2015年8月13日
その1からつづき
その2
かわうそ:実は、Budd-Chiari症候群でした。こんなの、アルコール性肝硬変だと思い込んでいる自分には思いつかないでしょうね。肝静脈系の流出路閉塞によるうっ血が引き起こすプロセスです。静脈の閉塞がどこで起こるかによってそうとういろいろな症状をきたします。原因もいろいろです。右のページに纏めてあります。薬だとか癌だとかがありますが、この症例では血液凝固異常が関係しそうということです。
剖検でこんなところまでわかるのか、と感心するんですが、肝左葉だけがこうやって萎縮しているというところから、左の肝静脈流入部の下大静脈壁に壁在血栓が剥がれて、末梢にばらまかれてできたものと推測されています。血栓のなかに再開通している部分もあるので、慢性の経過ですね。
で、血栓の原因ですが、DICっぽい血液凝固の異常というところを検討しています。DICとはいいつつも、血小板はそれほど減っていませんし、肝硬変は一部あるものの、右葉の機能は保たれていると予想されますので、DICになるほど、凝固因子産生が阻害されていたわけではないということです。ということは、遺伝的な凝固因子欠乏が疑われるわけなんです。
で、ここで愚痴が入ってきます。検査をしておけと。PT、APTT、D-Dimer、FDPとかだけではなく、プロテインCだとかSだとか、抗リン脂質抗体だとか。あと、病歴ですね。「血栓症に関する詳細な既往歴と家族歴の情報があればなと嘆息するのである」と書いてあるんです…。
かば:はははっ。
きりん:しみじみと語ってますね。
かわうそ:こんなのって、初診時のテンションが全てじゃないですか。アルコール性肝硬変といって紹介された患者さんに、ここまでしておくのは、やはりよっぽど出来た人ですよ…。
わかったところで、救命できたかどうかわかりませんが、私が主治医だとしたら、ここまでCPCでボロカスに言われてしまったら、これまでにない「手をつくしてあげられなかった感」でうちのめされているでしょう。
これだけ解明しつつも、剖検してもわからないことだらけであった、と書いてあります。血栓が原因だったにしろ、血栓ができる原因は不明。全身の臓器の中で肝臓だけに血栓ができている理由も分からない。消化管出血の場所もわからない…。というところで症例提示は終わりなんで、もやもやされるかもしれないですが…。
私の感想ですが、もし自分が主治医だったらという仮定の話になるんですが、たぶん、本人には「肝臓悪いですね、お酒のせいですね」とか言ってたと思うんですよ。で、同僚の先生にも、「今までの生活のつけが回ってきた患者がいて大変ですよ、勝手に帰っちゃうし、やっかいですよ」とか愚痴を言っていたと思うんです。
でもですよ、このノートってところを見て下さいよ。「肝臓以外なんら問題はない人体でありました」とあります。大動脈の粥状硬化症は片鱗すらなく、肺は炭粉沈着を認めず、胸膜癒着すらもない。腎臓も心臓も脳も。で、「大量飲酒歴があるといわれ、アルコール性肝硬変と告げられた一人暮らしの60歳の女性Nさん。唯一障害の標的となった肝臓もアルコール性肝硬変ではなかった」…。
かば・きりん:せつない…。
かわうそ:主治医の指示に従わず勝手に退院した、というところは、少し性格の偏りを伺わせますが、これも、もしかしたら何かそういう風にならざるを得ないようなエピソードが、その人生の中にあったのかもしれないな、と思ってしまいました。というわけで、いろいろなことを考えさせる症例です。
われわれがよく会うCOPDの患者もそうかもしれません。たしかに、タバコを吸ってできたものなので自業自得だと考えがちです。でも、タバコ吸ってもCOPDにならない人もたしかにいるわけです。
チーター:そうですね。
かわうそ:そこは遺伝とか素因とか、喫煙感受性の問題のようです。となると、COPDになるならないは本人のせいではない、という考え方もできます。そういう体質については、本人の責任はないわけですから。
となると、患者の自業自得だ、みたいな考え方はよくないな、と思います。そこまで考えてくると、いったいどういうテンションで接したら良いのかわからなくなります。
そういう思いをこめて、今回、非常に長くて恐縮でしたが、これを読ませてもらいました。
かば:…。これは、アルコール性と思っていたから肝生検をしなかったということなんでしょうか?それとも、状態が悪かったから?
きりん:腹水があったらできないでしょうね。
かば:凝固能も悪いですしね。でも、診断するには、どこかの段階で肝生検できていたらと思うんです。
きりん:この人はアルコール多飲歴とかがあるわけですし、すごく多忙だと心がそっちに流れてしまう感じはわかります。私も、謎の肝不全でやってきた患者を診たことあります。ウイルスも陰性で原因不明で、透析とかしてたのですが、結局剖検になりました。で、結節とかを全くつくらないDiffuse Large B cell lympomaが肝臓と脾臓全てにはびこっていました。
かわうそ:肝生検はしていなかったんですね。
きりん:血小板が3万とかで出来ませんでした。でも、いろいろ文献を調べていくと、そういう状況でも、「すべきだ」というものが多かったです。
かば:診断をつけられる手段があるのなら、やるしかないんですね。
うちの病院なら経皮生検のハードルが低いから、放射線科に相談したらいいですね。
きりん:この人は腹水がもしかしたら邪魔をしたかもしれないですね。
かば:穿刺しないの?
かわうそ:漏出性だからしないのでは?
かば:肝臓ならCART(腹水濾過濃縮再静注法)とかありますよ。
きりん:腹水のコントロールしてから生検はたしかにありですね。
かわうそ:3ヶ月の経過ですので、どこかの段階でできるはずですね。そうなってくると、やはり最初のテンションが決めませんか?高齢の、独居の、アルコール性肝硬変という情報が聞いてきますね。
きりん:たしかに。「2-3杯とか言ってるけど、絶対もっと飲んでるんじゃないの。これはアルコール性だよ」とか言ってそうです。胸が痛いです。
かば:絶対言ってますね。60歳は高齢ではないですけどね。
かわうそ:アルコール性肝硬変に限った話ではないんですが、こういう風に真摯に対応しないといけないというエピソードなら、観音伝説とか空海伝説を思い出します。
昔話で、いいおじいさんおばあさんが旅の人に親切にしたら、それは観音様でご利益があった、とか。救急の偉い先生とかも言ってますよね。
きりん:夜中に慢性膵炎患者がアルコールを飲んで腹痛でやってきたりしても、「ああ仕方がない、診てあげよう」と怒らずにちゃんとできれば一人前、という話ですね。
かわうそ:そうなんです。怒ってしまってはご利益をもらえないんでね。真摯に対応しないといけないなと反省します。
夏休みで行った四国八十八ヶ所巡りでも、そういう伝説のお寺ありました(10番札所切幡寺)。でも、その御利益が、すぐに即身成仏したとかいう話なんですが…。
かば:それはご利益ですか?
きりん:それはちょっと…。
チーター:やっぱりこの人、かわいそうですね。
かわうそ:この本って、けっこうこういう話多くて好きなんですよね。けっこう長いんですけど。
チーター:これ、消化器の専門の先生ならわかって欲しいですけどね。
かわうそ:剖検するくらいなので、どこかで気づいていたんでしょう。話を面白くするために、わからないふりをして書いているのかもしれません。
朝からせつない気分にさせてしまい申し訳ありませんでした。