなくてもよいという前提で話をすすめてもらってかまいません。
これだけ抗生剤を使って効果がないので、一般的な市中肺炎は除外できるでしょう。
ということで、この患者さんの趣味であるところの、渓谷歩きに的を絞って起炎菌を考えていきましょう。つまり、風土病を考えようということです。

まず、New Englandでは、tularemiaとかhantavirusなどを考えるようです。
tularemiaは、虫刺されだけでなく吸入でも発症するそうです。虫刺されのあとはなかったのですが、肺tularemiaは症状としては矛盾しません。ただし、冬に発症するところが否定的とのことです。
hantavirus感染症は、急速な呼吸不全をきたしますが、同時に血小板減少とか心筋症もひきおこしますので、少し合わないですね。

かば:はぁ。

かわうそ:海外旅行もあるので、飛行機に乗っているのならということで、もしかしたらMERSかもと考えたいところですが、これも合わないようです。
東南アジアなら、Yersinia pestisとかBurkholderia pseudomalleiなど、つらつらと鑑別していますが、いずれも合いません。

かば:全く知らないのでついていけません。

かわうそ:North Americaの項にくると、ちょっと馴染みのある名前が出てきます。
学生の時、USMLEの勉強会に参加していた時にはよくでてきましたね。CoccidioidesとかCryptococcusとか。この辺りでは真菌感染を考えておけということのようです。
さらに、Lawrence River basinに行ったのなら、Blastomyces dermatitidisとHistoplasma capsulatumを鑑別にあげるべきだ、とこの感染症のDrはおっしゃっています。

きりん:難しいですね…。

かわうそ:ここまで読んでちょっと思ったんですけど、私たちもこういうよくわからない重症肺炎とかみて、絨毯爆撃のように抗生剤・抗真菌剤を使って、治療できたりできなかったりしているじゃないですか。
ひょっとしたら、まだ報告されていない風土病みたいなものが含まれているのかもしれなくないですか?このあたりだと、けっこう秘境的なところにお住まいの方もいらっしゃいますし。もし、そういう疾患の存在を知っていれば、戦う方法もわかるのではないか、と思うわけです。

話を戻します。blastomycosisの場合、10%くらいでARDSになると書いてありますし、たいていは免疫不全ではありません。この症例の経過に一致しますね。そして、死亡率は6-8割です…。大変ですね。
Histoplasmaの方はちょっと合わないようです。リンパ節腫脹がめだつ臨床像のようです。

ただ、これなら喀痰検査でわかるはずなんですが、これまで気管支鏡検査も含めて何度か繰り返されているのに見つかっていないのはどういったわけなんでしょうか?
とにかく、severe blastomycosisが鑑別診断に一番にあがりました。

かば:臨床診断はウイルス肺炎に細菌性肺炎を合併した、ということになっていますが、鑑別診断を考えてみたら、blastomycosisになった、というわけですね。

その3へつづく


2015年11月24日

肺炎こわい その1

おなじみMGHの症例検討、問題編です。病歴まで示します。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 32-2015.
A 57-Year-Old Man with Severe Pneumonia and Hypoxemic Respiratory Failure.
N Engl J Med. 2015 Oct 15;373(16):1554-64.
Mansour MK, Ackman JB, Branda JA, Kradin RL.

2015年10月28日

その1

かわうそ:これはこわい症例です。特に私たちにとっては。読んでて胃が痛くなってました。

かば:えーっ。これが唯一の気分転換なんですけど。

かわうそ:生来健康な57歳の男性が、冬に重症肺炎と呼吸不全で入院しました。経過は早いです。3週間前に発熱、筋肉痛、関節痛、上気道症状が出てきたようです。1週間後、症状がよくならないのでかかりつけ医に行ってインフルエンザの検査をされて、陰性だったのですが、とりあえずインフルエンザだろうということで。まあ冬ですしね。でも1週間たってるので対症療法をされたようです。
でもよくならないので、翌日別の病院に行きます。レントゲンをとったら肺に影があるといわれてセフトリアキソンの点滴とアジスロマイシンを処方されて帰りました。でも、また2日たってもよくならない、症状が続くということで、病院に行きます。ここではステロイドと鎮咳薬を出されています。
さらに2日後、感染症専門医をようやく受診しました。39度の発熱が続いて消耗しており、アセトアミノフェンを飲んでも解熱しない、血痰なんかもありますし、咳と胸痛で眠れていません。

かば:ふんふん。

かわうそ:この時点で頻脈、高血圧、頻呼吸、SPO2低下(94%)、呼吸音の聴診でcoarse cracklesを認めています。血液検査は、白血球が2万、Bandも13%で核の左方移動があります。

かば:血小板も多いですね。炎症!って感じですね。

かわうそ:そうですね。この後の経過も載ってますが、どんどん増えていきますね。
あとは腎機能が悪化していって、アルブミンが下がっていって、という感じで、どんどん状態が悪くなっていくんだな、と暗澹たる気持ちになります。
あと、やっぱり血ガスですね。どんどんPHが下がって、CO2が上がってという感じです。

かば:突然悪くなっていますね。あ、人工呼吸されていますね。

かわうそ:そうですね。前医入院中にNIVが始まって、その後すぐ挿管になっています。
と、まあそういう感じの人です。ようやく入院して、セフトリアキソンとモキシフロキサシンが始まりました。

かば:さすがにもうちょっと早く入院していれば、と思いますね。

かわうそ:このあたりのレントゲン写真も見てください。最初左肺にあった浸潤影がだんだん広がっている様子がわかります。右肺にも淡い陰影がありそうですね。側面像から左上葉とわかります。

かば:最初のレントゲン写真の段階でかなりひどいので入院させていてもおかしくないですね。

かわうそ:日本とずいぶん違います。
というわけで、セフトリアキソン、アジスロマイシン、モキシフロキサシンなどが投与されているにも関わらず、一向によくならない肺炎というわけです。

かば:まだメロペネムが入っていないのもすごいですね…。

かわうそ:そうですね。
ま、このあとでようやくバンコマイシンとかイミペネムが始まっています。

かば:ふふふ。

かわうそ:でも、酸素化が悪くなってきています。そして、気管支鏡を行っています。膿性の喀痰があって、でも粘液腺や閉塞などはなかったようですね。培養では何も生えてきませんでした。このあたりは、あとで問題になってきます。心臓の方もエコーで異常なしです。心源性の疾患は否定してよいです。
先程もすこし触れましたが、NIVが始まって、ちょっと良くなって、でもだめで挿管されて、用量は書いていませんがメチルプレドニゾロンが点滴されています。
この段階で、家族の希望で、MGHに転院になっています。
抗生剤の他、筋弛緩薬、利尿薬、抗血小板薬、抗凝固薬とかもすでに投与されています。
何か追加する治療ありますか?

かば:全部入っていると思いますけど…。IVIGとか?ウイルス性を考えて。

きりん:抗真菌薬とか?

かば:でも、培養検査で検出されていないんですよね。で、もともと既往に免疫抑制もないんですよね?なら、PCPとかも考えにくいですよね…。

かわうそ:既往としては痛風があって、時々鎮痛薬を飲む程度です。アレルギーなし。家族も仕事もあって、喫煙者ですが、怪しげな生活習慣はありません。
エンジニアの仕事の関係で、最近日本やインドネシアに旅行に行っています。
住居はNew Englandの半分田舎ってかんじのところのようです。
入院の1ヶ月前、St. Lawrence渓谷にレジャーで行っています。ちょっと怪しいですかね。
家族歴にα1アンチトリプシン欠損症があるようです。

かば:でも、むしろ高いくらいですね。

かわうそ:身体所見としては、もうやばいですね。ショック状態、徐脈、頻呼吸、全身浮腫です。腎機能もだんだん悪くなって、尿所見にも異常あり、レントゲン写真も悪化の一途をたどり、血ガスも目を当てられないです。
また、喀痰グラム染色で有意な細菌は検出できず、アデノ、パラインフルエンザ、RS、インフルエンザは陰性です。診断の手がかりがありません(×_×)

かば:他人事ではないですね。

かわうそ:これを送られてこられたら震えますね。さて、ここで鑑別診断をあげましょうか。

その2へつづく


2015年11月18日

エボラ出血熱疑い患者を診るということ その4

ようやく大団円です。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 28-2015. A 32-Year-Old Man with Fever, Headache, and Myalgias after Traveling from Liberia.
N Engl J Med. 2015 Sep 10;373(11):1060-7.
Biddinger PD, Hooper DC, Shenoy ES, Bajwa EK, Robbins GK, Branda JA.

2015年10月14日

その4

その3からつづき

かわうそ:というわけで、抗マラリア薬を使いました。イヤーノートに載っている薬と全く違うので、よくわかりませんけど。薬を使ったあと、一日だけ症状が悪化したようですが、その後はだんだん元気になっています。本来、エボラの検査は何度も行う必要があるようなんですが、ここではマラリアの診断加療がうまく行っているので、4日目にもうエボラの検査はやめています。
で、隔離解除されて、ふふっ、「The patient was embraced by many members of the care team」ということで、みんながよかったね、と患者さんを祝福しているんですよ。こういうの書いてあるのはけっこういいな、と思います。感動的です。

きりん:おー。

かば:いいですね。

かわうそ:自分ならどうしてるかな、と考えると、たぶん用もないのに3週間きっちりと隔離して、腫れ物扱いしてるような気がしてます。反省します。

この後経過を追っていくと、また発熱したりしているんです。で、それは別のマラリア感染だった、というオチがついていたりするくらいレアなケースなんですが、今回そういうのはもういいです。続きの展開でそういうネタが霞んでしまっているんです。

実は最後にご本人が登場しています。

きりん:えーっ。

かわうそ:「The patient is here today」とあります。お宝文献ですね。わざわざ来てくれて、今回の件について語ってくれています。これはぜひ紹介したいです。
この人はエボラ出血熱の専門家ですよね。3ヶ月見てきたわけですから。だから、最初は自分はエボラウイルスには感染していないという確信があったみたいなんです。症状はそうかもしれないけど、接触していないし。でも、電話をかけると宇宙人がやってきて、自分を隔離するためのユニットが作られたり、さらにニュースにもなってしまったのを知ると、「やばい、俺、エボラかも…」と思い始めてしまったらしいです。

かば・きりん:はははっ。

 かわうそ:ただ、病院の対応がすごくよかったらしいです。不安に対してきちんと説明して落ち着かせてくれたと感謝しています。

あと、アメリカでの手厚い看護と、それまでいたリベリアでの設備のない状況とを比較すると、その落差に考えさせられるといっています。
もともとリベリアには、今回のアウトブレイクの前には50人くらいしか医師がいなかったようです。
また、西アフリカで亡くなった300人以上のヘルスケアワーカーのうち、なんと180人がリベリアで亡くなっています。
そういうの聞くとせつない気持ちになりますね。

きりん:なるほど…。

かば:うん…。

かわうそ:最後は、とりあえずいい経験だったといって話を締めています。
なにせ、本人の証言が聞けたところがうれしいですね。面白いです。

きりん:いい経験だったといえるところが強いですね。

かわうそ:教訓としては、エボラ出血熱に対応するというのは、マラリアなどその周囲の疾患にも対応するということなんですよね。エボラ出血熱の検査キット準備してます、じゃダメなんですって。

もう一つ、私はアメリカという国はそんなに好きでないんですが、やっぱり偉いなと思いますよね。エボラが否定されて隔離が解除された時に、みんなで患者さんを祝福していますよね。こういうところに、NGOでエボラアウトブレイクに対応するためにがんばっていた人に対する敬意を感じます。
これが日本だったら、「なんで今そんなところ行って、日本に迷惑かけるようなことするの?」とかいう雰囲気が出まくりですよね。でも、もし自分にこういう症例が降ってきたら、やっぱり迷惑にかんじているかもしれないな、と想像してしまいます。反省しました。


2015年11月16日

エボラ出血熱疑い患者を診るということ その3

鑑別診断をあげています。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 28-2015. A 32-Year-Old Man with Fever, Headache, and Myalgias after Traveling from Liberia.
N Engl J Med. 2015 Sep 10;373(11):1060-7.
Biddinger PD, Hooper DC, Shenoy ES, Bajwa EK, Robbins GK, Branda JA.

2015年10月14日

その3

その2からつづき

かわうそ:実はこの症例を担当した先生方は、おそらく最初からエボラっぽくないなって思っていたようです。教訓的なのですが、エボラ疑いということで、そこで思考が停止してはいけないんですよね。エボラが否定されるまで、他の疾患の可能性が頭からすっぽり抜け落ちているようではいけないんです。
もちろん、他の慣れている疾患や症状なら、いろんな疾患の可能性を考えて検査なり治療なりを平行して行うのは普通にできている作業だと思うんですが、エボラとかだと名前に負けてしまいそうです。
というわけで、何の可能性を考えればよいでしょうか?

かば:ふつーのかぜでもこれくらいありますよね?インフルエンザとか。あとマラリアとか。旅行者の発熱で鑑別に上がる疾患はもちろん考えないといけません。

かわうそ:さすがです。筆者もマラリアをかなり早い段階で疑っています。しかも、熱帯熱マラリアです。この時点で、3日熱でも4日熱でもなく熱帯熱マラリアと言い切るところがかっこいいですよね。私は違いがよくわかりませんので。あと、まだ1回しか熱が出ていないのに言い切れますかね?熱の出る間隔で区別するもんだとばっかり思っていましたけど。

かば:4日熱は間が3日で、3日熱は間が2日で、熱帯熱はどうでしたっけ?間隔が適当で重症化しやすいんでした?

かわうそ:
たぶんそうです。イヤーノートのコピーを入れてあるのでご参照下さい。
この症例では、本来予防目的のドキシサイクリンは帰国後も1ヶ月内服しないといけないのに、その情報がなぜか患者に伝わっていなかったようです。あとは旅行者腸炎、インフルエンザ、レプトスピラ、レジオネラ、HIVなどを考えるべきとのことです。
ただし、なんといってもエボラ疑いですので、かなり検査が制限されるんですよ。(TOT)

ただ、安心して下さい。検査部もちゃんと準備をしていますよ?何人かの技師がいくつかの検査ができるように練習したみたいです。

マラリアといえば血液のスメアと思っていましたが、やっぱり感染制御が厳しいんでしょうか。ここではPCRを使った迅速キットで診断しています。Figureに詳しく載っていますが、やっぱり熱帯熱マラリアでした。

きりん:ふーん。

かば:でも血液使うんですよね。Antigen in bloodってかいてありますね。

かわうそ:ですね。スメアよりは危なくないのかもしれませんけど。
とにかく、エボラ出血熱疑いの患者に対応するためには、エボラ出血熱疑いだけど他の疾患の場合という状況をきちんと想定しないといけないんですね。エボラの検査、これはPCRだけできればよいというわけではなく、マラリア、ナイセリア、サルモネラなどの検査が、もちろん血算生化学など一般的な検査もですが、そういうことを感染制御しながらできるような環境にしないといけないわけです。

その4につづく


2015年11月13日

エボラ出血熱疑い患者を診るということ その2

MGHケースカンファです。エボラ出血熱疑い患者の実際の対応の参考になります。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 28-2015. A 32-Year-Old Man with Fever, Headache, and Myalgias after Traveling from Liberia.
N Engl J Med. 2015 Sep 10;373(11):1060-7.
Biddinger PD, Hooper DC, Shenoy ES, Bajwa EK, Robbins GK, Branda JA.

2015年10月14日

その2

その1からつづき

かわうそ:病院では、陰圧室に隔離されています。訴えとしては、頭痛がけっこうひどいこと、倦怠感、嘔気、食欲不振くらいですね。既往歴もケガ以外は特にありません。今回の海外派遣にあたって、きちんとワクチンを一通り打っています。さらにリベリアのあたりはマラリアの浸淫地らしいですので、ドキシサイクリンを予防内服しています。ただし、これは帰国後もけっこう長く飲まないといけないらしいのですが、やめていますね。あとはアレルギーも内服薬も、気になる生活歴もないですね。動物の接触歴もなし。
趣味は、アフリカ、中東、コーカサスの旅行のようです。9.5年前にけっこう長期間旅行したと書いてあります。大学の時なんでしょうか。羨ましいですね。私なんて、しがらみさえなければ、すぐにでも失踪して放浪したい人間ですから。出家遁世が望みですよ?

きりん:私たちがしがらみになりますので、仕事投げ出さないで下さいね。

かわうそ:あ、ありがとうございます。(T-T)
今回の派遣の時も、暇な時はMonrovia(リベリアの首都のようです)とかいろいろ旅行したようですが、仕事以外でエボラウイルス感染はなさそうということです。
ただし、蚊は多いです。よく刺されたとわざわざ書いてあります。

さて、この人のエボラ出血熱感染のリスクは実際どれくらいなんでしょうか?
まずはエボラ出血熱を疑うべきかどうかについての基準があります。流行地からの帰国者で、発熱があって、さらにひどい頭痛、筋肉痛、嘔吐、下痢、異常な疼痛、そして説明不能の出血のうち1つ以上の症状です。この患者さんの場合は、発熱、頭痛、筋肉痛が当てはまりますね。
さらにどれくらい感染の可能性が高いのか、というのも基準があり、Table 1にまとめてあります。この症例では、「low but not zero risk」となります。ちなみに、直接患者さんと会ったり、体液に接触したりすれば、high riskになってしまいます。

 この運び込まれた病院も、医療資源に余裕があって、こういう特別な感染症にいつも対応しているわけではないです。日常業務をこなしながら、さらに非常時に対応しないといけないわけで、ここから先は、報告というか愚痴というか、むしろ自慢みたいになっています。
まずは、対応する場所の確保です。ICUの廊下の一画を改装したみたいです。スタッフも集めています。看護師32人、医師16人です。前もってPPEの使い方を練習していた人々です。なるほどなって思うのですが、PPEは着て脱ぐことだけ練習すればいいってものではないですよね。宇宙服みたいなのを着た上で診察したり検査したりしないといけないんです。聴診はできませんし、採血や静脈ラインとるのは大変そうですね。

かば:下手したら中心静脈カテーテル挿れなきゃいけないんですよね…。

かわうそ:phlebotomy、静脈切開術という聞き慣れない単語がわざわざ使われていますので、ライン確保ですら単なる穿刺ではないんでしょう。
エボラの場合には、食事できなかったり電解質バランスが崩れたりもしやすいらしいです。今回も、輸液だけでなく経腸栄養も用意していたと書いてありました。この患者さんは元気ですので、実際には使われなかったのですけど、場合によっては、ライン確保だけでなく経鼻胃管や、もっと言えば挿管人工呼吸管理、透析などの可能性もあるわけですよね。こう考えると、動画見ながら着る練習してるだけでは全然足りないですよ。
あと、使用して汚染されたものをどう処分するかというのも大きな問題です。物品の流れについてもきちんとシミュレーションして、専任のスタッフを指名したと書いてあります。

かば:「情熱大陸」で感染症センターでもこんなのやっているっていう話みたことあります。

かわうそ:あ、そうなんですか。知りませんでした。こんなに準備していたんだなって思うと、面白いですよね。
ようやく検体を採取したあとも、まだまだ受難は続きます。検査もやっぱり大変です。直接体液を扱うので。

さて、この時点でみなさんどう思っていますか?鑑別診断はできていますか?

その3へつづく


2015年11月11日

エボラ出血熱疑い患者を診るということ その1

MGHケースカンファレンスです。まずは現病歴まで。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 28-2015. A 32-Year-Old Man with Fever, Headache, and Myalgias after Traveling from Liberia.
N Engl J Med. 2015 Sep 10;373(11):1060-7.
Biddinger PD, Hooper DC, Shenoy ES, Bajwa EK, Robbins GK, Branda JA.

2015年10月14日

その1

かわうそ:今日は、32歳の男性の発熱、頭痛、筋肉痛です。問題は、リベリアから帰ってきて8日後にこの症状がでてきた、というところなんですよね。タイムリーな話題です。
ちなみに、リベリアって国をご存知ですか?(*´∀`*)

かば:いいえ。

かわうそ:エボラ出血熱の流れでこのケースカンファなので、当然西アフリカですよね。

かば:九州で言うと長崎あたり?

かわうそ:九州で言うと長崎なのか熊本なのか…。あんまりアフリカと九州を合わせて考えたことがないので…。すいません。でも多分その辺りです。ギニアとかシオレラ…

かば:シエラレオネ、ですね。(-_-;)

かわうそ:それです。そのあたりの一角にあります。


確かに長崎あたりかもしれませんね。
で、リベリアってのはけっこう面白い国です。アメリカの解放奴隷が作った国なんです。

かば:へー。

かわうそ:リンカーンの奴隷解放宣言したときに、一部の人がもどって独立したんでしょうね。
アフリカの国っていうのは、たいてい第二次世界大戦のあとに独立した国なので、それらと比べると歴史のある国です。アフリカではエチオピアの次に古い国のようです。ちなみに、エチオピアっていうのは日本の次に長い歴史を持つ国とされています。
でも、歴史が長いから落ち着いた国かというとそうでもないみたいでして、ウィキペディアで調べてみると、つい最近まで内戦していたとか、舗装された道路はほとんどない、みたいに書いてあります。

かば:ちょっと西伊豆の仲田先生みたいなマクラですね?

かわうそ:ありがとうございます。(^ω^)
そんなリベリアから帰ってきた人なんですけど、リベリアに3ヶ月も行っていた理由は、エボラアウトブレイクの対応のためのNGOの一員として働いていたからなんです。ただ、患者と直接の接触はなく、遠くから見ていただけのようです。ですから感染のリスクは低いはず、という本人の自己申告があります。
この人は8日前にリベリアから帰国していますが、アメリカはやっぱりすごいな、と思いますね。エボラウイルス感染モニタリングプログラムというものがあって、それに則ってフォローされています。具体的には、1日2回の体温を測定して、体調とともにしかるべきところに報告するというものです。これを潜伏期間の3週間の間続けるわけです。
で、その日の朝、38度の発熱があって、悪寒を感じて、頭痛とか筋肉痛とかがあるということを報告したところ、PPE、personal protecting equipmentに身を包んだ救急隊員が颯爽と登場するんです。隔離搬送用のカプセルと患者用のマスクとか不透過性のつなぎ服を持ってきて、この患者は病院に運ばれたというわけです。

かば:すごいですね。

かわうそ:患者さんは比較的元気そうなんですけどね。意識清明で見当識障害なく、会話も可能です。あと、次の記述も参考になりますね。患者から6フィート、だいたい2m離れたところから問診をとったと書いてあります。

かば:すごい。日本だったら、たぶんこうやって保健所に連絡したら、場合によっては、すぐ近くの病院に行って下さい、と言われて終わりかもしれないですね。タクシーとかに乗って自分で行けと言われかねないですよ。恐ろしい…。

かわうそ:そうですね。この辺りの対応の仕方は、ちゃんとしていてすごいですね。感動します。

その2につづく


2015年11月9日

2万5千年の荒野? その4

放射線被曝以外にも問題があります。

Health effects of radiation and other health problems in the aftermath of nuclear accidents, with an emphasis on Fukushima.
Lancet. 2015 Aug 1;386(9992):479-88.
Hasegawa A, Tanigawa K, Ohtsuru A, Yabe H, Maeda M, Shigemura J, Ohira T, Tominaga T, Akashi M, Hirohashi N, Ishikawa T, Kamiya K, Shibuya K, Yamashita S, Chhem RK.

2015年10月21日

その4

その3からつづき

さて、長期の影響については、食事からのセシウムに多くのスペースが割かれています。汚染されたものを流通させないように涙ぐましい努力をされたようですね。
ただ、やっぱりプルトニウムとかウランについてはノーコメントを貫いています…。影響ないってことで検討にも値しないんでしょうか?なんか納得しかねますけど。
さて、ここから先は放射線被曝とは関係ないものの、人々に影響を与えていることについてのお話です。
まずは避難生活についてです。震災以来、170000人が避難生活を送っています。避難3ヵ月以内では、死亡率が3倍、その後も1.5倍という数字が載っています。入院患者や施設入所者はもっと影響が大きいです。
PTSDや鬱、不安障害も問題になっています。筆者の一人が、東京電力の人の精神状態を診る仕事をしているようです。COIも開示されています。で、原発事故後の対応についてかなり批判されていることで、精神的に参ってる従業員がけっこういるとかわざわざ書いてあります。

家族や地域社会の人間関係にも、影響があります。子どもへの被爆を心配して引っ越ししたい妻と、仕事の都合で反対する夫の確執とか、それまで仲良かった隣人でも、保障額の違いでいがみ合ったりする事例が報告されているとのことです。恐ろしいですね。
最後にStigmaについてです。例えば、福島の若い女性が、将来の妊娠や遺伝の影響について心配したりとか、そのため、震災時に福島に住んでいたことを隠さざるをえないような状況もありえるということです。
こういうのは、広島や長崎の被爆者などでも報告されているようです。「夕凪の街 桜の国」というマンガにそういう描写があったと思います。
自分のライフヒストリーを隠さざるを得ないということは、これに伴う悩みなんかも人に話せないということなので、やっぱり傷が深いですよね。悲劇的なことだと思います。

あと、美味しんぼ事件とかいろいろ言いたいこともあるんですけどね。やっぱり私は美味しんぼがけっこう好きなので。とはいえ、今回は長いことお付き合いいただきましたので、この辺で。

ありがとうございました。

2015年11月7日

2万5千年の荒野? その3

急性期の被爆問題についてです。

Health effects of radiation and other health problems in the aftermath of nuclear accidents, with an emphasis on Fukushima.
Lancet. 2015 Aug 1;386(9992):479-88.
Hasegawa A, Tanigawa K, Ohtsuru A, Yabe H, Maeda M, Shigemura J, Ohira T, Tominaga T, Akashi M, Hirohashi N, Ishikawa T, Kamiya K, Shibuya K, Yamashita S, Chhem RK.

2015年10月21日

その3

その2からつづく

この次の項では、原子炉爆発時の日本の対応についてあります。日本政府が、2011/3/11から3/13にかけて、原発から半径3km、10km、20kmと段階的に避難させています。ただし、原子炉が水素爆発したのは、3/12と3/14ですけどね…。

 次が従業員の被爆についてです。対応が良かったので、放射線障害による被爆者は0と誇らしげに書いてあります。Table2が、東京電力の技術者と下請けの被曝量の違いです。東京電力の技術者の方が、数は少ないけど被曝量が多い人の割合が大きく、危険な仕事に従事しているということを示したいようです。あと、急性の障害がでるほどの大量の放射線被曝はなかったことも強調されています。

地域住民の被曝については、急性期とそれ以降に分けられています。
急性期については、まずは推定の値が書いてあります。2011年の3月から6月までのexternal effective dosesはほとんどで2mSv以下、平均で0.8mSvとのことです。事故直後に最大25mSvという推測があります。ちなみに、放射線ヨードが体内に入る経路としては、食品の流通制限がかなり厳しかったので、経口摂取はほとんどなく、吸入がメインとのことです。それでも、生後1ヶ月の乳幼児で最大80mSvの甲状腺への影響があるかもと予測されています。
限られた症例で直接測定が行われていまして、それも書いてあります。30kmゾーンの62人の避難者で甲状腺のモニターをしたところ、大人では最大33mSv、平均3.6mSvで、子どもでは最大23mSv、平均4.2mSvでした。ホールボディーカウンターでも測定しており、こちらは20-30kmの屋内にいた人62人です。甲状腺への実効線量は最大18.5mSv、平均で0.67mSvです。
予測と実際に測定されたものを比較して、それほど乖離していないという理解でいいのでしょうか。
あと、これはさすがに原発から遠い人たちが対象ですね。そして、これが重要なのですが、この被曝量が多いのか少ないのか、少なくともこの文献を読むだけではわからないというのが問題なんです。準備不足ですみません。

そして、ここはちょっとおもしろいなと思うんですけど、WHOから、特に福島の汚染の強い地域では女の子で甲状腺癌のリスクがわずかだが上がるという警告がだされているんですが、それに対してかなりキツくこの筆者が反論してるんですよ。
…、まあ聞いて下さい。まず、この予測は、放射能汚染を過大評価している報告に基づいているのでちょっと差し引く必要があるというわけです。そうなのかもしれません。次に、たしかに放射線から防御するためにはヨード剤を飲むのが唯一の方法であると。そこは認めています。実際、飲むかどうか混乱と遅れが生じていたと。だがしかし、予測上の甲状腺被曝はヨード内服の必要のないくらいだったし、日本人はもともと海藻の摂取量が多いので、やっぱり必要はない。だから心配する必要はないと。
にもかかわらず、無知のため心配する人が多いので、批判があるのは十分承知していますが、甲状腺エコーでスクリーニングしています。
 …、たしかに曲解してる部分があるのかもしれませんが、何かそういうニュアンスを感じたんですよね。
ただ、福島医大の関係者がヨード剤内服が必要ないと言うのは、違うと思います。というのもですね、ご存知でしょうか?彼らは自分たちと家族にはヨード剤を配っていたという話を。
これは、私が実際に学会で福島医大の先生に質問して聞いたことですので事実だと思います。あんまり話題にはなっていませんけど。たしか、福島医大は、ヨード内服についての判断や助言をするような役割ではないということらしいです。だから、自分たちの責任で、自分たち用に備蓄していたヨード剤を関係者に配布したということのようです。まあ、それはそれでなるほどと納得できますけど。ただ、不必要な人に配布してもし副作用が出た場合のことを考えると一般の人へのヨード配布は難しいのではないか、という話もありました。でも、NEJMにのってた総説では、ポーランドでチェルノブイリの時に1千万人にヨード投与を行って特に副作用はなかったと報告されているようなんですけどね。私は、うかつにもこういう情報を知らずに質問しているので、ふみこんだ切り返しとかできずにいました。けど、今なら聞いていますよね、「でもNEJMにはヨード内服による副作用はなかったといわれていますど。いったい何の副作用を危惧して内服させなかったんですか?」とか。
私としては、こんなところで日本独自のエビデンスを作り出そうとこだわりをみせるようなことはしてほしくないんですよね。
もちろん、福島の住民と原発事故と全く関係ない遠くの地域の住民での、甲状腺スクリーニングの比較は必要でしょうけど、内服のありなしで甲状腺癌に変わりがあるのかってことを、せっかく比較対照があるんだから、是非報告が聞きたいです。でも、これもその学会で聞いたんですけど、どうやら研究に制限がかけられているといううわさもあるんですよね…。うわさであって欲しいですけど。

その4へつづく


2015年11月5日

2万5千年の荒野? その2

福島原発事故と他の大きな原発事故の比較についてまとめています。

Health effects of radiation and other health problems in the aftermath of nuclear accidents, with an emphasis on Fukushima.
Lancet. 2015 Aug 1;386(9992):479-88.
Hasegawa A, Tanigawa K, Ohtsuru A, Yabe H, Maeda M, Shigemura J, Ohira T, Tominaga T, Akashi M, Hirohashi N, Ishikawa T, Kamiya K, Shibuya K, Yamashita S, Chhem RK.

2015年10月21日

その2

その1からつづく

次に過去70年の間に起きた大きな事故のことが表にまとめられています。440以上の事故が起きていますが、そのうち大事故は5つです。旧ソ連のKyshtym、イギリスのウィンズケール、アメリカのスリーマイル島、また旧ソ連のチェルノブイリ、そして福島です。
表を見てみると、さすがにチェルノブイリは圧倒的に大きな事故です。放射性物質の量だとか、汚染区域だとか。しかし、避難された方の人数では、福島がチェルノブイリを逆転しています。人口密度の問題なんでしょう。後、気になる点としては、Release of radioactivityの項目で、他の4つは概算が出ているのに対して、福島だけかなり幅があります。131Iが100000ー500000TBqで137Csが6000ー20000TBqです。これは把握できていないのか、または現在進行形で排出されているのか、それとも他に理由があるんでしょうか。

ただ、原発事故、とくに福島のような原子炉が水素爆発を起こして破壊された場合、問題になるのはウランとかプルトニウムなんじゃないかと思うんです。半減期が長いので。それについては全く触れられていないのは、なんとしても不可解ですね。
というのもですね、私が今回準備するにあたって最も参考にした資料は、実はゴルゴ13なんです。ご存知でしょうか、ゴルゴ13が原発の水素爆発をギリギリで防ぐ神業的な狙撃をする傑作「2万5千年の荒野」を。((o(´∀`)o))
…あ、ご存じない?すいませんでした。(´・ω・`)
でも、当直室で見かけたらぜひ読んでみてください。原発について勉強になりますし、ゴルゴ13と一緒に最悪の事態を防ごうと奮闘する技師の姿に胸が打たれますし、何よりその技師に対するゴルゴ13が見せる敬意みたいなものも感じられて、すごくいいんです。ちなみに、私が一番好きな話は、「AT PIN-HOLE」ですが、これもご存じないんでしょうね…。昔のゴルゴ13では、ほんのたまにですが友情めいたものを見せる話があって、私はそれが好きなんです。

また脱線した話が長くなっていますが、この話の中で、原子炉が吹き飛んだ場合の影響について対策室で語っている場面があります。引用します。

「最悪の場合、どれほどの被爆が出るのだ?」
「はあ…。爆発した場合、風下の地点について申し上げますと…、炉から2マイル以内は全員1日目に脳をやられて全員死亡…。20マイル離れた地点にとどまった人は…重症の放射線障害が出ます。急性白血病で髪は抜け落ち、50%が1週間以内に死亡。50マイル離れていても1週間で発病するものもいます。その後も、白血病、甲状腺ガン、遺伝子への影響で子々孫々までも長期の影響が現れます…。誰も住めないでしょう…。」
「わずか1%の放射線で大げさな…。ヒロシマも百年は草木も生えないと言われたが、あのとおりだ!」
「ケタが違います!原発はヒロシマの原爆の200倍から400倍あるんです!それに死の灰で、地表や海、川、大気…、あらゆるモノが汚染されます!数百マイル離れでも、農作物は作れなくなります。…死の世界です…。」
「ロスが死の世界になる!…それはどのくらいの期間かね!?百年、いや千年?」
「いえ…。原子炉のウラン235は分裂してプルトニウム239という毒性の強い同位体となります…。その半減期は2万5千年…」
「2万5千年の荒野か…」

さて、この後、各事故について少しまとめてあります。福島第一原発の項目を読んでみましょう。ゴルゴ13が狙撃してくれなかったので、福島第一原子力発電所では冷却水の循環が改善せず、メルトダウンと原子炉の水素爆発を起こしました。まさに先ほどの会話で恐れられていたのと同じ状況ですよね。
 でも実際は、福島はそんな荒野になっていません。むしろ、うわさでは「風の谷のナウシカ」に出てくる腐海みたいになっていると。
…すいません、腐海は言い過ぎでしたね。
マンガに書かれていることを信用するなんてバカみたい、とお思いでしょう。ただ、ゴルゴ13についていえば少し別格だと思います。作家の佐藤優氏も、外交官の時に取り寄せて読んでいたと言ってました。あと、谷垣禎一衆議院議員も「BEST 13 of ゴルゴ13」にコメント載せているくらいですよ。社会情勢を知るための入門として、ゴルゴ13が有用というのは、インテリジェンスの高い方にとってもある程度コンセンサスがあると思います。
なので(?)、少なくとも福島の事故が起きる前までは、一般的には原子炉が爆発した場合にこういう状態になりうるという認識があったはずです。
もちろん現時点ではこの予想は外れていることになります。このあたり、誰かに検証してほしいんですけど。ただ、なんといっても2万5千年という悠久の時に渡る予想です。ここ4-5年で荒野にならなかったことで決めつけるってことはできないと、私は思うんですけどね。

その3へつづく


2015年11月3日

2万5千年の荒野? その1

Lancetの福島原発事故についての総説のまとめです。

Health effects of radiation and other health problems in the aftermath of nuclear accidents, with an emphasis on Fukushima.
Lancet. 2015 Aug 1;386(9992):479-88.
Hasegawa A, Tanigawa K, Ohtsuru A, Yabe H, Maeda M, Shigemura J, Ohira T, Tominaga T, Akashi M, Hirohashi N, Ishikawa T, Kamiya K, Shibuya K, Yamashita S, Chhem RK.

2015年10月21日

その1

今回は録音機器(旧式のipod touch)の不調により、勉強会の様子が録音されていないため、かわうその準備原稿(というほどたいしたものはありませんが)から再構成します。というわけで、合いの手はありません。ご了承下さい。かば、きりん両先生の発言は想像して補っていただければと思います。
今回は非常に好き勝手語っていますが、文責は、すべて私、かわうそにあるということです。

かわうそ:今回は、Lancetの福島原発特集からです。つい最近、Epidemiologyに福島で甲状腺癌が増加しているという論文が出てましたね。恐ろしいことに一部を除く世間では全くニュースにはなっていませんが。とにかく、それをきっかけにして以前コピーしておいたこの文献を読みなおしましたので報告したいと思います。
"From Hirosima and Nagasasi to Fukushima"という3回シリーズのうち、2を取り上げます。筆者は主に福島大学の先生方です。

まず、現在全世界で437の原発が稼働しており、さらに発展途上国で建設が進んでいます。これは増加するエネルギー需要があるためある程度仕方がないこと、と書いてありますが…。
これについてちょっと言わせて下さい。もちろん私はこの分野の専門家ではありませんので、かなり的はずれな意見になっているのかもしれませんけど、私は化石燃料だけでは足りないから原子力エネルギーを使わないといけないとか、地球温暖化を防ぐためにCO2を削減しないといけないから原発の方がいいとかいう意見には懐疑的なんです。何処か変です。つじつまがあわない。
まず、こういうのって、施設の建設費とか維持費とか、燃料がいくらで購入できるとか、発電の時にどれだけCO2が排出されるとかだけの問題ではないはずですよね。結局、原子力エネルギーだといっても、燃料の発掘や運搬、精製などのどこかの段階で化石燃料に依存しているはずですよ。そういうものをトータルで見た場合、本当に原子力エネルギーがいいのかなって、私は疑問に思います。だいたい、放射性廃棄物をどうするのかという問題も全く解決されていないので、そもそもそのコストを算出することってできないんじゃないかと思うんですけど。
…化石燃料が枯渇するから?そうかもしれないですけど、放射性物質の方が少なくないですか?
…いやいや、やめて下さいよ。高速増殖炉とか夢物語ですよ。
かといって、再生可能エネルギーがあるじゃないか、というわけでもありません。例えば太陽電池を作るときに必要なエネルギーが、その後きちんと回収されるんでしょうか?水力発電のダム建設で壊された環境とか、水没した村に伝わる不思議な慣習とかはコストでは表せなくないですか?まあ、これも門外漢なのでわかりませんが。
…そうですね。たしかに、どこまでを含めてトータルとして考えるのか?という定義の問題なのかもしれません。

脱線しましたが、とにかく原発は必要なので使われているわけで、我々医療従事者としては、nuclear accidentが起きた時の健康リスクについて、広い範囲で理解しておく必要があります、と書いてあります。

その2へつづく