2016年6月30日

スタチン神話再び?

降圧剤と高脂血症治療薬の効果についての論文です。目新しいところは、リスクの小さい人が対象という点です。

Blood-Pressure and Cholesterol Lowering in Persons without Cardiovascular Disease.
N Engl J Med. 2016 May 26;374(21):2032-43.
Yusuf S, Lonn E, Pais P, Bosch J, López-Jaramillo P, Zhu J, Xavier D, Avezum A, Leiter LA, Piegas LS, Parkhomenko A, Keltai M, Keltai K, Sliwa K, Chazova I, Peters RJ, Held C, Yusoff K, Lewis BS, Jansky P, Khunti K, Toff WD, Reid CM, Varigos J, Accini JL, McKelvie R, Pogue J, Jung H, Liu L, Diaz R, Dans A, Dagenais G; HOPE-3 Investigators.


2016年6月8日


かわうそ:降圧剤は、ARB(カンデサルタン)とサイアザイド(ヒドロクロロチアジ)の合剤、つまりエカードです。
高脂血症治療薬は、ロバスタチンですので、クレストールですね。

かば:うちの病院には合剤少ないんですよね。

かわうそ:実は、今回のNEJM(2016年5月26日号)では、一連の研究で3つの同じような論文が載っているんです。
同じような軽度のリスクの人に、降圧剤群とプラセボ群の比較、高脂血症治療薬群とプラセボ群の比較、そしてこの、降圧剤と高脂血症治療薬のコンビネーション群とダブルプラセボ群の比較です。

かば:すごいですね。それを全部やったんですね。

かわうそ:それぞれ3000人ずつ、合計12000人を集めて、これを中央値で5.6年間フォローアップしています。

かば:…(絶句)。

かわうそ:リスクの高い人、心筋梗塞発症後の再発予防ではなく、それほどリスクの高くない人に使った時の効果をみる、というのが目的です。
では、どんな人が含まれるのか、ということですけど、methodsのところにはあまり詳しく書いてありません。男性なら55歳以上、女性なら65歳以上で、心血管系の疾患がなく、年齢以外に少なくとも1つ以上のリスク要因がある人、と書いてあるのみです。

かば:オンラインサプリメント参照ってありますけど。

かわうそ:当然お金を出していないので読めませんでした。
ただし、患者背景のTable 1が参考になると思います。ウエスト/ヒップ比が高い、喫煙歴、HDL-Cho低値、耐糖能障害、家族歴、腎機能障害とかです。
高血圧や脂質異常症は不問ということです。それにもかかわらず、降圧剤と高脂血症治療薬を使うという実験計画がドラスティックでよいですね。

かば:血圧高くない人にも、降圧剤を出すんですか?

かわうそ:そうなンですよ。高血圧のあった人は3割くらいしかいません。平均140/80くらいです。
高脂血症についても総コレステロールが200、LDL-choも120強です。

こういう人がほんとうにマジメに飲むのかどうか疑問だったのでしょうか、最初にお試し期間を設けています。4週間まず内服していただき、コンプライアンスだとか副作用だとかをチェックしたうえで、本番に臨んでいます。最初は6週間、それから6ヶ月毎フォローしています。

アウトカムについては、ちょっと注意が必要です。流行りの複合アウトカムが採用されています。
primary outcomeは、心血管系による死亡、非致死性の心筋梗塞または非致死性の脳卒中の発症です。
secondary outcomeは、primaryに加えて、心肺蘇生された、心不全を発症した、心カテをされた、が含まれるようになります。

結果に移ると、12705人集めてきて、3180人にエカードとクレストールを飲ませました。3181人はクレストールだけ、3176人がエカードだけ、3168人が両方共プラセボ、という感じでやっています。
これから先は、エカードとクレストールの両方とも内服した群と両方共プラセボの群を比較します。

年齢は65.7歳、46.2%が女性でした。血圧は138.1、LDL-choが127.8でした。やはり、普通なら投薬しない可能性が高い人々です。

お、けっこう服薬アドヒアランスはいいですね。8割以上の方が2年間飲んでいます。

治療効果としては、Fig 2に載っています。血圧は最長7年フォローしています。

かば:やっぱり血圧下がるんですね。ぱっと見、けっこう下がっているように見えますけど。

かわうそ:よくよく見てください。目盛りの単位がキモです。
まず、プラセボでも5mmHgくらい下がっています。内服群では、さらにそこから6mmHgさがるというわけです。

かば:y軸の目盛りに注意しないとですね。

かわうそ:でも、クレストールだと、LDL-choが30くらい減ります。たいしたものです。

ちなみに、このグラフ、5年までは横ばいなのに、そこから先にはさらに下がったりしているように見えます。油断していると、5年以上飲み続ければさらに効果が出てくるのか、とか刷り込まれてしまいそうです。

でも、よくみるとグラフの下に何人をフォローした結果なのか、という数字が載っています。ここに注目すると、実は5年以上フォローした人が少ないので、結果が変わってきているだけだと思われます。

かば:なるほど。

かわうそ:Table 2がアウトカムのまとめです。複合エンドポイントですが、個々のエンドポイントについても丁寧に件数の数字を出しています。偉い態度だなと思います。

かば:複合エンドポイントにしないと、イベント数が少なすぎて有意差がでにくいんでしょうね。

かわうそ:そう思います。デザイン的にも、低リスクの集団ですし。実際、心血管系が原因の死亡については、有意差がでていません。非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中については有意差が出ているようですが。
とりあえず、primary outcomeについては有意差があったということなんですが…。

かば:5年間フォローしたとき、157人にそういうイベントが起きるところが、降圧剤と高コレステロール薬を飲むと113人まで減らせられた、ということですね。3000人が飲んで30人くらいに効果が出たわけですね。

かわうそ:この結果をどう感じたらいいんでしょうかね。もう少し詳しく数字を追ってみると、コンバインドセラピー群では113人、3.6%にイベントが起きています。ダブルプラセボコントロール群では、157人、5.0%にイベントが起きています。HRが0.71で95%信頼区間が056-0.90、p<0.005です。
どう思います?「すごい、ぜひとも処方するべき」ってな感じで、広告されるんでしょうかね?

かば:製薬会社からすると、イベント発症率を3割近く減らした、とか言われますね。

かわうそ:absolute difference、つまり、5.0%と3.6%の単純な差なんですが、それもきちんと書いてありますよね。1.4%減らしました、といわれると、ほんと大したことない違いですよ。
さらにNNT(number need to treat)を計算すると72でした。つまり、72人治療して、1人救えるというわけです。
普通は隠したくなる数字ですよね。ちゃんと出しているだけ、真摯な態度を感じます。

かば:これを多いと見るか少ないと見るか。あと、医療経済的にどうなのか。
でも、COPDの薬よりはNNT小さいですよね。効いている気がします。

かわうそ:ていうか、COPDとかOSAの論文でこういうのを出しているところを見たことがないンですけど。
循環器科はこういう研究で呼吸器科よりかなり先を行っていますね。

かば:あと、結局スタチンがよく効いているみたいです。

かわうそ:よくご存知で。さっきも言ったように、この号では降圧剤とプラセボ、高脂血症治薬とプラセボでも同じような検討をしています。
で、高脂血症治療薬とプラセボ群の比較だけが、有意差がでました。
ということで、この3つの論文を読んだ感想として、クレストールの力がすごいな、という見方もあります。NNT=72ですけど。

かば:NNT=72って、でもけっこうすごくないですか?心筋梗塞の予防と考えたら、処方するかもしれません。
もっと血圧とかコレステロールの高い人だと効果がいいかもしれませんし。

かわうそ:あ、そういう解析もしていました。集められた人の中で、それでも血圧高めの人で解析すると有意差が出たといっています。

かば:きれいな結果ですよね。すごいですね。

かわうそ:実はYusufっていう人が、この3つの論文のうち2つを書いています。

かば:アジア系もが入っていますね。

かわうそ:これまでの研究ではやっぱり白人対象のものが多かったので、人種差を除外するためにいろいろ入れた、とどこかに記載ありました。

でも、私が仮に患者としてこの情報を得た時、やっぱり飲まないと思います。
筋痛・めまいだとかの副作用もある程度ありますし、それ以上に恩恵を受けるのが何十人に一人と言われると…。

かば:昔はもっとスタチン神話すごかったですよね。肺炎にだせ、とかCOPDにも出せ、とか。CRPが0でも、抗炎症作用があるとか。

かわうそ:今はどうなってるんでしょうね。