2015年12月28日

条虫の覚醒 その3

感染と発癌について、ちょっと雑談しています。

Malignant Transformation of Hymenolepis nana in a Human Host.
N Engl J Med. 2015 Nov 5;373(19):1845-52.
Muehlenbachs A, Bhatnagar J, Agudelo CA, Hidron A, Eberhard ML, Mathison BA, Frace MA, Ito A, Metcalfe MG, Rollin DC, Visvesvara GS, Pham CD, Jones TL, Greer PW, Vélez Hoyos A, Olson PD, Diazgranados LR, Zaki SR.

2015年12月16日

その3

その2からつづき

かわうそ:Discussionでいろいろ考察されています。まず、こういう症例はほんとうにまれなのですが、免疫抑制の宿主で条虫が消化管内から逃れてcystを形成して長生きするということは報告されています。変わったところで長く暮らして排除されないようなH. nanaでは、その幹細胞に遺伝子変異が蓄積して、癌細胞化してしまったのではないか、というような仮説が立てられています。

というわけで、一風変わった症例報告でした。

かば:これは症例報告でもNEJMに載りますね。でも、これも治療は一応プラジカンテルとかアルベンダゾールが書いてありますね?

かわうそ:でも、こういう薬は腸管にいる寄生虫にしか効きにくいらしいんです。あと、こんな風にクローン性に増殖した細胞に効果があるかというと…。

かば:わからないですよね。

かわうそ:この方もそういう治療に関わらず亡くなっていますので。
最後に、感染をきっかけにして発症する悪性疾患との関連について触れられていて、ちょっとおもしろいと思いました。
肝炎ウイルスと肝細胞癌とか、ピロリ菌と胃癌とか、HPVと子宮頸癌とか、EBVとリンパ腫とかですね。ちょっと前にけっこう話題になってたと記憶しています。
変わったところでは、タスマニアデビルの絶滅危機の原因もそうですよね。

かば:恐ろしい。ウイルスとかは習いましたけど、条虫って…。

かわうそ:寄生虫では、住血吸虫と肝細胞癌とか膀胱癌とか関連がありませんでした?うろ覚えですが。
あと、この文献のどこかに書いてありましたが、基本的に癌細胞ができるのは脊椎動物に限られているようです。だから、条虫が癌になることは聞いたことがない、と。ただ、条虫の成長というか自然史には、ヒトからの免疫反応が必要らしいんです。特にH. nanaはヒト以外の宿主がないようなので。しかし、HIVでは正しい免疫応答がないので、こんなことになってしまったのかもしれません。

かば:しかも、most common tapewormで、7500万人も感染しているんですね。知りませんでした。

かわうそ:これは、「栃木県の総合内科医のブログ」で紹介されていて、面白そうだったので読んでみました。でもまあ、難しいですね。特にDNA解析の部分が。


2015年12月26日

条虫の覚醒 その2

異型細胞のルーツに迫ります。

Malignant Transformation of Hymenolepis nana in a Human Host.
N Engl J Med. 2015 Nov 5;373(19):1845-52.
Muehlenbachs A, Bhatnagar J, Agudelo CA, Hidron A, Eberhard ML, Mathison BA, Frace MA, Ito A, Metcalfe MG, Rollin DC, Visvesvara GS, Pham CD, Jones TL, Greer PW, Vélez Hoyos A, Olson PD, Diazgranados LR, Zaki SR.

2015年12月16日

その2

その1からつづき

かわうそ:形態学的には、malignancyなのでしょうけど、細胞がけっこうちっちゃいということから、真核単細胞生物の感染なんかも鑑別に挙げたいようです。よくわからない色々な病原菌があげられています。

残念ながら剖検は拒否されましたので、これまで採取された検体を用いて、この病変に迫ろうというのが実はこの論文の目的なのです。こういう症例報告では珍しいと思いますが、MethodsやResultという項目があります。

で、Resultに移りますが、まず、培養では何も生えてきませんでした。
ついで、DNA検査では、99%という高い同一性をもって、H. nanaという条虫の一種のDNAが検出されています。先ほど、病理所見を見た時の予想では、真核単細胞生物の感染なんじゃない?と言われていたので、「unexpectedly」と書いてあります。条虫っていうのは当然多細胞生物ですし、でもそんな組織構造は一切標本内にないのでおかしな話ですよ、これは。

かば:は~。

かわうそ:免疫染色でも確かめられています。巣状になった異型細胞の塊のところが、赤く染まったり、逆にその周囲の正常リンパ節組織が赤く染まったりという写真が並んでいます。これは、H. nanaの抗原抗体反応で染めた場合とヒトの抗原抗体反応で染めた場合の違いだそうです。異型細胞がH. nanaのタンパク質を持っていてヒトのは持っていないということの証拠ですね。

次のFig 3は全くわかりませんでしたが、多分、DNAだかRNAが、どれくらい遺伝子変異があるのか、というものを比較して見せているようです。この辺は慣れていないので理解できません。すいません。

というわけで、これは非常にまれな症例なのですが、条虫が癌になって、その癌細胞が人間の中で浸潤増殖していると言いたいらしいです。

かば:条虫ではなく、条虫の細胞が増えているんですね。寄生した条虫がゾンビみたいになって増えているということ?

かわうそ:ゾンビかぁ。でも、まあ、そういうことなんでしょうね。

その3へつづく


2015年12月24日

条虫の覚醒 その1

ただの悪性腫瘍と思ったら…、症例提示までです。

Malignant Transformation of Hymenolepis nana in a Human Host.
N Engl J Med. 2015 Nov 5;373(19):1845-52.
Muehlenbachs A, Bhatnagar J, Agudelo CA, Hidron A, Eberhard ML, Mathison BA, Frace MA, Ito A, Metcalfe MG, Rollin DC, Visvesvara GS, Pham CD, Jones TL, Greer PW, Vélez Hoyos A, Olson PD, Diazgranados LR, Zaki SR.

2015年12月16日

その1

かわうそ:かなり変わった症例です。難しくて消化不良なところもありますがご容赦ください。
41歳のHIV陽性患者です。あまり治療を受けていません。コンプライアンス不良です。倦怠感、発熱、咳、体重減少で受診されました。CD4とかウイルス量とかからすると、コントロール不良で免疫抑制のひどい状態だと思われます。便からH. nanaの卵とかが発見されています。これは条虫みたいです。

かば:ほう。

かわうそ:レントゲンとCTが載っています。わりと境界明瞭でくりっとした腫瘤が多発しています。

かば:すごいですね。

かわうそ:胸水もありますね。さらに、色々なところのリンパ節が腫脹しており、肝臓・副腎にも結節が指摘されています。
この時点で、条虫が検出されたからなのか、CDCに相談された上で、アルベンダゾール、ARTなどが始まっています。

リンパ節生検をした結果も引き続き載っています。細胞診では、変な形で、核が大きく、細胞質の少ない、つまりN/C比の大きい異型細胞があります。HE染色では、正常のリンパ節の構造が、不整形で、密に集まって巣状になった異型細胞の集まりで置き換わっています。また、この病変の周囲のところは、細胞が融合したような感じになっています。

かば:ふーん。

かわうそ:写真見ても私はあまりピンときませんでしたが、普通と比べて細胞が少し小さいことが、病理の先生にひっかかったみたいですね。細胞が5~6μmしかないみたいで、ヒトなら赤血球くらいの大きさとのことです。
あと、多核で巨大な細胞や細胞分裂像、血管リンパ管浸潤、壊死像などもあります。こういう単語はだいぶ悪性っぽいですね。電子顕微鏡写真も撮っています。リボソーム、ミトコンドリアがrichだそうです。

でも、そうこうしているうちに、だんだんとこの転移巣(?)が大きくなっているようです。ARTの他、アムホテリシンBなども使っているのですが、4ヶ月でどんどん容体も悪くなっています。結局、透析を拒否して亡くなっています。

…、という症例なのですが、さて、何を考えますか?

かば:へへっ。わかりませんけど。

その2へつづく


2015年12月22日

瞬間、呼吸、重ねて

NIV(非侵襲的換気)を始めた時に、呼吸と機械が同期しているかどうかを調べた論文です。

Parasternal electromyography to determine the relationship between patient-ventilator asynchrony and nocturnal gas exchange during home mechanical ventilation set-up.
Thorax. 2015 Oct;70(10):946-52.
Ramsay M, Mandal S, Suh ES, Steier J, Douiri A, Murphy PB, Polkey M, Simonds A, Hart N.

2015年12月9日

かわうそ:parasternal、つまり胸骨の横に筋電図みたいなものをくっつけて筋肉の動きを測定して、機械の圧力やフローを一緒に判定することで、patient ventilator asynchrony、PVAを評価するというものです。

かば:患者と機械が同期していない呼吸がどれくらいあるのか、ということですね。

かわうそ:そうです。NIVをしている時に、PVAがどれくらいあるのかというものを見たい、ということと、PVAがガス交換に関係するかどうかを調べたいわけです。
PVAの検討はこれまでもされたことはあって、トリガーとサイクルについてそれぞれPVAがあるとされています。そしてPVAはガス交換や睡眠の質と関係するということが、これまでは報告されています。PVAが、呼吸の1割を超えたら、Adverse clinical impactがあったという報告があるようです。
しかし、こういう筋電図みたいなものを付けてまで評価したものはないというわけで、今回、sEMGparaという機械を使って研究されています。
2010年から2012年で人を集めていますが、28人ですね。

かば:意外に少ないですね。NIVまでする人はたしかに少ないですけど。

かわうそ:そうですね。PVAの定義としては、まずトリガーの非同期とサイクルの非同期に分けられます。吸気と呼気の同期にそれぞれ対応しているのだと思います。結局トリガーの非同期が主に検出されていますので、こちらについてだけ詳しくみていくと、ineffective effort、auto trigger、double trigger、multiple triggerが定義されています。PSGみたいな図が載っています。筋電図の波形で、double triggerなのかauto triggerなのかを鑑別しています。

かば:面白いですね。

かわうそ:supplementary appendixに詳しく乗っているようですが、手に入れていません。すいません。
人工呼吸器はSTモードで、バックアップの呼吸回数は安静呼気時-2回で設定しています。

結果ですが、28人の平均は61歳、BMIは35、FEV1が1.1Lです。いろいろ疾患によって分けて考察しています。10人がCOPD、6人が神経筋疾患、12人が肥満低換気です。患者背景は疾患によって当然差があります。
また、Table 2を見ると、COPDでは自発呼吸が多いのですが、その他ではPressure controlつまり機械主導の換気の方が多いということです。これは予期されたことですが、自発呼吸が多いほうがPVAが多いということがわかりました。

かば:なるほど。考えてみたら当たり前かもですね。

かわうそ:PVAがそもそも一体何%くらいあったかというと、3割位という結果でした。
前の報告では、1割のPVAがあれば有害事象が増えるため問題ということだったはずですので、大きな違いですね。また、8割の患者でPVAが1割以上という結果になりました。

かば:多いですよね。寝ている間にバッキングとまではいかないまでも、一瞬タイムラグがったりして、けっこう違和感が生じているってことですよね。

かわうそ:そうなりますね。
一番多いのは、ineffective effortということで、筋肉は動いたのに、トリガーとして機械に認識されなかったというものです。逆に、サイクルの非同期の方は数%しかないです。
一応、疾患別に見てみてますが、あまり特徴はなさそうです。有意差がないので。

かば:肥満低換気が一番少ないですかね。

かわうそ:次は、もう一つの目標であるところの、PVAとガス交換が関係あるかということについてです。SpO2モニターとかトスカ(経皮pCO2測定)を使って測定しているみたいですが、結局全く関係はなかった、ということのようです。

かば:すごく非同期呼吸が多いということはわかったけど、ガス交換には関係なくて、臨床的にはあまり意味がないということですね。睡眠の質とか検討の余地はありそうですけど。

かわうそ:あと、これは導入した日の記録なんですって。

かば:なるほど、となると慣れてくるとかわるのかもしれませんね。

かわうそ:本当はPSGをした方がいいんだろうけど、とかも書いてあります。でも、ヨーロッパのガイドラインでは、NIV導入時にPSG測定を義務付けていないので別にいいでしょ、ということみたいです。

かば:へー。なるほど。

かわうそ:呼吸器合う合わないではなく、もうちょっと別の所の設定をいじるべき、ということみたいなのですが、じゃあどこを設定し直すのか、やっぱり見えてきません。
またしても、もやもやの残る論文でした。
ただ、担当患者さんの人工呼吸器の設定でずっと悩んでいるんですよ。イマイチ、圧とかフローの波形が綺麗でなくて、きちんと患者さんの呼吸にあっているのか、と。そういう悩みに対して、あんまり考えすぎなくてもいい、という勇気をくれた論文と言えるのかもしれません。たしかに、患者さんに聞いてもあまり呼吸に違和感がないようですし、血ガスの数字もそれほど悪くありませんので。


2015年12月10日

肺エコーをしよう!?

私はまだ、なかなか実臨床では手が出せていませんが、肺エコーについてです。

Critical Care Ultrasonography Differentiates ARDS, Pulmonary Edema, and Other Causes in the Early Course of Acute Hypoxemic Respiratory Failure.
Chest. 2015 Oct 1;148(4):912-8.
Sekiguchi H, Schenck LA, Horie R, Suzuki J, Lee EH, McMenomy BP, Chen TE, Lekah A, Mankad SV, Gajic O.

2015年11月18日

かわうそ:みなさんがお好きな(?)肺エコーです。
ここに来て教えていただいたおかげで、私も気胸では何とか使えるようになりました。

この論文は、急性の低酸素性の呼吸不全で救急外来に来られた方の鑑別を超音波でやろうというものです。
心不全とARDSとそれ以外の疾患を分けるために必要なエコーの所見は?というものを調べたものです。
134人というのでけっこう大量の症例を集めています。

イントロに入ります。
まず、急性低酸素性呼吸不全(AHRF)の原因として、いろいろなものがあげられています。ALSのような肺に問題のないものもありますし、窒息のような気道閉塞もありますし、心不全やARDSのような心原性以外のpulmonary edemaがあります。血管系もあります。肺塞栓とかですよね。
これらを救急外来でエコーで簡便に鑑別できれば、診療上有用であろうという前提で始まっています。

方法に入ります。
血ガスが重要になりますよね。P/F ratio<300でAHRFを決めていますし。だから、血ガスと心エコーの間隔を6時間以内ときっちりと決めています。
一人に対して、左右4箇所ずつ、計8箇所で肺エコーをやっています。なかなか味のある絵が載っていますよね。後で出てきますが、結局いろいろ見た中で、B lineだけが有用であったとのことです。B lineっていうのは、私はよくわかっていないのですが。気胸しかまだわからないので。

かば:B lineっていうのは、縦にラインがでるやつですよね。間質性病変や肺胞性病変の存在を見ているはずです。

かわうそ:その他、胸水を見たりしていますし、普通の心エコーもやっています。左室の収縮能だとか、拡張能とか。下大静脈も評価しています。ここにはあまり詳しく書いていないんです。アペンディックスに載せてあるようですが、手に入れていません。
さらに、これらを10分以内に行うとしています。かっこいいですね。
結果です。9ヶ月で241人の患者がICUに入りました。AHRFの定義を満たしたのが134人ということになっています。

かば:すごいなあ。

かわうそ:Table 1は患者背景ですね。44%が心原性、31%がARDS、残りの25%が様々な疾患ということになっています。ちなみに、心不全とARDSの両方の要素を持つ人は、心不全に含まれています。
診断については、別々のDrが診断して、一応似たようなものになったとのことです(kバリュー=0.77)。
ARDSの原因は肺炎が最も多かったとのことです。様々な疾患にどういうものがあったかというと、一番多かったのが、肺炎、以下、肺梗塞、COPD増悪、肺塞栓、気胸、悪性胸水と続きます。「様々な疾患」にはどのようなものがあったかというと、片側の肺炎が半分くらい、あとは肺梗塞、COPD増悪、気胸、悪性胸水などでした。

解析については、まず、心原性肺水腫+ARDSというグループととその他の様々な疾患を区別するエコー所見をまず調べています。その他様々な疾患というのは、どうやら片肺の疾患が主なもののようですね。

いろいろ解析した結果、まずは肺エコーでB lineがさきほどの8個の領域のうち、いくつで認められるか、というものです。結局、B lineが3か所以上で見えた場合は、心原性+ARDS群に分類される、と。Figure 4のフローチャートにわかりやすくのっています。

引き続き、心原性肺水腫とARDSの鑑別を調べてみると、多変量解析で残ったものが、左胸水があること、中等度以上の左室の収縮能低下があること、下大静脈の直径が23mm以上であるということが、心原性肺水腫(+ARDS)群に含まれる因子ということがわかりました。
あと、弁膜症とか右心不全とかは、いっさいこの診断には寄与しなかったということです。
スコアリングなども気合入れて作ってありますよ。Fig 4に載っています。

かば:私、EFは測れませんけど…。

かわうそ:私もです。だいたい左室の壁運動がしっかりあるという程度でいいのではないでしょうか?

この論文でも、実は拡張能の指標もしっかりととろうとしていたようなのですが、結局一部でしか測定できずうまく解析できなかった、と著者が嘆いているんです。
それでも、E/e'がけっこう鑑別に有用かもしれないと書いています。

ただですね、こうしてみると「やっぱりエコーはすごい、やってみよう」とお思いになるかもしれません。私もそう思いました。…、Discussionを読むまでは。

かば:ふふっ。

かわうそ:けっこう台無しになるようなことをポロッと書いているあたり、非常に好感が持てますよね。今回検討した、鑑別に有用な所見について述べてあります。
まず、B lineについては、理論的に言えば、聴診でraleが聞こえることに相当するはずです。
そして、左胸水があることは、打診でわかるはずです。
さらに、左室収縮能の低下があるならⅢ音が聞こえるはずです。
最後に、IVCの拡張は頸静脈怒張で代用できるはずです。
というわけで、エコーと身体所見のどちらが感度が高いのか、という問題になってきそうです。
ちょっとテンション下がりますね。あくまで身体所見の確認というスタンスでエコーをするというのは、エコーをするハードルが下ると言えるかもしれませんが。

かば:ここであえて身体所見に立ち戻るっていうのがすごいですね。

かわうそ:しかし、そんなに心不全とARDSの鑑別でもめることはありますか?
循環器科でエコーされて、心機能は大丈夫です、と言われたとしても、B lineが見えて、左胸水があったら心原性だと言ってもいいということですかね?

きりん:まあ、もともと「心原性肺水腫+ARDS」群と「心原性肺水腫のないARDS」群という、区別しているのかどうかわからない分け方ですからね。

かわうそ:そうですね。区別できていないですよね。たまたまみつけて、喜び勇んで読み始めた割には、ちょっともやもやする論文でした。
でも、久しぶりにケースレポートとか総説でなくて原著論文を読みましたよ。

きりん:題名とAbstractは罪ですね。騙されますよね。

かわうそ:肺エコーをしよう!と意気込んで読んでみたら、結局身体所見でよくない?とか言われてますし。

かば:映画の予告編が一番おもしろかったような感じですね。
でも、読んでいなかったのでありがとうございました。B lineっていうのも久々です。

かわうそ:これがあると肺の浸潤影と関係するんですね。

きりん:小葉間隔壁が肺の表面では7mm間隔なので、縦のラインが7mm間隔で見えるということ、3本以上見えるというのがB lineです。これがあると肺水腫とか、あと間質性肺炎の存在が疑われます。

かわうそ:そんなミリメートルのオーダーで戦うんですか…。やってみたいとは思いますが…。

かば:エコーの研究って、たいてい術者の熟練度に左右される、というリミテーションが付きますよね。

かわうそ:エコーあてて、きちんと所見を書いて練習していくしかないですよね。


2015年11月30日

肺炎こわい その3

MGHの症例検討です。回答編と反省会です。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL. 
Case 32-2015. 
A 57-Year-Old Man with Severe Pneumonia and Hypoxemic Respiratory Failure.
N Engl J Med. 2015 Oct 15;373(16):1554-64.
Mansour MK, Ackman JB, Branda JA, Kradin RL.


2015年10月28日

その3

その2からつづき

かわうそ:Blastomycesを見つけるための検査をしましょう、ということでですが、やっぱり気管支鏡検査ですよね。できればBALもと書いてあります。
…。最初ここまで読んだ時は、「なるほど、気管支鏡検査ねぇ。でも、状態悪いから勇気いるよね~。」とか思ったのですが、実はすでに前医で施行されているんですよね。しれっと、negative studyであった、と言われているんです。
で、しょうがないので気管支鏡検査をやりました。BALもやっています。しかも、舌区と右上葉からやっています。両側とはアグレッシブですね。

かば:根性出しましたね。

かわうそ:で、次のページに喀痰グラム染色の顕微鏡写真が載っています。普通のグラム染色でこんなのが見えています。しつこいですが、前の病院でのnegativeだという検査結果はどう受け止めればよいのでしょうか?

かば:痰が多くなくて、検査に出さなかったとか?

かわうそ:うーん…。まあ、そうかもしれません。
プロが見れば、この"large, thick-walled, round-to-oval yeast forms with broad-based budding"だけでBlastomyces dermatitidisということがわかるくらい特徴的な所見らしいです。
そういえば、βーDグルカンも368pg/mlと著明な上昇を認めています。そういえば、血液データのtableには載っていませんでしたね。
ちなみに、アメリカにはblastomycosisの検査キットがあるみたいです。ヒストプラズマもキットがあります。そうとう多いんですね。

かば:すごいね。

かわうそ:診断もついたし、blastomycosisなら、アムホテリシンBを使おう、となります。
しかし、残念です。翌日無尿になり、呼吸状態が悪化します(PF ration=49!)。CVHDやECMOをはじめようという話が出ていますが、上部消化管出血を併発し、ショック状態になります。こういう壮絶な状況のところで、家族から積極的治療の中止の申し入れがあり、亡くなります。
で、剖検の結果が写真にのっています。右肺のマクロ写真では、上葉がまるっきり実質臓器みたいに見えています。顕微鏡写真では、どの染色でもblastomycesが肺の中に充満しています。

気管支鏡で採取したものとはいえ、喀痰検査で診断がついていますので、もうちょい早くわからなかったのか、と悔いが残る症例ですね。早い段階で抗真菌薬を使っておけば、と。

かば:日本にはあまりない病気だと思うけど、私は、もともと健康な人に抗真菌薬を使うところまで辿りつけないように思います。

かわうそ:日本ならもうちょっと早い段階で入院になっているのではないでしょうか。で、おそらくβーDグルカンを測定していて、そこでひっかかって抗真菌薬が始まっていてほしいと思います。でも、そこでアムホテリシンBなのか、ボリコナゾール使っているのかはわかりませんけど。

かば:これは人ごとではないですね。恐ろしい。

かわうそ:肺だけでなく、リンパ節や脾臓にもblastomycesが充満していました。血流に乗って広がっているのでしょう。
あと、健康なはずのこの患者さんですが、肝臓に線維化があり、肝硬変になりかかっていたようです。このあたりも少し疾患の経過に影響を与えていたかもしれないです。
最後に、これは私達にも耳が痛い点なのですが、かなり早い段階で…。

かば:ステロイドですか?

かわうそ:そうなんですよ。抗真菌薬前にステロイドが入っていることがツッコまれています。
基本的には、blastomycosisにステロイド単剤は安易に使ってはいけないようです。抗真菌薬と併用するなら、効果あるかもしれないです。

かば:なるほど。
この症例はいつもと比べても全然わかりませんでした。

かわうそ:知らないとわかりませんよね。
結局人は、自分の知っていること、もしくは知りたいことしか目に入らないんですよね。
この症例も、きっと喀痰検査でblastomycesはあったんじゃないですかね?でも、疑っていなかったので、存在に気がつかなかったとか。ま、あくまで私の勝手な説ですけど。


2015年11月27日

肺炎こわい その2

MGHの症例検討です。鑑別診断を挙げるところまでです。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 32-2015.
A 57-Year-Old Man with Severe Pneumonia and Hypoxemic Respiratory Failure.
N Engl J Med. 2015 Oct 15;373(16):1554-64.
Mansour MK, Ackman JB, Branda JA, Kradin RL.

2015年10月28日

その2

その1からつづき

かば:左の肺炎から始まったARDSですね。基準は満たしていると思います。
起炎菌はぱっとでてきませんけど。外来でたくさん薬入っていますからわからないかもしれないですね。

かわうそ:まず、免疫不全は考えなくてもよいという前提で話をすすめてもらってかまいません。
これだけ抗生剤を使って効果がないので、一般的な市中肺炎は除外できるでしょう。
ということで、この患者さんの趣味であるところの、渓谷歩きに的を絞って起炎菌を考えていきましょう。つまり、風土病を考えようということです。

まず、New Englandでは、tularemiaとかhantavirusなどを考えるようです。
tularemiaは、虫刺されだけでなく吸入でも発症するそうです。虫刺されのあとはなかったのですが、肺tularemiaは症状としては矛盾しません。ただし、冬に発症するところが否定的とのことです。
hantavirus感染症は、急速な呼吸不全をきたしますが、同時に血小板減少とか心筋症もひきおこしますので、少し合わないですね。

かば:はぁ。

かわうそ:海外旅行もあるので、飛行機に乗っているのならということで、もしかしたらMERSかもと考えたいところですが、これも合わないようです。
東南アジアなら、Yersinia pestisとかBurkholderia pseudomalleiなど、つらつらと鑑別していますが、いずれも合いません。

かば:全く知らないのでついていけません。

かわうそ:North Americaの項にくると、ちょっと馴染みのある名前が出てきます。
学生の時、USMLEの勉強会に参加していた時にはよくでてきましたね。CoccidioidesとかCryptococcusとか。この辺りでは真菌感染を考えておけということのようです。
さらに、Lawrence River basinに行ったのなら、Blastomyces dermatitidisとHistoplasma capsulatumを鑑別にあげるべきだ、とこの感染症のDrはおっしゃっています。

きりん:難しいですね…。

かわうそ:ここまで読んでちょっと思ったんですけど、私たちもこういうよくわからない重症肺炎とかみて、絨毯爆撃のように抗生剤・抗真菌剤を使って、治療できたりできなかったりしているじゃないですか。
ひょっとしたら、まだ報告されていない風土病みたいなものが含まれているのかもしれなくないですか?このあたりだと、けっこう秘境的なところにお住まいの方もいらっしゃいますし。もし、そういう疾患の存在を知っていれば、戦う方法もわかるのではないか、と思うわけです。

話を戻します。blastomycosisの場合、10%くらいでARDSになると書いてありますし、たいていは免疫不全ではありません。この症例の経過に一致しますね。そして、死亡率は6-8割です…。大変ですね。
Histoplasmaの方はちょっと合わないようです。リンパ節腫脹がめだつ臨床像のようです。

ただ、これなら喀痰検査でわかるはずなんですが、これまで気管支鏡検査も含めて何度か繰り返されているのに見つかっていないのはどういったわけなんでしょうか?
とにかく、severe blastomycosisが鑑別診断に一番にあがりました。

かば:臨床診断はウイルス肺炎に細菌性肺炎を合併した、ということになっていますが、鑑別診断を考えてみたら、blastomycosisになった、というわけですね。

その3へつづく


2015年11月24日

肺炎こわい その1

おなじみMGHの症例検討、問題編です。病歴まで示します。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 32-2015.
A 57-Year-Old Man with Severe Pneumonia and Hypoxemic Respiratory Failure.
N Engl J Med. 2015 Oct 15;373(16):1554-64.
Mansour MK, Ackman JB, Branda JA, Kradin RL.

2015年10月28日

その1

かわうそ:これはこわい症例です。特に私たちにとっては。読んでて胃が痛くなってました。

かば:えーっ。これが唯一の気分転換なんですけど。

かわうそ:生来健康な57歳の男性が、冬に重症肺炎と呼吸不全で入院しました。経過は早いです。3週間前に発熱、筋肉痛、関節痛、上気道症状が出てきたようです。1週間後、症状がよくならないのでかかりつけ医に行ってインフルエンザの検査をされて、陰性だったのですが、とりあえずインフルエンザだろうということで。まあ冬ですしね。でも1週間たってるので対症療法をされたようです。
でもよくならないので、翌日別の病院に行きます。レントゲンをとったら肺に影があるといわれてセフトリアキソンの点滴とアジスロマイシンを処方されて帰りました。でも、また2日たってもよくならない、症状が続くということで、病院に行きます。ここではステロイドと鎮咳薬を出されています。
さらに2日後、感染症専門医をようやく受診しました。39度の発熱が続いて消耗しており、アセトアミノフェンを飲んでも解熱しない、血痰なんかもありますし、咳と胸痛で眠れていません。

かば:ふんふん。

かわうそ:この時点で頻脈、高血圧、頻呼吸、SPO2低下(94%)、呼吸音の聴診でcoarse cracklesを認めています。血液検査は、白血球が2万、Bandも13%で核の左方移動があります。

かば:血小板も多いですね。炎症!って感じですね。

かわうそ:そうですね。この後の経過も載ってますが、どんどん増えていきますね。
あとは腎機能が悪化していって、アルブミンが下がっていって、という感じで、どんどん状態が悪くなっていくんだな、と暗澹たる気持ちになります。
あと、やっぱり血ガスですね。どんどんPHが下がって、CO2が上がってという感じです。

かば:突然悪くなっていますね。あ、人工呼吸されていますね。

かわうそ:そうですね。前医入院中にNIVが始まって、その後すぐ挿管になっています。
と、まあそういう感じの人です。ようやく入院して、セフトリアキソンとモキシフロキサシンが始まりました。

かば:さすがにもうちょっと早く入院していれば、と思いますね。

かわうそ:このあたりのレントゲン写真も見てください。最初左肺にあった浸潤影がだんだん広がっている様子がわかります。右肺にも淡い陰影がありそうですね。側面像から左上葉とわかります。

かば:最初のレントゲン写真の段階でかなりひどいので入院させていてもおかしくないですね。

かわうそ:日本とずいぶん違います。
というわけで、セフトリアキソン、アジスロマイシン、モキシフロキサシンなどが投与されているにも関わらず、一向によくならない肺炎というわけです。

かば:まだメロペネムが入っていないのもすごいですね…。

かわうそ:そうですね。
ま、このあとでようやくバンコマイシンとかイミペネムが始まっています。

かば:ふふふ。

かわうそ:でも、酸素化が悪くなってきています。そして、気管支鏡を行っています。膿性の喀痰があって、でも粘液腺や閉塞などはなかったようですね。培養では何も生えてきませんでした。このあたりは、あとで問題になってきます。心臓の方もエコーで異常なしです。心源性の疾患は否定してよいです。
先程もすこし触れましたが、NIVが始まって、ちょっと良くなって、でもだめで挿管されて、用量は書いていませんがメチルプレドニゾロンが点滴されています。
この段階で、家族の希望で、MGHに転院になっています。
抗生剤の他、筋弛緩薬、利尿薬、抗血小板薬、抗凝固薬とかもすでに投与されています。
何か追加する治療ありますか?

かば:全部入っていると思いますけど…。IVIGとか?ウイルス性を考えて。

きりん:抗真菌薬とか?

かば:でも、培養検査で検出されていないんですよね。で、もともと既往に免疫抑制もないんですよね?なら、PCPとかも考えにくいですよね…。

かわうそ:既往としては痛風があって、時々鎮痛薬を飲む程度です。アレルギーなし。家族も仕事もあって、喫煙者ですが、怪しげな生活習慣はありません。
エンジニアの仕事の関係で、最近日本やインドネシアに旅行に行っています。
住居はNew Englandの半分田舎ってかんじのところのようです。
入院の1ヶ月前、St. Lawrence渓谷にレジャーで行っています。ちょっと怪しいですかね。
家族歴にα1アンチトリプシン欠損症があるようです。

かば:でも、むしろ高いくらいですね。

かわうそ:身体所見としては、もうやばいですね。ショック状態、徐脈、頻呼吸、全身浮腫です。腎機能もだんだん悪くなって、尿所見にも異常あり、レントゲン写真も悪化の一途をたどり、血ガスも目を当てられないです。
また、喀痰グラム染色で有意な細菌は検出できず、アデノ、パラインフルエンザ、RS、インフルエンザは陰性です。診断の手がかりがありません(×_×)

かば:他人事ではないですね。

かわうそ:これを送られてこられたら震えますね。さて、ここで鑑別診断をあげましょうか。

その2へつづく


2015年11月18日

エボラ出血熱疑い患者を診るということ その4

ようやく大団円です。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 28-2015. A 32-Year-Old Man with Fever, Headache, and Myalgias after Traveling from Liberia.
N Engl J Med. 2015 Sep 10;373(11):1060-7.
Biddinger PD, Hooper DC, Shenoy ES, Bajwa EK, Robbins GK, Branda JA.

2015年10月14日

その4

その3からつづき

かわうそ:というわけで、抗マラリア薬を使いました。イヤーノートに載っている薬と全く違うので、よくわかりませんけど。薬を使ったあと、一日だけ症状が悪化したようですが、その後はだんだん元気になっています。本来、エボラの検査は何度も行う必要があるようなんですが、ここではマラリアの診断加療がうまく行っているので、4日目にもうエボラの検査はやめています。
で、隔離解除されて、ふふっ、「The patient was embraced by many members of the care team」ということで、みんながよかったね、と患者さんを祝福しているんですよ。こういうの書いてあるのはけっこういいな、と思います。感動的です。

きりん:おー。

かば:いいですね。

かわうそ:自分ならどうしてるかな、と考えると、たぶん用もないのに3週間きっちりと隔離して、腫れ物扱いしてるような気がしてます。反省します。

この後経過を追っていくと、また発熱したりしているんです。で、それは別のマラリア感染だった、というオチがついていたりするくらいレアなケースなんですが、今回そういうのはもういいです。続きの展開でそういうネタが霞んでしまっているんです。

実は最後にご本人が登場しています。

きりん:えーっ。

かわうそ:「The patient is here today」とあります。お宝文献ですね。わざわざ来てくれて、今回の件について語ってくれています。これはぜひ紹介したいです。
この人はエボラ出血熱の専門家ですよね。3ヶ月見てきたわけですから。だから、最初は自分はエボラウイルスには感染していないという確信があったみたいなんです。症状はそうかもしれないけど、接触していないし。でも、電話をかけると宇宙人がやってきて、自分を隔離するためのユニットが作られたり、さらにニュースにもなってしまったのを知ると、「やばい、俺、エボラかも…」と思い始めてしまったらしいです。

かば・きりん:はははっ。

 かわうそ:ただ、病院の対応がすごくよかったらしいです。不安に対してきちんと説明して落ち着かせてくれたと感謝しています。

あと、アメリカでの手厚い看護と、それまでいたリベリアでの設備のない状況とを比較すると、その落差に考えさせられるといっています。
もともとリベリアには、今回のアウトブレイクの前には50人くらいしか医師がいなかったようです。
また、西アフリカで亡くなった300人以上のヘルスケアワーカーのうち、なんと180人がリベリアで亡くなっています。
そういうの聞くとせつない気持ちになりますね。

きりん:なるほど…。

かば:うん…。

かわうそ:最後は、とりあえずいい経験だったといって話を締めています。
なにせ、本人の証言が聞けたところがうれしいですね。面白いです。

きりん:いい経験だったといえるところが強いですね。

かわうそ:教訓としては、エボラ出血熱に対応するというのは、マラリアなどその周囲の疾患にも対応するということなんですよね。エボラ出血熱の検査キット準備してます、じゃダメなんですって。

もう一つ、私はアメリカという国はそんなに好きでないんですが、やっぱり偉いなと思いますよね。エボラが否定されて隔離が解除された時に、みんなで患者さんを祝福していますよね。こういうところに、NGOでエボラアウトブレイクに対応するためにがんばっていた人に対する敬意を感じます。
これが日本だったら、「なんで今そんなところ行って、日本に迷惑かけるようなことするの?」とかいう雰囲気が出まくりですよね。でも、もし自分にこういう症例が降ってきたら、やっぱり迷惑にかんじているかもしれないな、と想像してしまいます。反省しました。


2015年11月16日

エボラ出血熱疑い患者を診るということ その3

鑑別診断をあげています。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 28-2015. A 32-Year-Old Man with Fever, Headache, and Myalgias after Traveling from Liberia.
N Engl J Med. 2015 Sep 10;373(11):1060-7.
Biddinger PD, Hooper DC, Shenoy ES, Bajwa EK, Robbins GK, Branda JA.

2015年10月14日

その3

その2からつづき

かわうそ:実はこの症例を担当した先生方は、おそらく最初からエボラっぽくないなって思っていたようです。教訓的なのですが、エボラ疑いということで、そこで思考が停止してはいけないんですよね。エボラが否定されるまで、他の疾患の可能性が頭からすっぽり抜け落ちているようではいけないんです。
もちろん、他の慣れている疾患や症状なら、いろんな疾患の可能性を考えて検査なり治療なりを平行して行うのは普通にできている作業だと思うんですが、エボラとかだと名前に負けてしまいそうです。
というわけで、何の可能性を考えればよいでしょうか?

かば:ふつーのかぜでもこれくらいありますよね?インフルエンザとか。あとマラリアとか。旅行者の発熱で鑑別に上がる疾患はもちろん考えないといけません。

かわうそ:さすがです。筆者もマラリアをかなり早い段階で疑っています。しかも、熱帯熱マラリアです。この時点で、3日熱でも4日熱でもなく熱帯熱マラリアと言い切るところがかっこいいですよね。私は違いがよくわかりませんので。あと、まだ1回しか熱が出ていないのに言い切れますかね?熱の出る間隔で区別するもんだとばっかり思っていましたけど。

かば:4日熱は間が3日で、3日熱は間が2日で、熱帯熱はどうでしたっけ?間隔が適当で重症化しやすいんでした?

かわうそ:
たぶんそうです。イヤーノートのコピーを入れてあるのでご参照下さい。
この症例では、本来予防目的のドキシサイクリンは帰国後も1ヶ月内服しないといけないのに、その情報がなぜか患者に伝わっていなかったようです。あとは旅行者腸炎、インフルエンザ、レプトスピラ、レジオネラ、HIVなどを考えるべきとのことです。
ただし、なんといってもエボラ疑いですので、かなり検査が制限されるんですよ。(TOT)

ただ、安心して下さい。検査部もちゃんと準備をしていますよ?何人かの技師がいくつかの検査ができるように練習したみたいです。

マラリアといえば血液のスメアと思っていましたが、やっぱり感染制御が厳しいんでしょうか。ここではPCRを使った迅速キットで診断しています。Figureに詳しく載っていますが、やっぱり熱帯熱マラリアでした。

きりん:ふーん。

かば:でも血液使うんですよね。Antigen in bloodってかいてありますね。

かわうそ:ですね。スメアよりは危なくないのかもしれませんけど。
とにかく、エボラ出血熱疑いの患者に対応するためには、エボラ出血熱疑いだけど他の疾患の場合という状況をきちんと想定しないといけないんですね。エボラの検査、これはPCRだけできればよいというわけではなく、マラリア、ナイセリア、サルモネラなどの検査が、もちろん血算生化学など一般的な検査もですが、そういうことを感染制御しながらできるような環境にしないといけないわけです。

その4につづく


2015年11月13日

エボラ出血熱疑い患者を診るということ その2

MGHケースカンファです。エボラ出血熱疑い患者の実際の対応の参考になります。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 28-2015. A 32-Year-Old Man with Fever, Headache, and Myalgias after Traveling from Liberia.
N Engl J Med. 2015 Sep 10;373(11):1060-7.
Biddinger PD, Hooper DC, Shenoy ES, Bajwa EK, Robbins GK, Branda JA.

2015年10月14日

その2

その1からつづき

かわうそ:病院では、陰圧室に隔離されています。訴えとしては、頭痛がけっこうひどいこと、倦怠感、嘔気、食欲不振くらいですね。既往歴もケガ以外は特にありません。今回の海外派遣にあたって、きちんとワクチンを一通り打っています。さらにリベリアのあたりはマラリアの浸淫地らしいですので、ドキシサイクリンを予防内服しています。ただし、これは帰国後もけっこう長く飲まないといけないらしいのですが、やめていますね。あとはアレルギーも内服薬も、気になる生活歴もないですね。動物の接触歴もなし。
趣味は、アフリカ、中東、コーカサスの旅行のようです。9.5年前にけっこう長期間旅行したと書いてあります。大学の時なんでしょうか。羨ましいですね。私なんて、しがらみさえなければ、すぐにでも失踪して放浪したい人間ですから。出家遁世が望みですよ?

きりん:私たちがしがらみになりますので、仕事投げ出さないで下さいね。

かわうそ:あ、ありがとうございます。(T-T)
今回の派遣の時も、暇な時はMonrovia(リベリアの首都のようです)とかいろいろ旅行したようですが、仕事以外でエボラウイルス感染はなさそうということです。
ただし、蚊は多いです。よく刺されたとわざわざ書いてあります。

さて、この人のエボラ出血熱感染のリスクは実際どれくらいなんでしょうか?
まずはエボラ出血熱を疑うべきかどうかについての基準があります。流行地からの帰国者で、発熱があって、さらにひどい頭痛、筋肉痛、嘔吐、下痢、異常な疼痛、そして説明不能の出血のうち1つ以上の症状です。この患者さんの場合は、発熱、頭痛、筋肉痛が当てはまりますね。
さらにどれくらい感染の可能性が高いのか、というのも基準があり、Table 1にまとめてあります。この症例では、「low but not zero risk」となります。ちなみに、直接患者さんと会ったり、体液に接触したりすれば、high riskになってしまいます。

 この運び込まれた病院も、医療資源に余裕があって、こういう特別な感染症にいつも対応しているわけではないです。日常業務をこなしながら、さらに非常時に対応しないといけないわけで、ここから先は、報告というか愚痴というか、むしろ自慢みたいになっています。
まずは、対応する場所の確保です。ICUの廊下の一画を改装したみたいです。スタッフも集めています。看護師32人、医師16人です。前もってPPEの使い方を練習していた人々です。なるほどなって思うのですが、PPEは着て脱ぐことだけ練習すればいいってものではないですよね。宇宙服みたいなのを着た上で診察したり検査したりしないといけないんです。聴診はできませんし、採血や静脈ラインとるのは大変そうですね。

かば:下手したら中心静脈カテーテル挿れなきゃいけないんですよね…。

かわうそ:phlebotomy、静脈切開術という聞き慣れない単語がわざわざ使われていますので、ライン確保ですら単なる穿刺ではないんでしょう。
エボラの場合には、食事できなかったり電解質バランスが崩れたりもしやすいらしいです。今回も、輸液だけでなく経腸栄養も用意していたと書いてありました。この患者さんは元気ですので、実際には使われなかったのですけど、場合によっては、ライン確保だけでなく経鼻胃管や、もっと言えば挿管人工呼吸管理、透析などの可能性もあるわけですよね。こう考えると、動画見ながら着る練習してるだけでは全然足りないですよ。
あと、使用して汚染されたものをどう処分するかというのも大きな問題です。物品の流れについてもきちんとシミュレーションして、専任のスタッフを指名したと書いてあります。

かば:「情熱大陸」で感染症センターでもこんなのやっているっていう話みたことあります。

かわうそ:あ、そうなんですか。知りませんでした。こんなに準備していたんだなって思うと、面白いですよね。
ようやく検体を採取したあとも、まだまだ受難は続きます。検査もやっぱり大変です。直接体液を扱うので。

さて、この時点でみなさんどう思っていますか?鑑別診断はできていますか?

その3へつづく


2015年11月11日

エボラ出血熱疑い患者を診るということ その1

MGHケースカンファレンスです。まずは現病歴まで。

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 28-2015. A 32-Year-Old Man with Fever, Headache, and Myalgias after Traveling from Liberia.
N Engl J Med. 2015 Sep 10;373(11):1060-7.
Biddinger PD, Hooper DC, Shenoy ES, Bajwa EK, Robbins GK, Branda JA.

2015年10月14日

その1

かわうそ:今日は、32歳の男性の発熱、頭痛、筋肉痛です。問題は、リベリアから帰ってきて8日後にこの症状がでてきた、というところなんですよね。タイムリーな話題です。
ちなみに、リベリアって国をご存知ですか?(*´∀`*)

かば:いいえ。

かわうそ:エボラ出血熱の流れでこのケースカンファなので、当然西アフリカですよね。

かば:九州で言うと長崎あたり?

かわうそ:九州で言うと長崎なのか熊本なのか…。あんまりアフリカと九州を合わせて考えたことがないので…。すいません。でも多分その辺りです。ギニアとかシオレラ…

かば:シエラレオネ、ですね。(-_-;)

かわうそ:それです。そのあたりの一角にあります。


確かに長崎あたりかもしれませんね。
で、リベリアってのはけっこう面白い国です。アメリカの解放奴隷が作った国なんです。

かば:へー。

かわうそ:リンカーンの奴隷解放宣言したときに、一部の人がもどって独立したんでしょうね。
アフリカの国っていうのは、たいてい第二次世界大戦のあとに独立した国なので、それらと比べると歴史のある国です。アフリカではエチオピアの次に古い国のようです。ちなみに、エチオピアっていうのは日本の次に長い歴史を持つ国とされています。
でも、歴史が長いから落ち着いた国かというとそうでもないみたいでして、ウィキペディアで調べてみると、つい最近まで内戦していたとか、舗装された道路はほとんどない、みたいに書いてあります。

かば:ちょっと西伊豆の仲田先生みたいなマクラですね?

かわうそ:ありがとうございます。(^ω^)
そんなリベリアから帰ってきた人なんですけど、リベリアに3ヶ月も行っていた理由は、エボラアウトブレイクの対応のためのNGOの一員として働いていたからなんです。ただ、患者と直接の接触はなく、遠くから見ていただけのようです。ですから感染のリスクは低いはず、という本人の自己申告があります。
この人は8日前にリベリアから帰国していますが、アメリカはやっぱりすごいな、と思いますね。エボラウイルス感染モニタリングプログラムというものがあって、それに則ってフォローされています。具体的には、1日2回の体温を測定して、体調とともにしかるべきところに報告するというものです。これを潜伏期間の3週間の間続けるわけです。
で、その日の朝、38度の発熱があって、悪寒を感じて、頭痛とか筋肉痛とかがあるということを報告したところ、PPE、personal protecting equipmentに身を包んだ救急隊員が颯爽と登場するんです。隔離搬送用のカプセルと患者用のマスクとか不透過性のつなぎ服を持ってきて、この患者は病院に運ばれたというわけです。

かば:すごいですね。

かわうそ:患者さんは比較的元気そうなんですけどね。意識清明で見当識障害なく、会話も可能です。あと、次の記述も参考になりますね。患者から6フィート、だいたい2m離れたところから問診をとったと書いてあります。

かば:すごい。日本だったら、たぶんこうやって保健所に連絡したら、場合によっては、すぐ近くの病院に行って下さい、と言われて終わりかもしれないですね。タクシーとかに乗って自分で行けと言われかねないですよ。恐ろしい…。

かわうそ:そうですね。この辺りの対応の仕方は、ちゃんとしていてすごいですね。感動します。

その2につづく


2015年11月9日

2万5千年の荒野? その4

放射線被曝以外にも問題があります。

Health effects of radiation and other health problems in the aftermath of nuclear accidents, with an emphasis on Fukushima.
Lancet. 2015 Aug 1;386(9992):479-88.
Hasegawa A, Tanigawa K, Ohtsuru A, Yabe H, Maeda M, Shigemura J, Ohira T, Tominaga T, Akashi M, Hirohashi N, Ishikawa T, Kamiya K, Shibuya K, Yamashita S, Chhem RK.

2015年10月21日

その4

その3からつづき

さて、長期の影響については、食事からのセシウムに多くのスペースが割かれています。汚染されたものを流通させないように涙ぐましい努力をされたようですね。
ただ、やっぱりプルトニウムとかウランについてはノーコメントを貫いています…。影響ないってことで検討にも値しないんでしょうか?なんか納得しかねますけど。
さて、ここから先は放射線被曝とは関係ないものの、人々に影響を与えていることについてのお話です。
まずは避難生活についてです。震災以来、170000人が避難生活を送っています。避難3ヵ月以内では、死亡率が3倍、その後も1.5倍という数字が載っています。入院患者や施設入所者はもっと影響が大きいです。
PTSDや鬱、不安障害も問題になっています。筆者の一人が、東京電力の人の精神状態を診る仕事をしているようです。COIも開示されています。で、原発事故後の対応についてかなり批判されていることで、精神的に参ってる従業員がけっこういるとかわざわざ書いてあります。

家族や地域社会の人間関係にも、影響があります。子どもへの被爆を心配して引っ越ししたい妻と、仕事の都合で反対する夫の確執とか、それまで仲良かった隣人でも、保障額の違いでいがみ合ったりする事例が報告されているとのことです。恐ろしいですね。
最後にStigmaについてです。例えば、福島の若い女性が、将来の妊娠や遺伝の影響について心配したりとか、そのため、震災時に福島に住んでいたことを隠さざるをえないような状況もありえるということです。
こういうのは、広島や長崎の被爆者などでも報告されているようです。「夕凪の街 桜の国」というマンガにそういう描写があったと思います。
自分のライフヒストリーを隠さざるを得ないということは、これに伴う悩みなんかも人に話せないということなので、やっぱり傷が深いですよね。悲劇的なことだと思います。

あと、美味しんぼ事件とかいろいろ言いたいこともあるんですけどね。やっぱり私は美味しんぼがけっこう好きなので。とはいえ、今回は長いことお付き合いいただきましたので、この辺で。

ありがとうございました。

2015年11月7日

2万5千年の荒野? その3

急性期の被爆問題についてです。

Health effects of radiation and other health problems in the aftermath of nuclear accidents, with an emphasis on Fukushima.
Lancet. 2015 Aug 1;386(9992):479-88.
Hasegawa A, Tanigawa K, Ohtsuru A, Yabe H, Maeda M, Shigemura J, Ohira T, Tominaga T, Akashi M, Hirohashi N, Ishikawa T, Kamiya K, Shibuya K, Yamashita S, Chhem RK.

2015年10月21日

その3

その2からつづく

この次の項では、原子炉爆発時の日本の対応についてあります。日本政府が、2011/3/11から3/13にかけて、原発から半径3km、10km、20kmと段階的に避難させています。ただし、原子炉が水素爆発したのは、3/12と3/14ですけどね…。

 次が従業員の被爆についてです。対応が良かったので、放射線障害による被爆者は0と誇らしげに書いてあります。Table2が、東京電力の技術者と下請けの被曝量の違いです。東京電力の技術者の方が、数は少ないけど被曝量が多い人の割合が大きく、危険な仕事に従事しているということを示したいようです。あと、急性の障害がでるほどの大量の放射線被曝はなかったことも強調されています。

地域住民の被曝については、急性期とそれ以降に分けられています。
急性期については、まずは推定の値が書いてあります。2011年の3月から6月までのexternal effective dosesはほとんどで2mSv以下、平均で0.8mSvとのことです。事故直後に最大25mSvという推測があります。ちなみに、放射線ヨードが体内に入る経路としては、食品の流通制限がかなり厳しかったので、経口摂取はほとんどなく、吸入がメインとのことです。それでも、生後1ヶ月の乳幼児で最大80mSvの甲状腺への影響があるかもと予測されています。
限られた症例で直接測定が行われていまして、それも書いてあります。30kmゾーンの62人の避難者で甲状腺のモニターをしたところ、大人では最大33mSv、平均3.6mSvで、子どもでは最大23mSv、平均4.2mSvでした。ホールボディーカウンターでも測定しており、こちらは20-30kmの屋内にいた人62人です。甲状腺への実効線量は最大18.5mSv、平均で0.67mSvです。
予測と実際に測定されたものを比較して、それほど乖離していないという理解でいいのでしょうか。
あと、これはさすがに原発から遠い人たちが対象ですね。そして、これが重要なのですが、この被曝量が多いのか少ないのか、少なくともこの文献を読むだけではわからないというのが問題なんです。準備不足ですみません。

そして、ここはちょっとおもしろいなと思うんですけど、WHOから、特に福島の汚染の強い地域では女の子で甲状腺癌のリスクがわずかだが上がるという警告がだされているんですが、それに対してかなりキツくこの筆者が反論してるんですよ。
…、まあ聞いて下さい。まず、この予測は、放射能汚染を過大評価している報告に基づいているのでちょっと差し引く必要があるというわけです。そうなのかもしれません。次に、たしかに放射線から防御するためにはヨード剤を飲むのが唯一の方法であると。そこは認めています。実際、飲むかどうか混乱と遅れが生じていたと。だがしかし、予測上の甲状腺被曝はヨード内服の必要のないくらいだったし、日本人はもともと海藻の摂取量が多いので、やっぱり必要はない。だから心配する必要はないと。
にもかかわらず、無知のため心配する人が多いので、批判があるのは十分承知していますが、甲状腺エコーでスクリーニングしています。
 …、たしかに曲解してる部分があるのかもしれませんが、何かそういうニュアンスを感じたんですよね。
ただ、福島医大の関係者がヨード剤内服が必要ないと言うのは、違うと思います。というのもですね、ご存知でしょうか?彼らは自分たちと家族にはヨード剤を配っていたという話を。
これは、私が実際に学会で福島医大の先生に質問して聞いたことですので事実だと思います。あんまり話題にはなっていませんけど。たしか、福島医大は、ヨード内服についての判断や助言をするような役割ではないということらしいです。だから、自分たちの責任で、自分たち用に備蓄していたヨード剤を関係者に配布したということのようです。まあ、それはそれでなるほどと納得できますけど。ただ、不必要な人に配布してもし副作用が出た場合のことを考えると一般の人へのヨード配布は難しいのではないか、という話もありました。でも、NEJMにのってた総説では、ポーランドでチェルノブイリの時に1千万人にヨード投与を行って特に副作用はなかったと報告されているようなんですけどね。私は、うかつにもこういう情報を知らずに質問しているので、ふみこんだ切り返しとかできずにいました。けど、今なら聞いていますよね、「でもNEJMにはヨード内服による副作用はなかったといわれていますど。いったい何の副作用を危惧して内服させなかったんですか?」とか。
私としては、こんなところで日本独自のエビデンスを作り出そうとこだわりをみせるようなことはしてほしくないんですよね。
もちろん、福島の住民と原発事故と全く関係ない遠くの地域の住民での、甲状腺スクリーニングの比較は必要でしょうけど、内服のありなしで甲状腺癌に変わりがあるのかってことを、せっかく比較対照があるんだから、是非報告が聞きたいです。でも、これもその学会で聞いたんですけど、どうやら研究に制限がかけられているといううわさもあるんですよね…。うわさであって欲しいですけど。

その4へつづく


2015年11月5日

2万5千年の荒野? その2

福島原発事故と他の大きな原発事故の比較についてまとめています。

Health effects of radiation and other health problems in the aftermath of nuclear accidents, with an emphasis on Fukushima.
Lancet. 2015 Aug 1;386(9992):479-88.
Hasegawa A, Tanigawa K, Ohtsuru A, Yabe H, Maeda M, Shigemura J, Ohira T, Tominaga T, Akashi M, Hirohashi N, Ishikawa T, Kamiya K, Shibuya K, Yamashita S, Chhem RK.

2015年10月21日

その2

その1からつづく

次に過去70年の間に起きた大きな事故のことが表にまとめられています。440以上の事故が起きていますが、そのうち大事故は5つです。旧ソ連のKyshtym、イギリスのウィンズケール、アメリカのスリーマイル島、また旧ソ連のチェルノブイリ、そして福島です。
表を見てみると、さすがにチェルノブイリは圧倒的に大きな事故です。放射性物質の量だとか、汚染区域だとか。しかし、避難された方の人数では、福島がチェルノブイリを逆転しています。人口密度の問題なんでしょう。後、気になる点としては、Release of radioactivityの項目で、他の4つは概算が出ているのに対して、福島だけかなり幅があります。131Iが100000ー500000TBqで137Csが6000ー20000TBqです。これは把握できていないのか、または現在進行形で排出されているのか、それとも他に理由があるんでしょうか。

ただ、原発事故、とくに福島のような原子炉が水素爆発を起こして破壊された場合、問題になるのはウランとかプルトニウムなんじゃないかと思うんです。半減期が長いので。それについては全く触れられていないのは、なんとしても不可解ですね。
というのもですね、私が今回準備するにあたって最も参考にした資料は、実はゴルゴ13なんです。ご存知でしょうか、ゴルゴ13が原発の水素爆発をギリギリで防ぐ神業的な狙撃をする傑作「2万5千年の荒野」を。((o(´∀`)o))
…あ、ご存じない?すいませんでした。(´・ω・`)
でも、当直室で見かけたらぜひ読んでみてください。原発について勉強になりますし、ゴルゴ13と一緒に最悪の事態を防ごうと奮闘する技師の姿に胸が打たれますし、何よりその技師に対するゴルゴ13が見せる敬意みたいなものも感じられて、すごくいいんです。ちなみに、私が一番好きな話は、「AT PIN-HOLE」ですが、これもご存じないんでしょうね…。昔のゴルゴ13では、ほんのたまにですが友情めいたものを見せる話があって、私はそれが好きなんです。

また脱線した話が長くなっていますが、この話の中で、原子炉が吹き飛んだ場合の影響について対策室で語っている場面があります。引用します。

「最悪の場合、どれほどの被爆が出るのだ?」
「はあ…。爆発した場合、風下の地点について申し上げますと…、炉から2マイル以内は全員1日目に脳をやられて全員死亡…。20マイル離れた地点にとどまった人は…重症の放射線障害が出ます。急性白血病で髪は抜け落ち、50%が1週間以内に死亡。50マイル離れていても1週間で発病するものもいます。その後も、白血病、甲状腺ガン、遺伝子への影響で子々孫々までも長期の影響が現れます…。誰も住めないでしょう…。」
「わずか1%の放射線で大げさな…。ヒロシマも百年は草木も生えないと言われたが、あのとおりだ!」
「ケタが違います!原発はヒロシマの原爆の200倍から400倍あるんです!それに死の灰で、地表や海、川、大気…、あらゆるモノが汚染されます!数百マイル離れでも、農作物は作れなくなります。…死の世界です…。」
「ロスが死の世界になる!…それはどのくらいの期間かね!?百年、いや千年?」
「いえ…。原子炉のウラン235は分裂してプルトニウム239という毒性の強い同位体となります…。その半減期は2万5千年…」
「2万5千年の荒野か…」

さて、この後、各事故について少しまとめてあります。福島第一原発の項目を読んでみましょう。ゴルゴ13が狙撃してくれなかったので、福島第一原子力発電所では冷却水の循環が改善せず、メルトダウンと原子炉の水素爆発を起こしました。まさに先ほどの会話で恐れられていたのと同じ状況ですよね。
 でも実際は、福島はそんな荒野になっていません。むしろ、うわさでは「風の谷のナウシカ」に出てくる腐海みたいになっていると。
…すいません、腐海は言い過ぎでしたね。
マンガに書かれていることを信用するなんてバカみたい、とお思いでしょう。ただ、ゴルゴ13についていえば少し別格だと思います。作家の佐藤優氏も、外交官の時に取り寄せて読んでいたと言ってました。あと、谷垣禎一衆議院議員も「BEST 13 of ゴルゴ13」にコメント載せているくらいですよ。社会情勢を知るための入門として、ゴルゴ13が有用というのは、インテリジェンスの高い方にとってもある程度コンセンサスがあると思います。
なので(?)、少なくとも福島の事故が起きる前までは、一般的には原子炉が爆発した場合にこういう状態になりうるという認識があったはずです。
もちろん現時点ではこの予想は外れていることになります。このあたり、誰かに検証してほしいんですけど。ただ、なんといっても2万5千年という悠久の時に渡る予想です。ここ4-5年で荒野にならなかったことで決めつけるってことはできないと、私は思うんですけどね。

その3へつづく


2015年11月3日

2万5千年の荒野? その1

Lancetの福島原発事故についての総説のまとめです。

Health effects of radiation and other health problems in the aftermath of nuclear accidents, with an emphasis on Fukushima.
Lancet. 2015 Aug 1;386(9992):479-88.
Hasegawa A, Tanigawa K, Ohtsuru A, Yabe H, Maeda M, Shigemura J, Ohira T, Tominaga T, Akashi M, Hirohashi N, Ishikawa T, Kamiya K, Shibuya K, Yamashita S, Chhem RK.

2015年10月21日

その1

今回は録音機器(旧式のipod touch)の不調により、勉強会の様子が録音されていないため、かわうその準備原稿(というほどたいしたものはありませんが)から再構成します。というわけで、合いの手はありません。ご了承下さい。かば、きりん両先生の発言は想像して補っていただければと思います。
今回は非常に好き勝手語っていますが、文責は、すべて私、かわうそにあるということです。

かわうそ:今回は、Lancetの福島原発特集からです。つい最近、Epidemiologyに福島で甲状腺癌が増加しているという論文が出てましたね。恐ろしいことに一部を除く世間では全くニュースにはなっていませんが。とにかく、それをきっかけにして以前コピーしておいたこの文献を読みなおしましたので報告したいと思います。
"From Hirosima and Nagasasi to Fukushima"という3回シリーズのうち、2を取り上げます。筆者は主に福島大学の先生方です。

まず、現在全世界で437の原発が稼働しており、さらに発展途上国で建設が進んでいます。これは増加するエネルギー需要があるためある程度仕方がないこと、と書いてありますが…。
これについてちょっと言わせて下さい。もちろん私はこの分野の専門家ではありませんので、かなり的はずれな意見になっているのかもしれませんけど、私は化石燃料だけでは足りないから原子力エネルギーを使わないといけないとか、地球温暖化を防ぐためにCO2を削減しないといけないから原発の方がいいとかいう意見には懐疑的なんです。何処か変です。つじつまがあわない。
まず、こういうのって、施設の建設費とか維持費とか、燃料がいくらで購入できるとか、発電の時にどれだけCO2が排出されるとかだけの問題ではないはずですよね。結局、原子力エネルギーだといっても、燃料の発掘や運搬、精製などのどこかの段階で化石燃料に依存しているはずですよ。そういうものをトータルで見た場合、本当に原子力エネルギーがいいのかなって、私は疑問に思います。だいたい、放射性廃棄物をどうするのかという問題も全く解決されていないので、そもそもそのコストを算出することってできないんじゃないかと思うんですけど。
…化石燃料が枯渇するから?そうかもしれないですけど、放射性物質の方が少なくないですか?
…いやいや、やめて下さいよ。高速増殖炉とか夢物語ですよ。
かといって、再生可能エネルギーがあるじゃないか、というわけでもありません。例えば太陽電池を作るときに必要なエネルギーが、その後きちんと回収されるんでしょうか?水力発電のダム建設で壊された環境とか、水没した村に伝わる不思議な慣習とかはコストでは表せなくないですか?まあ、これも門外漢なのでわかりませんが。
…そうですね。たしかに、どこまでを含めてトータルとして考えるのか?という定義の問題なのかもしれません。

脱線しましたが、とにかく原発は必要なので使われているわけで、我々医療従事者としては、nuclear accidentが起きた時の健康リスクについて、広い範囲で理解しておく必要があります、と書いてあります。

その2へつづく


2015年10月29日

たこつぼ心筋症まとめ

Clinical Features and Outcomes of Takotsubo (Stress) Cardiomyopathy.
N Engl J Med. 2015 Sep 3;373(10):929-38.
Templin C1, Ghadri JR, Diekmann J, Napp LC, Bataiosu DR, Jaguszewski M, Cammann VL, Sarcon A, Geyer V, Neumann CA, Seifert B, Hellermann J, Schwyzer M, Eisenhardt K, Jenewein J, Franke J, Katus HA, Burgdorf C, Schunkert H, Moeller C, Thiele H, Bauersachs J, Tschöpe C, Schultheiss HP, Laney CA, Rajan L, Michels G, Pfister R, Ukena C, Böhm M, Erbel R, Cuneo A, Kuck KH, Jacobshagen C, Hasenfuss G, Karakas M, Koenig W, Rottbauer W, Said SM, Braun-Dullaeus RC, Cuculi F, Banning A, Fischer TA, Vasankari T, Airaksinen KE, Fijalkowski M, Rynkiewicz A, Pawlak M, Opolski G, Dworakowski R, MacCarthy P, Kaiser C, Osswald S, Galiuto L, Crea F, Dichtl W, Franz WM, Empen K, Felix SB, Delmas C, Lairez O, Erne P, Bax JJ, Ford I, Ruschitzka F, Prasad A, Lüscher TF.

2015年9月15日

きりん:NEJMのタコツボ心筋症の報告です。

かわうそ:これは題名見て興味ひかれてた論文です。でも、循環器科の素養に乏しいので敬遠してました。助かります。

きりん:タコツボ心筋症は、1990年から知られた疾患なのですが、その自然経過、管理、そしてアウトカムなどはまだよくわかっていないらしいです。というわけで、ヨーロッパとアメリカの26もの施設の協力を得て、たこつぼ心筋症の研究をしようじゃないか、というのの報告です。インターナショナルたこつぼレジストリーというかっこいい名前の(?)コホートがあるんです。

かわうそ:名前がいいですね。タコツボってのがやっぱりいい味出してますよね。

きりん:1750人の患者を集めていますね。それと、急性冠動脈疾患(ACS)の患者で、年齢・性別を合わせたコホートと比較しています。
たこつぼ心筋症の診断の仕方が書いてあります。まず、1つの冠動脈の灌流領域では説明できないような左室の壁運動の異常があります。もちろん冠動脈の閉塞だったりプラークの破綻だったりが、アンギオで証明されません。新たな心電図の異常やトロポニン上昇は、ACSと同じようにあります。褐色細胞腫や心筋炎がないのが前提です。
ちょっとややこしいのが、これらの基準の例外として、冠動脈疾患が併存してもよい、というのがあるみたいです。その場合、1つの冠動脈の灌流領域で説明のつく壁運動異常はあるんでしょうが、それ以外の壁運動異常は、たこつぼ心筋症の存在を考えないと説明できない、ということなのだと理解しています。実際、あとでも出てきますが、たこつぼ心筋症の1割くらいでは冠動脈の異常があったとされているみたいなんです。

かわうそ:たまたま合併したということなんでしょうかね。

きりん:Figure 1がフローチャートです。1998年から2014年の間に、たこつぼ心筋症と診断された1750人が、30日後と、あとロングタームのアウトカムということで10年後まで(!)カプランマイヤーの解析に回されています。Matched cohortは、先ほどいったようにACSの455人と、それに合う455人が選ばれています。あと、この1750人もいろいろ除外されていますね。30日から先のフォローアップの情報がなかったり、処方の記録がはっきりしないとか、退院後の情報がないとか。
これは心筋梗塞なんかの研究でもよく使われているみたいですが、アウトカムは「major adverse cardiac and cerebrovascular events」ということで、たこつぼ心筋症の再発、心筋梗塞の発症、脳梗塞、一過性虚血発作、全死亡などを含んだイベントです。
この論文の言いたいことは、おそらくほとんどこのTable 1に凝縮されているんだと思います。ACSのmatched cohortと比較すると、たこつぼ心筋症は、胸痛の訴えは少なくて(73.5%対89.6%)、呼吸困難の訴えが多かった(47.4%対35.3%)ということになっています。この人達がすごく言いたかったことは、左室の駆出率が低く(40.7%対51.5%)、左室のend diastolic pressureが高目になっている(22.1%対20.1%)ということだと思います。本文にも、EFが落ちている人がたこつぼ心筋症の8割以上で見られていて、その平均値が40%だということが書いてあります。一方、ACSだと5割位の人でしかEFが落ちていないということになります。
合併症については、たこつぼ心筋症の人でも、2割位で冠動脈疾患がありました。ACSでは当然100%です。続いて、Neurologic or psychiatric disorderですが、やっぱりこういう疾患を持っている人は、たこつぼ心筋症の方が多いですね。あと、いずれも急性期の疾患よりも、過去または慢性期の疾患を持っている方が、たこつぼ心筋症に罹患しやすいみたいです。

かわうそ:この項目だけ、たこつぼ心筋症のTotal cohortとMatched cohortでえらい差がありますね…。どうなってるんでしょう?
あと、NeurologicとPsychiatricを一緒の項目で論じたりすることもあるんですね。ちょっと違和感ありますけど。

かば:Neurologicは脳血管障害との関係で、Psychiatricの方はストレスとの関係ですかね。

きりん:心臓と脳の神経系の関係があるようなことがどこかに書いてありました。
タコツボ心筋症ではカテコラミンの過剰が原因のようなので、頭の病気との関係がいわれています。頭の手術とかクモ膜下出血後ですごくストレスがかかるときの発症が有名ですよね。

かば:そういえば、これは国試ででますよね。

きりん:Psychiatricに隠れていますが、Neurologicもけっこう重要な因子だということが今回の研究ではっきりした、ということでしょうか。やっぱり原因不明っていうのもある程度ありますが。あと、そうはいうものの精神的なトリガーより身体的なトリガーの方がきっかけとしては多いんです(27.7%対36.0%)。
アウトカムについては、ショック状態や死亡については両群で差がないみたいです。
とにかく、患者背景がこのように違うこと、EFがたこつぼ心筋症で重症の人が多いということがわかった、ということが、この研究で言いたかったことのほとんどだと思います。

かわうそ:なるほどねぇ。

きりん:Fig 2は分類の図です。よく見るApical Typeの他、Midveentricular TypeとかBasal Typeとか、Focal Typeとかあります。全然知りませんでした。Focal typeとか、心室瘤とどう違うんでしょうか。エコーで見分けられるのか不安ですが、8割はApical typeなので安心です。
Fig 3はLong term outcomeのカプランマイヤー曲線です。さっきも触れたmajor adverse cardiac and cerebrovascular eventsについてですが、なんと10年経つと5割位でイベントが起きているようです。死亡でみても2割くらいで起きています。たこつぼ心筋症のアウトカムは軽視されがちですけど、ACSと同じくらい慎重に考えるべきなんだと筆者は訴えています。たこつぼだからってなめないでよ、ってことでしょう。
あと、1年後の生存でみると、ACEIとかARBを使うと改善されています。βブロッカーでは、そうではなかったようです。

かば:たこつぼ心筋症は、戻れば心不全にならないからβブロッカーはいらないってことなのかもしれないですね。

きりん:βブロッカーで再発は抑制されるのですが、予後は証明できなかったようです。

かば:10年なら差が出ても、1年では差はでないかもしれないですね。やっぱりたこつぼ心筋症は、最初にすごく心機能が落ちて、そこで死亡なんかもあるかもしれませんが、そこを乗り切ればあとは割りと予後がいい気がします。
あと、普通のACSのカプランマイヤーを横に並べて欲しいですけどね。それと比較しないと、たこつぼ心筋症の怖さがわかりにくいです。
あと、これだけの大規模研究の結果を、独り占めした感がちょっとずるいですよね。横断と縦断と比較で出せません?サブグループ解析もありますし。NEJMだから仕方ないかもしれないですけど。

かわうそ:ずらずらっと人の名前がならんでますけど、日本人いないですね。

きりん:たこつぼレジストリーっていう名前なんですけど、ヨーロッパです。オーストリア、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、ポーランド、スイス、イギリスそしてアメリカです。

かば:けっこうたこつぼ心筋症って経験しますよね。喘息発作に合併したり、術後に発症したりとか。

かわうそ:診断は心カテが必要ってことですよね。エコーでたこつぼ心筋症と診断できても。

かば:エコーだけでは診断できないと高らかに宣言されています。あと、冠動脈疾患の合併もありますからね。

きりん:というわけでタコツボの疫学でした。

かば・かわうそ:ありがとうございました。


2015年10月26日

なつかしき「友人」との再会 その3

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 27-2015. A 78-Year-Old Man with Hypercalcemia and Renal Failure.
N Engl J Med. 2015 Aug 27;373(9):864-73.
Powe NR, Peterson PG, Mark EJ.

2015年9月9日

その3

その2からつづき

かわうそ:肉芽腫性疾患でなぜカルシウムが上昇するのかということも書いてあります。
肉芽腫の中のマクロファージが1,25-dihydroxyvitamin Dを腎外産生するので、骨吸収と腸管でのカルシウム吸収が促進されます。25-hydroxyvitamin Dが活性化されたものが1,25-dihydroxyvitamin Dです。普通は腎臓で活性化されます。今回のケースでは、25-hydroxyvitamin Dは正常でしたが、1,25-dihydroxyvitamin Dを測定していれば有用だったかも、とコメントされています。MGHケースカンファレンスはいろいろ勉強になりますね。

きりん:なつかしいですね。

ベンガルトラ:かばさん、これ内科専門医試験に出るよ!

かば:まじですか。たしかに過去問でいつも戸惑うところです…。

かわうそ:先生のお役に立てればうれしいですけど。
入院時の検査で、これだけの鑑別診断を考えて、検査を出しているというところがすごいですね。ま、入院時と言っているだけで、実は翌日上級医に怒られながらだしたのかもしれませんけど。
最後に、縦隔リンパ節生検で診断がついています。また病理所見を述べてもらいたかったのですが、残念ながら写真にやたらGというマークがついています。これはさすがにゴルゴ13ではなくて、Granuloma、肉芽腫のGですよね。融合傾向のある非乾酪性肉芽腫です。最近はあまり非乾酪性肉芽腫という単語は流行らないみたいです。
さて、治療はどうしましょうか。ちなみに、結核については、除外するため抗酸菌培養を行い、陰性が確認されるまではリファンピシンとイソニアジドでけっこうしっかり加療されたようです。さらに、潜在性肺結核としてイソニアジドだけで治療しました。

かば:サルコイドーシスでステロイドを使うから結核の治療もしっかりしたんでしょうね。

かわうそ:なるほど。確かにそうですね。気づきませんでした。ありがとうございます。
で、ステロイド投与で腎機能はよくなりました。さらに、どうも認知機能も改善したようです。ということで、脳サルコイドーシスがあったのでは?と考察されています。よかったですね。喜ばしいですね。

ベンガルトラ:高Ca血症の意識障害ではなくて?

かわうそ:うーん。ただ、今回高Ca血症を認めるずっと前から認知症を指摘されてドネペジルとかを内服されていたわけなので、やっぱり脳サルコイドーシスなんでしょう。

ベンガルトラ:なるほど。ちなみに、PETの所見だけど、サルコイドーシスって縦隔だけでなく、肺野にも淡い取り込みがあって、それで診断がつくってことがありますけど。このケースでは言及されてないですね。
あとからみてみると、胸部CTでの葉間の小粒状影がサルコイドーシスを示唆しますね。
それにしても、この症例は教育的ですね。

かわうそ:私は知らないことばかりで逆に笑っちゃいました。

きりん:普段使わない知識はどんどん忘れちゃいますよね。

かわうそ:症例的にも面白かったのですが、私にはDr. Eugene J Markに再会できたところがさらにポイント高いところですね。もうワンポイント、前みたいに剖検対象の家族が乗り込んできて感謝の言葉を述べたり、何回かの記念のカンファレンスで出資者(?)がコメントしたりとかがあるともっとよいんですけど。
でも、この前読んだのは、患者本人も出席していてコメントしていました。今度紹介しますね。


2015年10月19日

なつかしき「友人」との再会 その2

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 27-2015. A 78-Year-Old Man with Hypercalcemia and Renal Failure.
N Engl J Med. 2015 Aug 27;373(9):864-73.
Powe NR, Peterson PG, Mark EJ.

2015年9月9日

その2

その1からつづき

かわうそ:さて、どんなものに注目して鑑別診断を考えていきますか?

ベンガルトラ:高Ca血症を来す疾患かな。

かわうそ:そうですね。まず、高Ca血症をきたす原因にどういうものがあるか、ということで鑑別疾患を上げていこうということです。さっきすでにPTH、パラサイロイドホルモンが話題になっていましたね。高Ca血症の場合、まずはPTHがあがるもの、あがらないものにわけて考えましょう。
今回はPTHは正常なので、上がらない疾患だけ考えればよいと思うんですが、ここではけっこうなスペースを取って、PTHが上昇する疾患についても網羅されています。家族性とか慢性腎不全とか。
では、PTHが上昇しない高Ca血症には、どんなものがあるかご存じですか?

かば・きりん:…。

かわうそ:…。私もさっぱりわかりませんでした。
まず、悪性疾患ですね。骨髄腫とかは鑑別にあげたいですし、普通の固形がんでも骨転移とかがあればCaは上がります。あと、呼吸器ではけっこう有名なんですが…。

きりん:サルコイドーシスです。

かわうそ:そうなんです。サルコイドーシスで高Ca血症があるのは有名ですよね。

かば:そういえば、サルコイドーシス疑いではCaを測りますね。

かわうそ:実は、採血検査でACEが上昇しているというのがあります。これを見てしまうと、みなさんなら一発で診断に至りますよ。
内服薬も要注意です。ビタミンとか、サイアザイド利尿薬は高Caをきたします。あと甲状腺疾患もチェックしろとのことです。これは正常でした。
あと、肉芽腫性疾患ということで、結核です。

かば:そういえば、ツベルクリン反応の陽転化がありましたね。すごい、つながっているんですね。…でも、サルコイドーシスではツ反は陰転化しますよね…。

かわうそ:そうですね。ちょっと解説ほしいところですけど、スルーされています…。
もう一つ、腎不全でも鑑別疾患をあげていきましょう。
腎不全の場合、腎前性、腎性、腎後性にわけてホニャララと、親切なことにここでもかなりスペースを取っています。尿中のNaでわけるんだ、とか。でも、なにせ腎生検をしていて、間質に肉芽腫様病変があるということがわかってしまっていますので、腎性ですよね。

かば・きりん:はははっ。

かわうそ:この2つを来す疾患に何があるかということを考えると、残るのは悪性疾患か肉芽腫性疾患です。今の段階ではどちらがより可能性が高いと思われますか。

かば:腎生検の結果からすると肉芽腫性疾患です。

きりん:あと、経過の長さからすると悪性疾患は可能性が下がるように思います。

かば:縦隔リンパ節腫大が2年前からあるんでしたね。

かわうそ:そのとおりです。

ベンガルトラ:PSAが上がってるのは?

かわうそ:えっ。ほんとですね。…、前立腺肥大があるのでスルーしていました。たしかに、経過のゆっくりとした前立腺癌などの悪性疾患は除外しきれないかもしれません。年齢や性別などの患者背景からすると、ちょっと合わない、癌の方が考えやすいという記載もあります。やっぱりサルコイドーシスなら、もうちょい若い女性の疾患という印象がありますね。また、腎生検の結果についても、リンパ腫ならこういう病理所見を取りうるようです。固形癌でも膜性腎症とかparaneoplastic glomerulopathiesというのがありうるとかいうことが考察されていました。
腎サルコイドーシスっていうのは、けっこう珍しいらしくて、サルコイドーシスの中でも1-2%だけ症状が出るようです。でも、剖検すると、サルコイドーシスの方の5割位には腎臓に病変があるようです。

きりん:ふーん。

かば:ベンスジョーンズ蛋白が出ていることについてはどうなんですか?

かわうそ:するどいですね。実は、最後の方まで多発性骨髄腫は疑って精査が続けられています。血液疾患は苦手なので、詳細は説明できないんですが、結論としては、7%の形質細胞というのは多発性骨髄腫の基準を満たさない、ということのようです。MGUSになります。

かば:サルコイドーシスとMGUSの合併ということですね。

その3へつづく


2015年10月14日

なつかしき「友人」との再会 その1

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL.
Case 27-2015. A 78-Year-Old Man with Hypercalcemia and Renal Failure.
N Engl J Med. 2015 Aug 27;373(9):864-73.
Powe NR, Peterson PG, Mark EJ.

2015年9月9日

その1

かわうそ:今回もMGHのケースカンファレンスです。
78歳男性の高カルシウム血症と腎不全です。経過がけっこう長いので嫌にならずについてきて下さい。4ヶ月前から始まっています。倦怠感、呼吸困難、咳嗽、肋骨痛、脇腹の痛み、そして1回だけ血尿がありました。この時入院になっています。vitalとかで特に問題があるようなものがないので、どうしてこの時入院になったのかよくわかりませんね。Fig 1には、この時撮ったCTと、次の本格的な入院の時、その2ヶ月後のPETの写真が載っています。重要なのは、この半年でほぼ変わりがないという点です。じゃ、読影してもらいましょうか。もう矢印ついてて異常わかっちゃってますけど。

かば:胸膜に結節影みたいなのがくっついてますね。ちょっと歪で、悪性腫瘍とかではなさそうですね。

かわうそ:しかも、このあと自然に消えてしまうみたいです。

きりん:あら。

かば:Cでは、小葉間隔壁の肥厚みたいなのがありますかね。

かわうそ:葉間がちょと怪しいですね。あと、葉間に沿って粒状影みたいなのありますよね。
Bでは肺門縦隔のリンパ節腫脹がありますね。内部に石灰化あります。DはPET-CTです。

きりん:ちょっとわかりにくいですけど、となりと同じくらいのスライスですか?ということは、縦隔リンパ節が光っているという理解でいいんでしょうか。

かわうそ:そのとおりです。気管前と大動脈周囲のリンパ節でしょう。
あと、心臓がよくないみたいで、弁置換術を受けたという既往があります。だからなのかなんなのか、冠動脈の石灰化が目立ちますし、両側胸水とそれによるpassive atelectasisが少しありそうです。
この入院時の所見は対症療法のみで軽快しており、外来フォローで退院になりました。
ところが、4ヶ月後に症状悪化で再入院になりました。倦怠感が強いようです。
ここから、既往・生活歴・家族歴が書いてあります。あんまりパッとしたものはありません。高血圧、高脂血症、前立腺肥大、認知機能低下がある。舞踏様(?)の変な動きがると。あとは弁置換術と大動脈瘤。6年前ツベルクリン反応が陽転化しています。薬はけっこうたくさん飲んでいます。セロクエルだとかドネペジルだとかSSRIだとか下剤だとかビタミンだとか。あとは過去喫煙くらいですかね。

かば:縦隔のリンパ節腫大は、2年前の弁置換術の時と変わっていないみたいですね。

かわうそ:そうなんです。長期間変わっていないというのは鑑別診断あげるときに思い出してください。
身体所見も大したものありません。いろいろ書いてありますが、目立つのは徐脈と心雑音くらいです。
次のページの血液検査は見ないようにして下さい。優秀な先生方なら答えがわかってしまうと思いますので、私が異常所見を述べたいと思います。ちょっと貧血(Hb=10)、白血球は4000くらいで正常、分画も特に問題なしです。電解質はカルシウムが上昇している(14.9mg/dl)以外は問題ないのですが、腎機能は異常です。これが今回の入院の理由ですね。Cre=5.26mg/dl、BUN=77mg/dlに上昇しています。腎機能障害と血尿が関係ありそうですね。

きりん:わー。

かわうそ:CRPはちょっと書いていないですが、赤沈が亢進(56mm/h)しています。
肝機能障害も微妙にあるようです。

かば:カリウムとかは上がっていないんですね。

かわうそ:そうですね。4台後半で正常上限くらいです。
ひょっとしたら倦怠感などは、高Ca血症や腎機能障害の影響かも、ということになります。よく聞いてみると、体重減少、食欲不振、便秘などもあります。過去3ヶ月で4.5kgというからなかなか大変ですね。

かば:前の入院の時は腎機能障害はないのですか?

かわうそ:それが、書いていないんですよ。だから多分ないのでしょう。腎機能障害については、けっこう急激に来たものだと思います。
さて治療ですが、まず高Ca血症の治療って聞かれてすぐに思い浮かびますか?

かば:まず生食の補液します。

かわうそ:そうですね。他には?

きりん:エルシトニンです。

かわうそ:さすがですね。あと、フロセミドで排出したり、ビスフォスフォネート使ったりしますよね。ここでもそういう治療をやっています。
この段階で、何かほしい検査ありますか?鑑別のために。

きりん:尿中のカルシウムです。

かわうそ:そうですね。でも、ここでは取っていませんね…。

かば:骨のレントゲンです。

かわうそ:それは記載あります。打ち抜き像みたいなものがあったと書いてあります。頭蓋や下顎骨です。そこの生検で形質細胞が増えているという所見(7%)でした。

きりん:あと、PTHとかですかね。

かわうそ:どんどんでてきますね。みなさんさすがです。
PTHは正常だったようです。このあたり、さすがにMGHの先生はレベル高いなと感心するのですが、入院時の採血ですでに鑑別診断で必要とされるような項目は網羅されているんですよね。

かば:蛋白とかアルブミンとかは?

かわうそ:血清アルブミンは書いていません。尿中蛋白ではベンスジョーンズ蛋白が検出されていますね。また、イムノグロブリンについては、IgMが少し上昇していることがわかりました。
あとは、腎機能障害で血尿も出ているということから、当然腎生検は検討したいところです。次のページにもう顕微鏡写真が出ています。
ちなみに、この病理のコメントをしているのは、Eugene J. Mark先生です。実は私が学生のころ、MGHケースカンファレンスの抄読会に参加している時から知ってますね。なつかしい名前です。なんでおぼえているかというと、一緒に読んでいた先生が、いつもこの人が出てくるたびに、「友人(Eugene)ていう名前のくせに言うことが厳しい」とオヤジギャグをとばしていたからなんです。そのころはしょーもな、とか思って流していましたけど、もう10年くらい経って改めて思い出してみると、意外によさがわかってきますね。歳をとりました。Dr. Nancy Lee Harrisも前にでてきましたけど、この二人は私たち勉強会メンバーにとってはスターでしたよ。

きりん:ふふっ。そういうの意外に忘れないですよね。

かわうそ:すいません。脱線しました。
さて、この腎病理をどう読みますか?

きりん:尿細管のあたりの間質のところに、リンパ球なのか炎症細胞がたくさんあるように思います。

かわうそ:えっ?わかるんですか?すごいですね。正解です。

かば:よくわかるね。糸球体がないことしかわかりませんでした。

かわうそ:実はこのDの*のあたりがいちおう糸球体の硬化した病変になるようです。
つぶれてるのでわかりにくいんです。
A-Cは、きりんさんのおっしゃるとおりです。尿細管の間質のところにリンパ球を中心とした炎症細胞の浸潤があり、尿細管を壊しています。
さらにCの所見は、この単語がでてしまったら診断に辿り着く人がでてきてしまうんじゃないかとまで思ってしまうような決定的なものです。
granulomatousまたはpoorly formed granulomasと表現するような病変Dr. Eugene J Markが言っています。肉芽腫様ということでしょう。

その2へつづく


2015年10月10日

雲の中の急変 その3

In-Flight Medical Emergencies during Commercial Travel.
N Engl J Med. 2015 Sep 3;373(10):939-45.
Nable JV, Tupe CL, Gehle BD, Brady WJ.

2015年9月16日

その3

その2から続き

かわうそ:呼吸困難もあります。1割位と報告されているようです。COPDよりも肺高血圧症の方がシビアな低酸素を起こしやすいので要注意です。酸素投与、高度を下げる、SABA吸入くらいしかやりようがありません。
気胸も報告されていますが、トロッカーキットが入っているわけではないので、できるものでやってくださいとあります。留置針とシリンジで脱気するってことでしょうか。よく英文の意味がわからないんですけど、Non medical equipmentを使えと書いてあるんです。

かば:酸素チューブとか尿道カテーテルにハンガーの針金をスタイレットのように入れて使うという話を聞いたことあります。

かわうそ:マンガとかではボールペンも使いますよね。芯が内筒役ですよね。

きりん:ひゃー。

かわうそ:ただですよ、聴診と打診で気胸を診断できます?レントゲンもエコーもないですから、機内のしょぼい聴診器でできますかね?

かば:聞こえないらしいですよ。
この場合、気胸なのか肺梗塞なのかを迷うと思いますけど、挿管と脱気を両方ともするのが正解という話を聞いたことあります。

きりん:ええー。それって挿管して強制換気して、緊張性気胸を作った上で脱気するってことですよね…。しかも手製のトロッカーで…。

かば:さらに、ウォーターシールももペットボトルで作るらしいですよ。

きりん:私なら、もし居合わせても、「高度を下げて下さい…」としか言えないです。

かわうそ:あ、あとけっこう大事なことが一番初めの方に書いてありました。まず、通訳を探せと。

きりん:ふふっ。それは大切ですね。

かわうそ:たぶんCAさんがやってくれるんでしょうけど。ただ、プライバシーとか守秘義務とかのことがあるので注意だそうです。
次に、伝染病についてです。とりあえず疑ったら隔離です。機内のどこにそんなスペースがあるのでしょうか?かなり心細いんですけど。まあ、せめて接触感染、飛沫感染で広がらないように注意して下さい。地上のスタッフと協議して、対応を相談しましょう。場合によっては検疫が必要になるかもしれません。
最後に、Psychiatric emergencyについてです。頻度は5%以下です。空港も機内でもありとあらゆることが精神的な負荷をかけてくるので、例えば怒り出す乗客なんかがけっこういるようです。鎮静薬はないので、とりあえず自分の身を守ることを第一に考えてくださいとのことです。
結論としては、けっこうな頻度でよばれる可能性があるということ、でも、できることは非常に限られているということ、その割にはしっかりと責任問題が発生するということ、でしょうか。

かば:おそろしいですね。日本だと、こういう時に医療者を守る法律がないので、不幸な結果になった場合に訴えられるリスクはやはりありますよね。どこの国籍の飛行機かっていうのが重要かもしれません。

かわうそ:医療者側に過失がない、よくがんばったと言われても、裁判に巻き込まれるだけでストレスですからね。手を挙げないのも仕方ないですね。
ただ、自分はこれを読んで、結局やれることがこれくらいしかないのなら、けっこう気楽に手を挙げられるかも、と思っちゃいましたけどね。だれがやってもあんまりかわらなくないですか?

かば:内科医なので、外傷がなかなか対応できないのがネックですけど。
エピネフリン2種類ありますけど(千倍希釈と万倍希釈)、これどう違うんでしたっけ?
あと、抗ヒスタミン剤がけっこう手厚いので、アレルギーも多いのかもしれないですね。
でも、生食がなくなったらどうしましょう?何パックあるのか気になりますね。

かわうそ:いろいろ考えるとますます動けなくなりますね…。
とにかくお気をつけて行ってきて下さい。


2015年10月7日

雲の中の急変 その2

In-Flight Medical Emergencies during Commercial Travel.
N Engl J Med. 2015 Sep 3;373(10):939-45.
Nable JV, Tupe CL, Gehle BD, Brady WJ.

2015年9月16日

その2

その1から続き

かわうそ:ここからは、機内の急変にはどんな疾患がありうるのか、それにどう対応すべきかについて各論です。
まずは心停止です。ありそうですけど、0.3%くらいと言われていますので、あんまり巡りあうことはなさそうです。9割位の死亡率とのことでシビアですね。やれることも限られています。救急のABCとAEDくらいです。ふだんの蘇生処置と同じように、20~30分で反応がなければ死亡宣告を考えて下さい。ただ、よく考えてみたら先ほどの救急セットに心電図とかモニターとかが入っていないのでけっこう大変だなって思いますね。
次は急性冠症候群、ACSです。8%くらいらしいです。症状としては、失神、Presyncopyだとか呼吸困難だとかたまには心停止だとかで発見されます。手に入る情報は非常に少ないので、病歴、既往、主訴、身体所見で診断しなければなりません。

かば:無理です。

かわうそ:まあまあ。喰い気味のツッコミありがとうございます。診断も無理ですが、治療も無理っぽいんですよ。まずはアスピリンです。ただ、アレルギーだとか出血だとかがもしあったらと思うと…。院内でするほど安易には出せませんね。あと、ニトロがあります。ただ、もし右室梗塞の場合だと、血圧下がってショックになるのでニトロ禁忌とあります…。

かば:ありがたいことに、「機内では診断できない」とはっきり書いてありますので、これはさすがに免責されますよね?

かわうそ:そうだと信じていますけど…。あとできることといえば、酸素投与です。虚血した組織に少しでも酸素をあげましょう。ただ、これも機内にある量が限られているので、シビアに流量を調節して下さい。一番いいのは飛行高度を下げることのようです。機長に頼んでみましょう。あとは、目的地変更について機長と相談です。
次は、Stroke、脳卒中です。これも大変ですよね。症状が様々ですし、神経学的所見がとれればいいですが、機内でそういう場所があるかどうか。そういえば、ハンマーが入ってないです。ライトはあるかもしれませんが。
治療をどうするかも大問題です。まずは酸素投与と飛行高度を下げることです。組織障害を抑えるためにはこれくらいしかありません。薬としては、先ほどのセットを見なおしてみると…。しめしめアスピリンがありますよ。これを使ってみちゃいましょう、とよろこんで飛びつくなと書いてあります。禁忌です。よく考えたら当然ですよね。梗塞なのか出血なのかわかりませんから。
私はこの情報けっこう身にしみました。この限られた医療資源の中で、何かできることは、と想像した時に、自分ならけっこうすぐに飛びついていましたので。
あと、低血糖は鑑別にあがります。ただし、ここでも問題が…。何とキットの中に血糖測定器が入っていないんですよ。_| ̄|○

かば:低血糖があろうとなかろうと、ブドウ糖をのませてあげてもいいんじゃないですか?

かわうそ:そのとおりですけど、ここでは別の提案がされています。乗客にきっと糖尿病患者がいますので、それを探しだして使わせてもらおうというわけです。CAさんに聞いてもらいましょう。「お客様の中で糖尿病の方はいらっしゃいませんか?」って。

かば:ひどい(笑)

きりん:自分なら父親のを差し出します。測定器も針もブドウ糖も。

かば:はははっ。

かわうそ:それなら安心ですね。でも、針とかあるし機内に持ち込めるんでしょうか?
ここはすごく実践的でリアルな感じで、とてもいいですね。
次は、意識状態の変化です。5%くらいの発症率らしいです。けいれんとか低血糖とか、非常に多岐にわたる原因が考えられます。代謝性、感染性、脳血管疾患、毒、酔っぱらい、低酸素、外傷などなど、なかなか原因診断に至りませんので対症療法にならざるを得ないということになります。相変わらずできることは限られていまして、酸素投与と血糖測定ぐらいです。
失神は非常に多いです。3-4割みたいです。飛行機の中は乾燥して気圧が低いので脱水状態になりやすいので。まずは脱水として、寝かせて足上げて水分を摂らせるというのが、まずするべき、というか唯一の対応と書いてます。

かば・きりん:はははっ

かわうそ:ここまで読んで思ったんですが、これって必ずしも医者が行かないといけない対応なのかどうかって思いますよね。これくらいなら訓練を受けたCAさんがしても十分対応できそうだなってちょっと思ったりします。
外傷も多いです。これもやれること限られています。冷やして、鎮痛薬をあげて、負荷をかけないようにして挙上しておく、ということです。添え木や包帯はあるはずです。ただし、責任問題を考えると、これは疾患だろうが外傷だろうが同じなんですが、頻繁にアセスメントして、悪化しないかどうかをチェックしろ、ということです。ここでミスると法的な責任問題に発展しかねません。つまり、一度診てしまうと、その後何時間も拘束されるということです。短時間のフライトならいいですが、12時間のフライトで最初の方に呼ばれてしまうと…。

きりん:よし、お酒飲もう!

かわうそ:まあ今回のように学会へ行く飛行機なら、他に医療関係者が乗り合わせているんでしょうから、協力しあってもいいかもしれませんね。
あと、家族とか友達とかと一緒の時の場合、「お前なんで行かないの?」みたいなプレッシャーがあったり、かっこいいとこ見せたいな、とかいう邪念がからんだりして、ちょっと複雑な様相を呈しそうですね。

その3へ続く


2015年10月5日

雲の中の急変 その1

In-Flight Medical Emergencies during Commercial Travel.
N Engl J Med. 2015 Sep 3;373(10):939-45.
Nable JV, Tupe CL, Gehle BD, Brady WJ.


2015年9月16日



その1



かわうそ:お二人の海外学会出張に合わせたかのように、ちょうどタイミングよく飛行機の中でのMedical Emergencyというのが載っていましたので紹介したいと思います。NEJMです。意外ですが、実はけっこうな数が発生しているようなんです。ある報告では604回のフライトにつき1回のMedical emergencyがあるようです。軽度なものも含めると実際はもっと多いかもしれません。また、入院する人が意外に多いんですが、その判断がなかなか難しいですよね。なんといっても緊急着陸させることになるわけなので。それと何より、責任問題や訴訟の恐れがややこしい状況を作り出していますよね。
さて、まず飛行機の中にあるFirst Aid Kit、救急箱を確認しましょう。包帯だとか添え木だとか、AEDが入っているはずです。Table 1にアメリカの航空会社では一般的にはこれくらいあるはずだというセットがまとめてあります。血圧計、聴診器、手袋、エアウェイ、バッグバルブマスク、CPRマスクとあります。でもCPRマスクってなんでしょうね?

かば:心肺蘇生でマウスツーマウスの人工呼吸する時に使うやつ?

かわうそ:そう思いましたけど、でも、それならバッグバルブマスクあればいらなくないですか?

かば:そうですね。よくわからないですね。

かわうそ:あとは、点滴セット、生食500ml、針、シリンジがあります。薬は、鎮痛薬、抗ヒスタミン薬の注射と錠剤、アスピリン、アトロピン、SABA、ブドウ糖、エピネフリン、リドカイン、ニトロとなっています。ちょっと心もとないですね。
SPO2モニターあったらいいのに、とか思いましたが、飛行機の中で測るとあまりに低くてパニクる自信がありますからね。正常が低いんですよね、確か。

かば:だからのせてないんですか?

かわうそ:わからないです。
あと、けっこう心強いのは、地上に相談できる人が常駐しているみたいなんです。機内に乗り合わせたボランティアの医師でも当然利用できますので相談してみて下さい。あとCAさんはこういうことを想定した訓練を受けているようなので、頼りにしましょう。

かば:すごいね。

かわうそ:個人的には一番気になる責任問題なんですけど、やっぱり診察した以上は、ある程度責任を引き受けなければいけません。基本的には、状態が安定して経過観察が必要ないと判断するか、プロフェッショナルに引き継ぐまではきちんと見続けなければなりません。
アメリカでは法的には応召義務みたいなものはないようですが、倫理的な責任感から診察しているようです。ヨーロッパでは法的に診察する義務があるようなので、居合わせた医師は対応しないといけないみたいです。日本ではどうだか書いていないんですが、どうなんでしょう?応召義務っていうのがあるのは知っていますが…。

かば:どうなんですかね。あれは病院とか診療所で働いている時のことであって、飛行機や新幹線の中は関係ないと思っていたんですけど。

かわうそ:倫理的にはあるんでしょうけどね。
で、訴えられるリスクについては、これによるといちおう基準みたいなのがあるようです。1998年のAMMAによると、患者側が対応した医師があまりにひどかったということを立証できれば訴えることができる、とされているようです。あまりにひどいとはどういうことかというと、すごく怠慢だったとか、意図的に悪いことをしたとからしいです。けっこうハードルが高いように思います。でも、一つだけ気になる点があります(・∀・)

きりん:なんですか?

かわうそ:実は、酔っている医師が治療していたというのが立証されればやばいらしいんですよ。怠慢とされて訴えられることがあるみたいです。

かば:なんと!じゃ、酔っていたら行かないほうがいいんですね。

かわうそ:そうですね。ていうか、逆にお酒飲んおくと行かなくていいってことですね。

かば:行かない。飲む。

きりん:ふふっ。

かわうそ:行かないと決めているなら、お酒を飲んでおくというのも自分を守るためにはよい方法かもしれませんよ。
あと、診察したあとは所定の書類に記載して報告しないといけないようなので、これも少し面倒ですね。
このあとは個別の疾患に対してどういう対応すべきかが書いてあります。ただ、結局一番重要なのは、搬送のために目的地変更・緊急着陸をするかどうかの判断ということになります。で、これを判断するのはわれわれボランティアの医師ではなく、あくまで機長です。こちらは患者の容態について把握した上で正確に伝えて、あとは地上の医療スタッフと機長の判断に任せましょう。そうとわかればちょっと気が楽になりませんか?


その2へ続く


2015年9月29日

まさかの臨死体験前向き研究 その3

Lancet. 2001 Dec 15;358(9298):2039-45.
Near-death experience in survivors of cardiac arrest: a prospective study in the Netherlands.
van Lommel P, van Wees R, Meyers V, Elfferich I.

2015年8月25日

その3

その2から続き

かわうそ:で、次は筆者が最も大切と考えている、臨死体験による性格の変化についてです。Table 4です。臨死体験をした群の方が、自分の感情をより表すようになり(これがいいことかどうかはわかりませんが)、より共感的になったり、人の意見を受け入れるようになったり、人生の深い意味を理解したとか、死後の世界を信じて死を怖くなくなったとかいう変化があります。これを2年後と8年後にやっていて、時間が経つほどこの傾向はより顕著になります。臨死体験って、いいものですね。
ちなみに、あとで臨死体験を思い出した人もいました。2人ですが。
というわけで、すごい、としかいいようがないっていうのが私の結論というか感想なんですが…。

かば:どうコメントしていいのかわからないですね。研究として前向きにちゃんとやっているのはすごいことですけど。例えば質問票の妥当性とかどうなんでしょうか。

かわうそ:いちおう、インタビュアーを訓練して同じようにやっているようです。そういえば、それについてはDiscussionで書いてありました。この研究、多施設共同でやっているんですが、そのうち、けっこう長いこと熱心にやっていた施設では、臨死体験の報告が10%未満だったので、やっぱり聞き方とか、どこかでバイアスが入っているのかもしれない、話を誘導してしまっているかも、という話がありました。
まあただ、これは最初の研究ですからね。今後の課題ですよね。

かば:やらないよりずっといいですけどね。

かわうそ:そうですよね。これ、私のあこがれの研究になりました。

きりん:すごいですね。ところで、この質問票は前の文献を参考にしたりとかはあるんですか?

かわうそ:臨死体験の定義には、そういう引用はなかったと思います。一応、Near death experience scaleとありますが、自分で作ったんだと思います。ただ、性格変化は引用文献がありますので、一応validateされたものだと思います。

かば:やってみた人がいるってのはすごいですね。

きりん:蘇生した後、聞いてみたくなりますね。「何か見ましたか?」とか。

かば:誘導しないように聞くのが難しそうですよね。

かわうそ:患者さんから言ってくれればいいですけど、やっぱり医者にはそういうことは言わないだろうなと思いますね。家族には言っているかもしれないですけど。

きりん:入れ歯の場所とか当てられたら、「ひーっ」ってなりますよね。

かわうそ:意識がない時で、知らないはずのことを知っている、というのは、臨死体験でよく言われているんですよね。

かば:患者背景で宗教も聞いているんですよね。信心深さの定量化は難しいと思いますが。ていうのも、臨死体験で光をみるというのを、天使に会うという風にとらえるかどうかは、宗派とかが関係してくるんじゃないかと思いますが。

かわうそ:たしかに。いちおう、その体験については、どうやらあんまり個別の宗教とか文化には影響されない、という報告があるみたいなんです。だから、酸素濃度、二酸化炭素濃度、脳内麻薬などの脳の生理学変化が原因とかいう説がある程度支持されているという面があるようです。
その辺りのことにもし万が一ご興味をお持ちなら、添付資料「学研まんが 大人のひみつシリーズ 臨死体験のひみつ」を御覧ください。以前ネットで見つけたものです。著作権の問題がありそうなので、ここには載せられませんが。

きりん:マンガはアレですけど、研究についてすごく真面目な内容が書いてありますね。

かわうそ:この元ネタのマンガはご存じですか?平松伸二の「ブラックエンジェルズ」ですけど。

かば:名前は聞いたことあるけど、読んだことはないです。

かわうそ:ところで、前の病院から変わる直前の抄読会の論文を思い出しました。「最後だし、いいかな」とか思って調子に乗って読んだのが、終末期のがん患者に、死の恐怖を和らげるためと称して覚醒剤の一種を投与するという内容でした(Arch Gen Psychiatry. 2011 Jan;68(1):71-8. Pilot study of psilocybin treatment for anxiety in patients with advanced-stage cancer)。当然どんびきされましたけど。
覚醒剤って、キマると神の存在を感じたり、全能感を感じたりする幻覚になるっていう噂じゃないですか。けっこうこの臨死体験後の性格変化と似た印象を受けます。それで満足して死を迎えるっていう内容なんですけど。

かば・きりん:ははっ。

かわうそ:最後だし、ちょっときわどい内容でもいいかな、と思ったんですけどね。しーん、てなってしまいました。
この臨死体験論文のDiscussionでも少し触れられているのですが、今後、薬とか脳の手術や電気刺激でこういう臨死体験のような感覚を起こすことはできるようになると思うんです。それを、性格を変えたり、死の恐怖を和らげたりするための治療に応用できないか、というようにつながっていきます。そういう考え方もありかな、と思いますが、やっぱりそれはダメなんじゃないかな、とか思いました。

かば:これに対するLetterでの反論とかあるんでしょうか?

かわうそ:そこまでは調べていないです。すいません。でも、これに真面目に反論したら負けなような気しませんか?
ただ、こういうのも研究に値する点があるということが言えただけでもいいんじゃないでしょうか?

きりん:ふふっ。倫理委員会をどうやって通したのかも気になりません?

かわうそ:そうですね。やっぱり臨死体験っていうことは表に出さず、蘇生後の性格変化、みたいなところを押し出したとかでしょうか?臨死体験を研究したいとか言うと、やっぱり怒られそうですからね。

かば:面白いのは、日本でも三途の川だし、ギリシャでもカロンが渡し守しているし、エジプトにもそんなのがあるみたいで、みんな川を渡ってあの世に行くのは面白いですね。
ていうのが「鬼灯の冷徹」にありました。全く関係のないところで、同じようなイベントになっているのは不思議ですね。
あと、死んで別のところに行くっていうのを川を渡るってことで表しているんだと思うんですが、別に山を越えるでもいいはずなのに、必ず川が出てくるのは面白いですね。

かわうそ:実は、山越阿弥陀図っていうのがあって、臨終する人を阿弥陀如来が山を越えて迎えに来るっていうのがあるにはあります。京都の永観堂で見て印象に残っています。けっこうビジュアル的にはかっこいいんですけど、あんまりメジャーではないと思いますね。


2015年9月25日

まさかの臨死体験前向き研究 その2

Lancet. 2001 Dec 15;358(9298):2039-45.
Near-death experience in survivors of cardiac arrest: a prospective study in the Netherlands.
van Lommel P, van Wees R, Meyers V, Elfferich I.

2015年8月25日

その2

その1から続き

かわうそ:結果です。まず患者背景ですが、344人の患者がいて、うち複数回CPR受けている人がいるので、509回のCPRが施行されました。平均62歳、やや男性が多いです。74%の人がCPRの5日以内にインタビューされました。2年後にインタビューした人が74人です。さすがにだいぶ減っていますね。薬はフェンタニルやジアゼパム、ミダゾラムなどの鎮静薬が使われたとありますが、あんまり相関関係はなかったようです。344人のうち、234人(68%)が蘇生されています。
さて、お待ちかねの臨死体験の報告ですが、なんと、344人中62人(18%)が報告しています。臨死体験のレベルも定量的に分けられていますが、12%がある程度深い臨死体験を報告し、2人はかなり深い臨死体験をしたようなんです。臨死体験をした人が1割以上ですから、ちょっとセンセーショナルな結果ですよ、これは。
でも、続くこの一連の文章、これはちょっとどうなんでしょうか。医学論文では異例と思うんですけど、よっぽどこれを言いたかったんだろうな、という筆者の熱みたいなものを感じます。(*´∀`*)

かば・きりん:え?

かわうそ:まあ聞いてみて下さい。看護師さんの証言がけっこうなボリュームで書いてあります。この看護師さんが夜勤の時に、44歳の男性がチアノーゼと昏睡状態で運ばれてきました。どうやら1時間位前に倒れているところを通りすがりの人に発見されて、運ばれてきたと。この時にはもうすでにCPRされていて、これから挿管という時です。でも、どうやら入れ歯だったので、とりあえず入れ歯を外して、この看護師さんが台車の上に置きました。挿管して蘇生して、一週間後くらいに病棟に薬を届けに行ったら、この患者さんが言うことには「あ、この看護師さんが俺の入れ歯がどこにあるか知っているはずだ」。看護師さんもびっくりですよね、蘇生処置中で意識ないはずですから。さらに「あんた、俺の入れ歯を台車の上にのっけたよね?」と言っています。どうやら、このときこの患者さんは幽体離脱をしていて、医療スタッフが何をしているのか上から見ていたというんです。だから、自分の入れ歯がどこにあるかも知っている。

きりん:はー。

かわうそ:さらに、たぶんなんですけど、どうやら処置中にスタッフの間には「あ、これはダメかも」という雰囲気があったようなんです。でも、この患者さんは、自分は生きているんだから、あきらめないでくれ、というようなことを何とか伝えようと努力したけどダメだった、と言っていたらしいんですよ。

きりん:ふふっ。

かば:すごいね。

かわうそ:これがLancetに載っているんですよ。Editorも、「ここは何とかならんものか」、とか言わなかったんでしょうかね?でも、やっぱり筆者はここを書きたかったんだと思います。「ここは外せない」と突っぱねたと私は信じています。
結果に戻ります。Table 2では、先ほどの臨死体験の定義に従って、どれくらい深い体験だったのかを定量化しています。けっこう、死を怖がらない経験は多いですね(56%)。他にも、死の自覚は半分以上ありますね。あとは2-3割といったところです。
Table 3は、患者背景との相関関係です。基本的には関係がないんですが、どうやら臨死体験をした群の方が、さらに言うと深い臨死体験をした方が、30日以内の死亡率が高いようです。臨死体験をした方が、亡くなりやすいということです。この辺が何を意味するのかは難しいですね。

かば・きりん:ふーむ。

その3へ続く


2015年9月23日

まさかの臨死体験前向き研究 その1

Lancet. 2001 Dec 15;358(9298):2039-45.
Near-death experience in survivors of cardiac arrest: a prospective study in the Netherlands.
van Lommel P, van Wees R, Meyers V, Elfferich I.

2015年8月25日

その1

かわうそ:ちょっと古いんですけど、2001年の論文です。Near death experience、つまり、臨死体験についての論文です。なんとLancetです。心停止でCPRをして蘇生をした人の臨死体験を、驚くべきことに前向きに研究したものです。

きりん:ふふふっ。

かば:すごいね!

かわうそ:すごいですよね。さて、イントロには、最近の治療・技術の進歩により臨死体験の報告が増えている、とこの人たちは言っています。ただ、あんまり引用文献が書いていないので、ちょっと検証のしようがないんですよね。心停止、アナフィラキシー、感電、溺水とか、そういう病態で臨死体験が報告されている、と書いてありますが、全然引用文献が載っていません。一応、引用文献の一覧を見てみると、LancetとかBMJとかあって、まじめに研究されている人もいるようなんですけど、医学論文ではなく、本が多く引用されているようにも感じます。
臨死体験の機序の研究についても少し書いてあります。低酸素などによる脳の生理学的変化が幻覚をみせているのでは説、死に直面した時に恐怖を和らげるための本能的に備わっている精神の防御機構なんじゃないか説、とかが言われているようです。
ここでは、臨死体験の最も大切なことは、臨死体験をすること自体ではなく、そのあとでその人の生き方・性格が変わること、という前提で研究を行っています。
これまでの研究と違うところは、なんといっても前向き研究というところです。この試験の前にも、後ろ向き研究はあります。って、あるのもけっこう驚きですが、これではバイアスが入ってしまい頻度がバラバラなんですって。というわけで、前向きにやらざるをえまい、という筆者の覚悟が感じられます。これはすごいですよ。ちょっと興奮してきます。
Methodsに入ると、オランダの複数の病院で、4ヶ月から4年間かけて患者を集めています。とりあえずCPRの患者さんをすべて入れています。ちゃんと文書で同意も得ていますし、倫理委員会も通しています。通るもんなんですね。

かば:すごいなぁ。

かわうそ:臨死体験の定義をしっかりしようということで、次のような要素に当てはめています。一般的に臨死体験といって想像するようなエピソードになりますが、死んだということを自覚している、それでも悪くない、ていうかむしろポジティブな感情があります。さらに、幽体離脱とか、トンネルのような場所を通るとか、光(天使?)を見たとか話をしたとか、綺麗な景色を見たとか、三途の川を見たとか、亡くなった親族にあったとか、人生の走馬灯を見るとか、そういう記憶を臨死体験としています。臨死については、心肺蘇生処置をしないとなくなってしまう状態という定義みたいですね。蘇生後、けっこうすぐインタビューしています。だいたい蘇生後5日後にやっています。相関関係を調べるため、患者背景もしっかり取っています。特に薬については詳しいですね。やっぱりモルヒネとかの影響を危惧しているようです。
ここまででも十分なんですが、この研究で一番すごいのは、フォローの期間ですね。2年後と8年後まで追っかけています。34項目にも上る、けっこう細かい質問票を送りつけています。性格がどう変わったかということについてです。
こういう、まじめな人からするとバカバカしいと思われるようなことをきちんと検証しようという姿勢はすごいとしかいいようがないです。感動します。私にできないことを平然とやってのけています。そこにシビれますし、あこがれます。これが今後この分野の研究のゴールドスタンダードになるんでしょうね。

きりん:うん?

その2へつづく


2015年9月17日

最近うわさのREVERT trial その2

Postural modification to the standard Valsalva manoeuvre for emergency treatment of supraventricular tachycardias (REVERT): a randomised controlled trial.
Appelboam A, Reuben A, Mann C, Gagg J, Ewings P, Barton A, Lobban T, Dayer M, Vickery J, Benger J; REVERT trial collaborators.
Lancet. 2015 Aug 24. pii: S0140-6736(15)61485-4.

2015年8月28日

その2

その1から続き

かば:図表に戻ると、Table1がBaselineで、ここは差がありませんね。肺炎、COPD、心疾患など、それなりに基礎疾患あります。Table 2がアウトカムです。Primary outcomeがValsalva法で戻った人、Secondary outcomeが結局アデノシン静注を必要とした人になっています。どちらにしても、Modifiedの方法がよかったようです。その他の成績も軒並みModifiedがよかったと言っています。
ただ、帰宅出来た症例、救急外来滞在時間については差がなかったようです。あと、副作用は有意差がないのですが、人数的には少し多かったようです。Table 2によると脈が増える、心電図異常がある、腰痛がある、頭痛、胸痛、チアノーゼなどがあったみたいです。どれもそれほど重症ではないですね。
あとは心電図の所見について書かれています。
看護師さんに足をどのタイミングであげるのかとかを説明するのが難しいように思いますが、共有できるのなら負担は少ないと思うので、やってみたらいいと思います。

かわうそ:最初にValsalvaさんが記載した方法が、足をあげるやり方なんですか?

かば:ネットで調べたところ、最初は「深呼吸のあと、声帯を閉じたまま息を吐こうとする方法」みたいです。座位より臥位の方がよいとか言われています。

かわうそ:頚動脈洞マッサージっていうのもありませんでした?

かば:あと、眼球マッサージとかもありますね。副交換刺激の方法です。でも、血栓が飛ぶとか、網膜剥離の危険があるので、やりにくいです。
あと、顔を水につけるというのもあるみたいです。

かわうそ:ちなみに、SVTは心電図とったら機械が教えてくれますか?

かば:でないですよ。自分で診断しないといけないです。私も自分で読めない可能性大です(*_*)

かわうそ:でないんですか!?その診断に自信がない人はどうすればよいのでしょうか?

きりん:またまたお二人ともご冗談を…。
でもValsalva手技に副作用がないのであれば、SVTと確信がなくても、Afとかでなければやってみたらよいのではないでしょうか?

かわうそ:なるほど、たしかに。

かば:Lancetっぽくて面白い論文ですね。さっきの動画も、ファーストオーサーっぽい人がすっごい嬉しそうにペラペラペラペラしゃべっています。

きりん:背景がACLSの勉強のビデオと全く同じだなって思ってみていました。我ながらマニアックな見方だと思います。

かば:REVERT trialっていう名前もかっこいいですよね。

かわうそ:なぜREVERTなんですか?Rはどこからきてるんですか?RandomizedのR?

かば:唐突にREVERTって出てきてます。たしかに何の略語かわからないし、ちょっとひどいですね。
でも、この人達はたぶん「REVERT trialによると、Valsalva手技はこうした方がいい!」って言いたいがために、こうやって試験に名前をわざわざ付けたんですよ。

きりん:そうですね。たぶん、こういう豆知識みたいなのが好きな先生が研修医とかに、「REVERT trialって知ってる?」とか言うってるんですよ。

かば:その場面、すっごく想像できます。循環器科は何かかっこいい名前の研究が多い印象ありますよね。

かわうそ:たしかに、かしこい先生はちゃんと試験の名前までおぼえていますよね…。かしこいのかマニアックなのか知りませんけど。
肺癌の試験は、数字の羅列なことがありますからそれよりはいいですね。

かば:こういう昔ながらの治療法を見直すみたいなのはいいですよね。

かわうそ:でも、救急の場で、わざわざめんどくさい同意書を取って研究するっていうのは、なかなかできることではないですよね。すごいです。

かば:やっぱりリサーチナースがいるっていうのが大きい気がします。
あと、SVTは、直接命にかかわらないのが目の付け所がいいとこですよね。

きりん:患者さんも若いですし、理解もよさそうですよね。


2015年9月14日

最近うわさのREVERT trial その1

Postural modification to the standard Valsalva manoeuvre for emergency treatment of supraventricular tachycardias (REVERT): a randomised controlled trial.
Appelboam A, Reuben A, Mann C, Gagg J, Ewings P, Barton A, Lobban T, Dayer M, Vickery J, Benger J; REVERT trial collaborators.
Lancet. 2015 Aug 24. pii: S0140-6736(15)61485-4.

2015年8月28日

その1

かば:今ちょっと話題になっている論文です。
いわゆる上室性頻拍の時のValsalva手技の成功率っていうのがあんまり高くない、5-20%くらいなので、何とかそれを上げる方法はないか、という研究です。上室性頻拍の治療といったら、アデノシンの静注とかもよく言われていますけど、あれってすごく気持ちが悪いというか。やっぱり一瞬脈がとまるので、やってるこっち側も嫌だし、患者さんもすごい不快らしいです。

かわうそ:そうですね。一回救急でやったことありますが、こわいですね。

かば:できれば、アデノシンとか使う前に何とかできたらいいなっていうのがあります。Valsalva手技は、臥位でやるのがいいとか、足をあげるといいとかはすでに言われていましたが、それを実際にちゃんとRCTでやってみたという論文です。AfとかAFとかは除外した上で、息を「フンッ」と止めるだけの人と、修正したValsalva法の人に分けています。
やり方がネットに動画で出ています(http://www.thelancet.com/cms/attachment/2035488647/2051082005/mmc2.mp4)。45度くらいで寝ている人に、圧力計でちゃんと40mmHgの強さを測って、15秒間息こらえさせて、終わったら二人がかりで足をあげて倒すんです。これがmodified Valsalva法で、これをやると改善率が抜群によくなったという報告です。普通のやり方だと戻ったのが17%だったのに対して、今のような、フラットにして足をあげるというのを最後につける方法だと、43%で半分近くが落ち着いています。ひっくり返すだけなので、特に副作用もなく、シンプルだしお金もかからないのでいいんじゃないですかね、という論文でした。

かわうそ:Valsalva法の理屈ってそもそもどういうものなんでしたっけ?(>_<)ゞ

かば:息こらえで胸腔内圧を上げて、静脈還流量を減らします。すると、一回拍出量が低下して血圧とかは一過性に下り、頻脈になります。
そのあと、息こらえを開放すると、一気に静脈血が心臓に戻ってきて、1回拍出量が増大して、頚動脈洞圧が上昇、迷走神経刺激で反射的に徐脈を引き起こします。
Modified法では、最初座位で息こらえすることで静脈還流を減らしておいて、息こらえ開放後に足をあげることで、より静脈還流量を増やそうという考えなんですね。

かわうそ:1回しかやっちゃだめなんですか。

かば:2回までいいみたいです。それ以上ならアデノシンやcardioversionになっていました。
ただそれだけなんですけど、すごいきれいにやっていますし、イギリスのERのDrが160人くらい関わっています。参加する人には今のビデオを見せて、やりかたを教えて練習しているようです。あと、リサーチナースが横にいて記録を取っているようです。SVTの定義もちゃんと載っています。inclusion criteria、exclusion criteriaもしっかりと記載しています。ランダム化は、完全な二重盲検というわけにはいかないんですが、どちらの群になるかはきちんと管理されています。
けっこう親切なことに、参加者の患者さんが外でまた発作に襲われた時のことも考えているんです。10mlのシリンジを渡していて、細い方を加えて息で内筒を押し出すように吹かせます。そうすると大体40mmHgになるみたいです。これも先ほどの動画にあります。

かわうそ:それで息こらえになるんですね。おもしろいですね。呼吸リハの患者さんに持たせてもいいかもですね。

かば:さらに、不整脈協会のチャリティーなんかも紹介していて、手厚いです。
1170人くらいエントリーされていますが、色々省かれていて、433人がランダム化されました。例えば、手技をする前に自発的に不整脈でなくなってしまった人とかです。ちょっと面白いのが、20人が登録されていないんですが、その理由が「救急外来が忙しすぎた」となっています。

きりん・かわうそ:ははは。

かば:あと、同意書をとったけど無くした、とかいうのも書いてあって、ここまで細かく記載しているのか、と感心します。

かわうそ:すごいですね。自分の研究ではここまでうまく書けなかったんですよね…。

かば:ここは意外に自分ですると難しいですよね。

その2へ続く


2015年9月10日

病歴聴取について その2

Clinical problem-solving. A history lesson.
N Engl J Med. 2015 Apr 2;372(14):1360-4
Barbee LA, Centor RM, Goldberger ZD, Saint S, Dhanireddy S.

2015年8月20日

その2

その1から続き

かわうそ:次の情報ですが、やっぱり喉の違和感は続いているみたいです。リンパ節もはれたままで、扁桃切除しても、嚥下痛なんかも出てきています。
初診から4ヶ月たって、感染症のクリニックに紹介されています。そこで初めて、詳細な問診がされています。特に性行為についてです。最初は否定されたんですが、さらに詳しく聞いたところ、「he reported that he had performed oral sex on a man approximately 6 weeks before symptom onset」ということがわかりました。すいません。日本語にすると生々しいので。
最初否定されたのにさらにしつこく聞くってのが、すごいところですね。なかなかできることではないと思うんですけど。やっぱり相当疑っているんですね。
とにかく、これで診断が付きます。淋菌、ヘルペス、梅毒とかいうところが鑑別に上がってきました。嚥下痛ならヘルペスが考えやすいようです。あと、HIVはどうしても外せないので検査を繰り返しています。この時点で感染しているかということだけでなく、新たに感染するんじゃないか、ということも考えているんじゃないかなと思います。HIVに関しては記述がほんとにしつこいので。
あと、「感染症医の目」でリンパ節腫脹がないかどうかをチェックすべき、と誇り高く宣言されていますね。(・_・;)
喉の違和感っていうのは、梅毒にとってはあんまり一般的ではないらしいんです。でもそれは、昔梅毒がよくみられた時期にそういう喉に梅毒が植え付けられるような行為が一般的だったかどうかによるのかな、という気がします。興味があれば検証して教えてください。
さて、追加の情報です。このときになって新しく皮膚病変を発症しています。びまん性の丘疹が、体幹、手足にたくさん出て、手のひらにもsolitary scaly lesionが出ています。では、診断はなんでしょうか。

かば:梅毒ですね。

かわうそ:そうです。2期の梅毒です。1期は硬性下疳とかで、2期はこのような皮疹が出ます。それ以上だと、神経梅毒とかになるんでしょうね。
RPRとトレポネーマのIgG抗体で診断確定です。
ここで問題になるのは、ペニシリンでアレルギーが出ていたという病歴です。梅毒の治療といったらまずはペニシリンですから。で、よく聞いてみると、嘔気・嘔吐はあったようですが、皮疹はなかったようで、これは腸内細菌叢の乱れであってアレルギーではないと判断されました。2.4million単位のベンザチンペニシリンを1回筋注して治療終了です。

かば:そっか。筋注1回でいいんですね。

きりん:それいいですね。でも、日本にないやつですね。よく感染症の先生が「すごいいいけど日本にはない」と嘆かれていますね。

かわうそ:私はこれまでこれを1回も使おうという気になったことがないので、梅毒みていない我々にとっては、いまいち必要性を実感できないですけどね。でも、内服だと4週間飲み続けるようなので、その差はやっぱり大きいです。
で、副作用はなく、4週間後には皮疹もリンパ節腫脹、自覚症状も消えました。よかったですね。RPRも下がりました。
あと、扁桃腺の生検を見なおした結果が…。すいません。カラーで印刷しないとわかりにくいですね。ケチって白黒にしてしまいました。この淡いほにゃっとした線がスピロヘータです。実はちゃんと見えていましたんですね。PCRでもTreponema pallidumということを確認しています。保健所に連絡して接触者の追跡が始まっています。けっこうめんどくさい仕事です。

かば・きりん:うーん。

かわうそ:梅毒っていうのは、多彩な症状をとります。あだ名が「great masquerader(偉大な仮面舞踏会の参加者)」というらしいです。commentaryのところに梅毒についてまとめていますので読んでいただければと思います。
とりあえず、最初の症状は、梅毒が植え付けられたところにでてくるpainless ulcerなんですが、この病変が体表面にあればわかるかもしれません。でも、あるとしても鼠径ですよね。ていうことは、普通の診察ではわからないということなんです。さらに、この症例のようにのどの奥にできたり、vaginaやrectumにできた場合は、なおさらわからない。painlessなので患者さんからの訴えもないので。これが終わって6週間後には第二段階になって先ほどのような皮膚病変がでてきます。これも、8週間後には自然に治ってしまいます。ここからは休眠期の梅毒になります。時々は皮膚病変が出るみたいですが、最終的には破滅的な神経・心血管系の症状が出てきます。でも、どの段階でも感染性があるのが問題です。
治療としてはペニシリンに決まっている、みたいなことを書いています。1-2期なら筋注1回でいいし、潜伏期でも3回でいいみたいです。

かば:ペニシリンすごいですね!

かわうそ:あとはHIVのことですね。こういうPatientは、年に何%かは感染してくるので、きちんとフォローしましょう。
最後にこれを言っておかないといけませんね。おそらく著者が伝えただろうことを代弁させていただくと、やっぱり病歴聴取をしっかりすることが一番大切です。それがなかったばっかりにこの患者さんは不必要な扁桃切除を受けてしまったんです、ということを怒りを込めて書いてあります。
この前私たちも似たような事件を経験しましたからね。なおさら思います。

かば:ははは。ねえ。
でも、わたしはこれずっとHIV感染だと思っていました。急性期のHIVは咽頭痛くるじゃないですか。

かわうそ:なるほど、それでHIVについての記載がしつこいのかもしれませんね。
でも、こういうのがうちの病院の救急外来に来てもおかしくないですからね。

きりん:ある先生が救急外来でけっこう詳しく問診を取ってるみたいなんです。けっこうカルテたまってしまうんですけど。あるとき、夜のお仕事をしていそうなアジアの方が来て、のどが痛いと言うんです。いつものように親身に話を聞いてみると、むこうで美容整形をするとかなりの確率でHIVに感染するということがわかって、それも心配していたみたいです。で、喉をみたら真っ白で、これはカンジダだということになって。調べたらHIV陽性だったみたいです。その先生の評価がガラッとかわった瞬間ですね。

かわうそ:うーん。すごいですね。

かば:ふだん聞き慣れていないと聞けないし、そうなるとどんどん聞かなくなるという悪循環に陥りますね。
妊娠してるかどうかかすら聞きづらいのに。

きりん:性交渉のことを1回聞いて、ありませんと言われてどこまで食い下がれるのか…。

かわうそ:夜中にわざわざ喉が痛いだけで来てるのか、というとこもちょっとは考えないといけないのかもしれませんね。中にはHIVが心配でしょうがなくて、医者から尋ねてほしいと思っている人がいるのかも。

かば:梅毒はちゃんと見たことありませんが、マンガではよくありますね。「動物のお医者さん」とか。「大奥」では登場人物が一人亡くなるっている。

きりん:よしながふみの大奥ですか?ありましたっけ?記憶にない…。

かわうそ:恥ずかしながら私は「きのう何食べた?」しか読んだことありません…。

かば:あれ持ってます。現実的な料理が載ってるので、よく作ってます。楽なんですよ。

かわうそ:実際に作ってるんですか?美味しそうだなという感想しかなかったです。
でもまあ、今となっては入院時の感染症でRPRが陽性だったとしても、そっとスルーしてしまうんですけどね…。つい、偽陽性だろうとか思ってしまって…。反省します。


2015年9月8日

病歴聴取について その1

Clinical problem-solving. A history lesson.
N Engl J Med. 2015 Apr 2;372(14):1360-4
Barbee LA, Centor RM, Goldberger ZD, Saint S, Dhanireddy S.

2015年8月20日

その1

かわうそ:今回は病歴聴取を熱心にやりましょうという教訓回です。
34歳の男性。3日間の喉の違和感で受診されました。ちょっと熱があって、悪寒があって、副鼻腔の圧迫感があって、時々咳がでて、倦怠感が強い。呼吸困難とか頭痛、体重減少、胸痛、腹痛などはないというわけです。
まあ、これは急性咽頭炎ですよね?

きりん:はい。

かわうそ:鑑別するとしたら、A群β溶連菌なのか、ウイルスなのかというところですね。咳がでているというところからすると、細菌性よりはウイルス性でしょうか。このコメントの部分は感染症のDrが書いているようなので、やっぱり偉いなと思うんですが、ウイルス性だとしたらそれが何なのかも考えろと。インフルエンザなのか単純ヘルペスなのか、とか。倦怠感が強いようなので伝染性単核球症も考えておくようにとのことです。
さて、追加の情報ですが、既往歴としては注意欠陥多動性障害とうつです。子供の時喉が弱かったと。それでメチルフェニデートとSNRI、睡眠薬を飲んでいるようです。喉の症状に対し、PPIを薬局で購入したようです。あと、ペニシリンアレルギーがあると言っています。ここは、あとで効いてきます。過去喫煙あり、機会飲酒、マリファナ使用者だが違法薬物の静脈注射はしないとのことです。何か矜持があるんでしょうか。あと、19歳までメタンフェタミンを吸っていたということです。現在、Radiation therapistを目指して勉強中です。
この追加情報を得て、鑑別診断に変化ありますか?

かば:題名が”History lesson”で若い男性と言ったら、聞くこと決まってる気がします。

かわうそ:先生さすがですね、毎回思いますが。多分ご想像通りです。
どうやら、メタンフェタミンの吸入は、感染症的にもあまりよろしくないようです。若い男性ということと合わせて考えると、high risk sexual behaviorと強く関係するんです。というわけで、STDについてよく聞いておかないといけない、と書いてあります。
でも、3日間の咽頭違和感できた34歳の男性に対して、ここまで聞くかって言われるとね…。違法薬物使用を聞くのもハードル高いんですが。
ここまでわかれば答えもだいたいわかっちゃうと思うんですが、知識再確認のつもりでもうちょっと続けます。
身体所見がのっています。vitalは全然正常です。身体所見上も大きな問題ないんですが、首のリンパ節がちょっと腫れています。可動性があって、痛くない1✕3cmくらいのリンパ節があります。のども特に問題ないようです。皮膚、関節などまでしっかりと陰性所見が記載されていて、よく3日間の咽頭違和感でここまでしっかりみてるんだな、と感心しちゃいます。
この時点では、採血検査されず、セファレキシン2000mg分4✕10日とイブプロフェンを処方されて帰されました。
この対応についてはどう思います?

かば:セファレキシンいるの?

かわうそ:…。全く凄すぎですね。先生ひょっとしてこれ読まれました?(゚д゚)

かば:読んでないです。でも、昨日こういう患者さん来てましたから。

かわうそ:まさにその通りのことがここに書いてあります。この時点では溶連菌感染の咽頭炎はまったく示唆されないので出してはいけない、するなら迅速検査しろと。もっとも、Centor Criteriaに合いませんね。発熱、扁桃腺腫大、リンパ節腫脹、咳嗽がない。今回は熱しかあたっていません。
今回の症例なら、対症療法だけにしておいて、何かあったらすぐ来るよう指導するのが正しいやり方と言っています。さらに言うとセファレキシンの量も多すぎだ、とか怒っているように読めるんですけど。感染症で抗生剤が多すぎることで文句言われても、って思いますけどね。ちょっとこの先生、感想が攻撃的じゃないですか?(;一_一)

きりん・かば:ふふっ。

かわうそ:6週間後に症状が悪くなって再診しています。きちんと抗生剤は10日間飲んだけど改善せず、リンパ節が微妙に(1.5cm✕3cm)大きくなっています。その他の身体所見は変わりません。
ここでようやく採血して、白血球6500、好中球69%、リンパ球20%、ただし、異型リンパ球はないようです。伝染性単核球症はここで否定されたと考えていいのかなと思います。あとはあんまり問題なさそうです。HIV抗体陰性です。耳鼻科に行ったところ、両側扁桃腫大が分かりました。CT画像があります。さっき身体所見異常なしって言ってたんですけどね。浸出液は出ていなかった。
ここで追加で何をするかっていうのをみなさんに聞いてみたいと思うんですけど。

きりん:パートナーのことですかね?

かわうそ:たしかに。そのあたり聞きたいところですけど…。ちなみに私は今までその質問したことないですね。

かば:私もないです。

きりん:この時点で細菌感染を疑うのでしょうか?

かわうそ:そうですよね。経過が相当長いですからね。初診からすると1ヶ月以上です。
感染症でないとすると、リンパ節が腫れていることから、リンパ腫とかそういう方面にいっちゃいがちなのかな、ということでしょうか。
ここで言われていることは、やっぱりHIVのことです。抗体検査だけでなく、ウイルス量自体を測定するように、だそうです。

かば:6週間っていうのは、感染初期とすると微妙な期間でしょうか?あ、3週間でしたね。

かわうそ:いちおう6週間たっていれば、抗体検査で陽性になってほしいところらしいです。
でも、この時点ではまだ本人からhigh risk sexual behaviorについての情報は得られていないはずなのに、そこまで検査するのか?っていう話です。アメリカならそうですが、この病院ではどうなんでしょうか?

かば:地域性が大きいですね。

かわうそ:で、この耳鼻科の先生は扁桃切除をしちゃってます。hyperplasiaはあるものの、癌とかリンパ腫は否定的ということなんです。菊池病に典型的な所見もないと。
で、ここでのコメントにもまた笑っちゃうんですよね。(・∀・)
「このプレゼンテーションなら菊池病の症状とは一致しないので、生検で菊池病の所見が得られないのはおどろくべきことではない」と書いてあるんです。

かば:すごい。あたりまえじゃん的なコメント。

きりん:冷たいですね。
でもたしかに、もっと若い子で、すごく熱が出て、spike feverで、でもその割にはけっこう元気で、リンパ節がゴリゴリで、とかですよね。

かば:ゴリゴリですよね。この人けっこう触っているのに、ちょっとしかないって言ってますよね。

かわうそ:(二人とも菊池病がサラッと出てくるとは…。)

その2に続く