2016年6月16日

32歳男性、焦げた匂いと感覚異常 その1

いつもおなじみのMGHの症例検討会です。
まずは鑑別診断までです。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 15-2016. A 32-Year-Old Man with Olfactory Hallucinations and Paresthesias.
N Engl J Med. 2016 May 19;374(20):1966-75.
Ronthal M, Venna N, Hunter GJ, Frosch MP.


2016年5月30日

その1


かわうそ:若い男性の、これは珍しいんでしょうね、匂いの幻覚です。

かば:幻嗅ですね。

かわうそ:それと、錯感覚です。だるさ、しびれなどが左側だけででています。

かば:麻痺ではないんですね。

かわうそ:感覚の異常だけです。そういうのが結構長い期間で出てきています。幻嗅については、1年位の経過です。ほぼ毎日、硫黄の匂い、燃えたような匂いを感じて嘔気を催します。2分ほど続くそうです。さらに、6週間前から錯感覚も出てきたので受診しました。
神経学的な身体所見ではほとんど異常はありませんでした。
ただ、MRIを撮影すると、右側頭葉に腫瘤を指摘されました。部分的に造影されています。フレア画像では造影されている部分以上に病変が広がりを見せていたようです。

かば:浮腫でしょうか。

かわうそ:部分発作と診断されて、抗てんかん薬を処方されています。

かば:においといえばてんかんの前兆ですよね。

かわうそ:あ、なるほど。それは気づきませんでした。
で、精査のためにこの病院に紹介されました。
脳神経系の疾患ですので、ふだんならあまり読まないンですが、今回は我々にもけっこう関係のある疾患なので読んでみました。

かば:なんと。

かわうそ:まず、右利きということが一番初めに書いてあります。そして奥歯に虫歯があると書いてあります。このあたりは、頭の病気を見るときにいつも気に留めておくべき情報です。

かば:利き手はわかりますが、虫歯も関係あるんですか。

かわうそ:あとで出てきますけど、脳膿瘍などを考える際に、虫歯からの感染の波及を考慮すべきとのことです。

かば:なるほど。

かわうそ:あと、既往にADHDがあります。…、ほんと最近多いですね。
あとはあまり特記すべき所見はありません。関節痛、口腔内乾燥、呼吸困難などはないと書いてあります。昔、目の手術をしたため、瞳孔や対光反射に左右差ありらしいです。薬としては、最近はじまった抗てんかん薬くらいです。アレルギーはありません。普通に社会人として仕事をしています。飲酒喫煙なし、イリーガルドラッグの使用なしです。人種としては、アフリカ系とカリブ系の系統です。あまり旅行には行っていないようです。自己免疫疾患の家族歴なしです。
もう一度身体所見をとって神経学的異常なし、筋力なども異常なし。血液検査もほとんど異常なしです。心電図はちょっと微妙です。軽度の左室肥大。レントゲンも異常なしです。

MRIの所見をもう一度見てみましょう。Figure 1です。

かば:メタみたいな感じではないですね。リングエンハンスメントではないですし、くりっとした腫瘤病変というよりは、モヤモヤっと不正形ですね。

かわうそ:実はこのような腫瘤は一つだけではありません。さらに、髄膜にそっていくつか小さい結節が広がっています。

かば:髄膜炎とか髄膜播種とか?橋まで広がってますね。

かわうそ:この病変なら、幻嗅や片側の錯感覚の説明はつきそうです。
鑑別診断を上げていくのですが、まずてんかんについて検討しています。

このように、側頭葉に病変がある場合、5割でてんかん発作が出てくるみたいです。怖いですね。
複雑部分発作ということみたいです。このあたりの分類については勉強不足ですいません。部分発作なので意識が保たれるということだと思います。
この辺りの病変だと、嗅覚とか味覚に異常が出るということがわかっているらしいです。

かば:ヘルペス脳炎なんかもそうですよ。

かわうそ:原因としては、先ほど出てきた虫歯のほか、海綿静脈洞血栓症とか脳膿瘍も考えておけというところですが、この人はあんまり感染の兆候がないので、ちょっと可能性が低くなりますね。

全身症状といえば、唾液・涙液の乾燥症状 がないことも注目すべきです。
あんまりピンとこないのですが、唾液・涙液の乾燥症状がないということを、この筆者はやたら強調しています。サルコイドーシスやSLE、シェーグレン、強皮症などの神経症状ではなさそう、と言いたいようです。人種的に黒人ということで罹患率が高いということから、鑑別にあがってくるのでしょう。

ということで、これではいまいち絞れませんでしたので、てんかん発作ではなく、脳腫瘍の画像所見から鑑別をあげてみましょう。
とはいっても、われわれは脳転移くらいしかみたことがないのですが…。

かば:うーん。

かわうそ:拡散強調画像など、MRIの撮影方法の違いでいろいろ見えてくるものがあるようです。
例えば、グリオーマは細胞成分が少ないので写り方がどうこうとか、けっこう力入れて書いてありました。
あと、最近ではMRIのスペクトロスコピーという撮影方法があるようです。

かば:SPECTですか?いわゆる脳の血流をみるやつ?でもあれはCTでしたね…。

かわうそ:よくわからなかったのですが、けっこうかっこいいことが書いてあるんです。腫瘍内部のメタボリズムについての情報がわかるとのことで、どうやら細胞の中になんの蛋白が含まれているのか、というものがわかるらしいんです。
例えば、グリオーマは、おそらく細胞膜のターンオーバーが更新していることを反映して、cholineの量が多く、N-acetylaspartateが少ないということがわかっています。また、lactateが多いと嫌気性のメタボリズムが示唆され、脂質が多いと細胞の壊死を反映するなど、glioblastoma multiformeだと診断できます。これ、たしかERのマーク・グリーン先生が罹患した病気ですよね。

というわけで、脳腫瘍のなかでもどんなものらしいか、ということが想像できるということらしいです。
ただ、この症例では役に立たなかったということでした。

かば:ふふっ。

かば:あと、PETの結果も有用とのことです。ただ、我々の知識では、脳のPETは参考程度らしいので、どういうことなのか…。
まあ結局、いろんな情報を総合すると、悪性新生物ではなかろうということがわかりました。

石灰化も有用な情報と書いてありますが、この人にはそういう所見はなかったように記憶していますので、ここではちょっと省きます。結核の可能性を考えてのことでしょうか?

まとめると、悪性新生物ではない証拠がけっこうあって、炎症性の疾患の証拠がそろっています。
で、鑑別にあがるものは、多発性硬化症、脳炎、サルコイドーシス、ベーチェット病、結核、真菌感染、梅毒ゴム腫というところらしいです。

かば:難しい…。

かわうそ:画像上は肉芽腫っぽいな、というところまでわかりましたが、これ以上するとしたら生検しかないのでしょう。
けっこう気軽に脳生検するんだな、という感想ですけど。

その2につづく